怪盗と勝負しよう(1)
千景の元を訪れた一人の客。
その口から告げられる依頼とは……。
怪盗編、今回は導入部です。
すっかり暖かくなったある日。
ハルがいつものように、ハピネスの事務所を訪れると、
「ん、来客中か……」
入り口のドアに、来客中につき入室は静かに、と張り紙がしてあった。
それにならい、そっとドアを開けて事務所に入る。
「あらハルさん、こんにちわ」
「どうも鈴木さん。来客中ですか?」
「ええ。今応接スペースで千景さんが応対してるわ」
視線をそっと向けると、そこには一人の女性が千景と向き合っていた。
眼鏡を掛けた、一見するとキャリアウーマンに見える妙齢の女性。
きつめの顔をしていて、折角の美人が勿体ないと思えてしまう。
「……じゃあ俺はあそこで時間潰してますね」
「すいませんね」
謝る鈴木を手で制して、ハルは応接スペースから離れた休憩スペースに移動する。
と言っても机と椅子が置いてあるだけなのだが。
そこで用意されていた雑誌を適当に読んでいると、
「…………」
応接スペースから話し声が聞こえてくる。
悪いとは思いつつ、そっと聞き耳を立ててみた。
「ですので、大変不本意ではありますが」
「ええ、分かっています。クビがかかってるので、プライドを捨てたんですね」
「なっ、違う。私はあの悪党が蔓延るのが許せないだけです」
「ご立派ご立派。流石公僕は違いますね」
「馬鹿にして……。とにかく、協力を要請したいのです」
「良いんですか?」
「勿論非公式で。依頼料も私が自腹を切ります」
「こちらとしては、出す物出して貰えば構いませんよ」
「なら契約成立と言うことで」
「では前金としてこれくらい……成功報酬はこんな所で」
「ちょっと待て。前金なんて無かったでしょう?」
「前金は口止め料です。成功失敗問わず、依頼がばれると不味いでしょ?」
「確かにそうですが……」
「成功すれば貴方の首は当分安泰。決して高い額では無いと思いますよ」
「…………いいでしょう。この条件を飲みましょう」
「随分と追いつめられてますね」
「私は過去二回失敗している。もう次は無いはず」
「汚名返上のチャンスですか」
「私の管轄に奴が来た。神がくれたラストチャンスだと思っています」
「……分かりました。ではこちらも精鋭を用意しましょう」
「貴方だけで充分ですよ?」
「友達の危機に出し惜しみするほど、私は薄情者ではありません」
「そう……すまない」
「では今晩十時ですね。現場に話は通しておいて下さい」
「ああ。それでは頼みました」
話が纏まり、女性は席を立ち、そのまま颯爽と事務所を去っていった。
「…………ハル君」
「うわぁぁぁぁ」
突然背後から掛けられた声に、ハルは思わず飛び上がる。
振り返ると、応接スペースに居た筈の千景が、直ぐ後ろに立っていた。
「ち、千景さん、何時の間に?」
「今そっと気配を消して近づいただけです。盗み聞きする時は、気配くらい消しなさい」
んな無茶な。
「すいません、つい話し声が気になって」
「別に構いませんけどね。ただ、事務所以外では他言しないように。彼女の為にも、ね」
「はい、それは勿論」
よろしい、と千景は微かに笑みを浮かべた。
「それに、どうせハル君にも参加して貰う予定でしたし」
「例の依頼ですか?」
「ええ。今回は久しぶりに私も赴きます」
「どんだけ大変な依頼なんですか?」
千景はそれには答えず、無言でハルが開いていた週刊誌を指差す。
カラーで特集が組まれていた記事。
見出しにはこう書かれていた。
『怪盗コレクト。その謎に迫る』
怪盗……心惹かれる言葉です。
ルパンとか凄い好きなんですよ。
非常識の集まり、ハピネスは怪盗にどう挑むのか。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。