新たな仲間加わります(2)
ハルと奈美に告げられたのは、幽霊退治のお手伝い。
あまりに常識離れした依頼に困惑するハルだが……。
今は誰も住んでいない一軒家がある。
ボロボロの廃屋、持ち主は既に亡くなっていた。
長らく放置されていたのだが、最近その土地を買った人が現れる。
廃屋を潰して新しく家を建てようとしたのだが、問題が起きた。
「事故ですか?」
「ええ。工事業者が解体工事をしようとすると、必ず事故が起きてます。それも毎回」
「それって、呪いとか祟りなんじゃ……」
「んな訳あるか。どうせ偶然が重なっただけだよ」
「いえ、奈美の考えが当たっています。専門家も霊的なものが原因と診断しました」
何ですか専門家って?
M○Rとかですか?
「なら神社とかお寺にお祓いして貰えば良いのでは?」
「効果は無かったそうです。専門家によれば、彼らに霊的な力は無いとの事です」
何者だよ専門家……。
「そこで、私達ハピネスに依頼がきました」
「幽霊退治……ですか?」
奈美の問いかけに頷く千景。
「んな無茶な。俺らはごく普通の…………俺はごく普通の一般人ですよ」
「ちょっとハル。何でさり気なく私を除外したのよ」
察して下さい。
「それは心配いりません。あなた達にお願いしたいのは、あくまでお手伝いですから」
「……幽霊退治を出来る人が別にいる、と?」
「その通りです」
「幽霊退治か……出来そうな人、ハピネスにいるかな?」
奈美に言われ、ハルはメンバーの顔を思い浮かべていく。
「ローズとか出来そうだよな、意外に何でも。後は……千景さんは?」
「あ、出来そう出来そう。何か常識外れだもん、色々と」
「……それを本人の前で言う勇気だけは、褒めておきましょうか」
すいません、悪いのは奈美です。
何はともあれ、二人は瞬時に土下座の体勢をとる。
「お慈悲を頂ければと……」
「すいません、本音が口に出ました」
「まあいいでしょう。奈美は後でお話があります」
さらば奈美。君の勇気は忘れない。
「話を戻します。私も出来ないことはありませんが、より適任者がいまして」
「……出来るんだ」
「……出来るんですね」
「……出来るんです」
「「………………」」
「……適任者がいるので、その子に任せようと思ってます」
妙な空気を振り払うように、千景は話を進める。
「はあ……で、結局誰なんです?」
「私だ」
ハルと奈美が振り返ると、そこには先程紹介された紫音が立っていた。
「紫音ちゃん?」
「ええ。今回幽霊退治を引き受けるのは、紫音です」
「ちょっと待って下さい。さっき紫音ちゃんは依頼を受けないって」
「基本的には、と言いました。そして今回は特殊なケースに該当しますので」
「じゃあ紫音ちゃんの特別な力って……」
「うむ。霊的な事柄は少々嗜んでいる。除霊も経験済みだ」
落ち着き払った様子の紫音。
自分に余程自信があるのだろう。
「ただ紫音はまだ子供。一人で行動するのは色々と不便ですから」
「なるほど。手伝いの意味が分かりましたよ」
「理解が早くて助かります。準備が出来次第向かって欲しいのですが」
「俺は何時でも。二人は?」
「私も準備万端よ」
「私の支度は終わっている。直ぐに出れるぞ」
奈美と紫音の返事を聞き、ハルは千景に向き直る。
「では、幽霊退治のお手伝いを実行します」
「検討を祈ります」
かくして風変わりなパーティーは、幽霊屋敷へと向かうのだった。
事務所より歩いて十分ほど。
三人は目的の家へと到着した。
「何か……如何にも出ますって感じよね」
「俺にはぼろいだけの家に見えるが」
「居るぞ。間違いなく」
専門家の紫音が断言する。
「で、どうするんだ?」
「あれでしょ、悪霊退散って格好良く戦うのよね?」
「期待を裏切るようで済まないが、今回はもっと地味な作業だ」
紫音は持参したポーチから、紙の束を取り出す。
「それは?」
「札だ。私が退魔の力を込めている」
「それを悪霊に向かって投げつけるのよね?」
お前はアニメか漫画の見過ぎだ。
「いや、これを屋敷内に貼って浄化していく」
「直接幽霊を倒すんじゃ無いんだな」
「それも可能だが、こちらの方がより確実で安全なのだ」
紫音の言葉にハルは内心舌を巻く。
この少女は依頼の達成と、ハル達の安全を両立させる方法を選んでいる。
