小話《ローズって……》
あることに気がついたハル。
そう言えばここのところ、彼の姿が見えないが……。
「あ~~思い出した~!」
「どうしたのよハル。いきなり叫ぶなんて」
「春ですから。良ければ私が診ましょうか?」
「ハルだけに、か? くっくっく……ぬぉぉぉぉ、苦、苦、苦い~~」
柚子が無言で口に放り込んだ黒い丸薬で、蒼井はのたうち回る。
それを見て奈美は思いきり顔をしかめる。
「あの~柚子さん、その丸薬って何種類あるんですか?」
「私の丸薬は百八まであります」
「……マヂですか?」
「勿論冗談です♪」
勿論本当ですよね?
「それでハル君、一体何事ですか。突然事務所で叫び出す何て」
「あ、そうそう。前回から気になってたんですが、一人足りませんよね?」
「そうだっけ?」
「そうですか?」
「ぐぐぐ……気のせいじゃないのか?」
蒼井、無理するな。
「いやいや、ここ一週間以上、ローズの姿を見てません」
「「…………あっ!」」
気づこうよ、みんな。
「最後に見たのって、何時だっけ?」
「確か、紫音さんが初めて来た時ですね」
「依頼で一週間以上不在もあり得るけど、あそこに何も書かれてない」
ハルが指差すのは、依頼掲示板横のホワイトボード。
そこには所員達の行動が記入される。
依頼実行中、事務員なら休憩中、あるいは長期休暇中などだ。
「でもローズの欄には……」
『ヒ・ミ・ツ♪』
「「……………………」」
どう突っ込めばいいのだろう。
とにかく所在地も目的も、一切が不明だ。
「何か極秘の依頼とか受けてるんじゃないの?」
「極秘って何だよ。そんなの、やばい仕事しか浮かんでこないぞ」
「暗殺とか……って映画の見過ぎですかね」
笑い合うハル達三人。
勿論冗談のつもりだったのだが、
「………………」
千景が一瞬頬を引きつらせ、視線を泳がしたことに気づいてしまった。
「えっと千景さん……一応聞いておきますけど、無いですよね?」
「……当然です。ハピネスは至って健全な優良企業ですから」
「で、ですよね」
信じるしかない。
「剛彦は今、海外出張中です」
「海外って、ハピネスの活動範囲広いですね」
蒼井のことはすっかり忘れているハル。
「依頼は日本からです。詳しくは言えませんが、海外派遣と言う形ですね」
「長期ですか?」
「任務……げふんげふん、依頼完了の報告は既に来ています。今日くらいに戻ってくるかと」
空耳だと嬉しいです。
「でもスッキリして良かったじゃない」
「そうですね。近々お戻りになると言う話ですし」
二人には聞こえたのだろう。
少しぎこちない笑顔で話題を終わらせようとする。
「ま、それもそうだな。じゃあ俺は依頼を選ぶとするか」
ハルもそれに乗り、依頼掲示板に向かおうとした時だった。
「たっだいまぁ~♪」
「「噂をすればっ!!」」
凄まじいタイミングで事務所のドアから、ローズが登場してきた。
「おかえり、丁度今ローズの話をしてたんだよ」
「知ってるわよぉ。お陰でなかなか事務所に入りにくかったんだからぁ」
ああ、何か色々すいません。気を遣わせちゃって。
「お疲れさまです、剛彦」
労いの言葉を掛ける千景にローズはビシッと敬礼をして、
「はっ! 特務兵コード03、ただいま任務を終えて帰還しました!」
とんでもない事を言い始めた。
なんだ、特務兵って。
てかやっぱり任務って言ってる。
「あ、あの~千景さん……」
恐る恐る尋ねるハル。
聞くのは正直怖いが、好奇心の方が勝る。
見れば奈美と柚子、それに事務員の方々も聞き耳を立てている。
全員の視線が集まる中、千景は、
「…………えいっ♪」
指をパチンと鳴らし、そして……世界は暗転した。
「依頼は日本からです。詳しくは言えませんが、海外派遣と言う形ですね」
「長期ですか?」
「任務……げふんげふん、依頼完了の報告は既に来ています。今日くらいに戻ってくるかと」
あれ?
何か激しい既視感を感じるのだが……。
「どうしたの? 何かボーっとしてるけど」
「いや、何でもない。ちょっとデジャビュを感じただけだ」
「春ですからね」
「ハルだけにか? くっくっく…………ぬぉぉぉぉ、酸っぱい、酸っぱいぞぉぉぉぉぉ」
ノーモーションで繰り出された柚子の丸薬に、またも蒼井が悶える。
「仏の顔も三度まで、蒼井さんに対する私の顔は一度だけです」
((鬼だ……仏どころか鬼がおる……))
「とにかく、剛彦に関しては何も問題ありませんので」
「分かりました。じゃあ俺は依頼でも選びますか」
ハルはどうもぼやけた頭を叩きながら、依頼掲示板へと向かう。
「たっだいまぁ~♪」
「「噂をすればっ!!」」
既視感、と言うかそれ以上の物を感じる。
「……あら、どうしたのハルちゃん。そんな熱い視線を……あっ、もう、大胆ねぇ♪」
「いや違うから」
「お疲れさまでした、剛彦」
千景は労いの言葉をかけながら……何故か目がマジだった。
「はっ!……はっは、久しぶりね千景ちゃん。無事に戻ったわよぉ」
「それは結構です。正式な報告は明日で結構ですから、今日は身体を休めると良いでしょう」
「なら、お言葉に甘えるとするわぁ。じゃあみんなぁ、また明日」
そう言い残し、ローズはあっという間に事務所から出ていってしまった。
呆然とそれを見送る一同。
「剛彦も戻ってきましたし、これでハル君も一安心でしょう」
「え、ええ、そうですね」
「さあ依頼を選んでください。報酬が良いのも用意してますよ」
「……気遣い痛み入ります」
余裕があったはずの貯金は、事務所修繕費ですっかり消え果てた。
火の車を鎮火するためにも、ハルは少しでも割の良い依頼を探すのだった。
オチがない? 小話なんてそんな物です。偉い人には…………すいません。
長期の任務……もとい依頼を終えてハピネスに帰還したローズ。
この便利屋、何やら色々な顔を持っているようですね。
次は、別のシリーズに入ります。
折角全員集合したので、オールスターで依頼に挑みます。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。