おおよそ子供とは思えない冷静さだ。
「では、作業の説明をするぞ」
紫音の言葉に、ハルと奈美は頷く。
「まずこの札を家の中に貼っていく」
「うん」
「札がある空間は幽霊が存在出来ない。そうして幽霊を奥に追い込んでいく」
「ふむふむ」
「家から幽霊が出ないよう、私が最初に結界を張っておく」
「ほうほう」
「最終的にこの一番奥の部屋に幽霊を閉じこめ、私が退治する」
「俺達がすべき仕事は?」
「札を貼るのを手伝って貰いたい。かなりの数を貼るからな」
言って紫音は二人に札を手渡す。
「これって、私達が貼っても大丈夫なの?」
「札自体に力を込めているので、貼るのは誰でも問題ない」
「じゃなかったら、俺達は役立たずだもんな」
「他に質問は無いか? 無ければ早速始めるとしよう」
ペタペタ
「…………」
ペタペタペタ
「…………」
ペタペタペタペタ
「……ねえハル?」
「地味な作業とか言うなよ」
「ううん、そうじゃなくて」
「何だよ」
「これって、差し押さえみたいだよね♪」
「嬉しそうに言うな……気持ちは分かるけど」
ちょっとだけ、ハルも同じ事を考えてたとは言えない。
黙々と札を貼り続けること数十分。
家の殆どは札まみれになり、残すは後一部屋となった。
「さて、後はここだけだな」
「本当に閉じこめられたのかな?」
「間違いなく、居る。ここからでも力を感じる」
紫音の顔が一層の真剣みを帯びる。
緊張感がハルにも伝わる程だ。
「これからどうする?」
「私が幽霊を封印する。二人は部屋の外で待っていて欲しい」
「入っちゃ駄目?」
「奈美、ここは専門家に任せよう」
「理解感謝する」
紫音はハルに軽く礼をすると、最後の部屋のドアを開けた。
十畳ほどの和室。
部屋の外に居るハルですら、その部屋の異様さが感じ取れる。
「……これ、やばい」
「?? 何が?」
「分からないけど……やばい感じがする」
全身に鳥肌が立っていた。
背骨に氷水を流し込まれたような、気持ち悪い寒気だ。
絶対にそこに近づいてはいけない。
本能からの警告だった。
「ハルって霊感あるの?」
「無いと思ってたけど……」
因みに家族は全員霊感があるらしい。
よく心霊番組をみて、本物だ偽物だと盛り上がっていた。
のけ者にされ、少し寂しい想いをしていたのだが。
「でもこれが霊感なら、こんなの無い方が良い」
今はただ、目の前の部屋から感じる何かが怖くて仕方なかった。
紫音は部屋の中央部に立つと、ポーチから札を取り出す。
ハル達が貼っていた札とはまた違う種類のようだ。
「…………出て来るが良い」
静かな、しかし拒否することを許さない強い命令。
するとそれに呼応するように、ソレは現れた。
「なな、何だあれ?」
「何か見えてるの?」
「黒いガス見たいのが出てきた。凄い…………怖い」
身体が震えるのが分かる。だが、それを止められない。
本能から来る恐怖が、ハルを怯えさせる。
「…………えいっ」
「な、何を?」
「よく分からないけど、こうしてれば安心出来るでしょ?」
ハルの震えを止めるように、奈美は背中越しに抱きついてきた。
「おい、止めろって……」
「いいから。怖いときは誰かが側にいれば、落ち着くんだよ」
ギュッとお腹に回す手に力が籠もる。
不思議とそれだけで、恐怖が薄れていく気がした。
黒いガスの様なソレは、人を型どり姿を現した。
紫音は鋭い眼光でソレを見据え、札を額に当てて精神を集中する。
「悪霊退散…………散っ!!」
紫音が札をソレに投げつけた。
『ガァァァァァァァ』
黒いガスは、見る見る札へと吸い込まれていく。
魂が底冷えするような断末魔を上げ、ソレは完全に消滅した。
「……除霊完了。この部屋にも札を貼るので、手伝いを」
「は~い了解!」
紫音に言われ、奈美が部屋の中へと入っていく。
ハルもそれに続こうとして、気づく。
まだ、あの嫌な感覚が消えていないことに。
「では他の部屋と同じように頼む」
「任せてといてよ。ってハル、どうしたの?」
部屋の入り口で立ち止まったハルを不審がり、奈美は振り返る。
紫音も同様に不思議そうな視線を向ける。
「いや、何かまだ嫌な感じがして…………二人とも、下だっ!!」
「なっ!?」
「へっ?」
ハルが叫ぶのと同時に、床から拭きだした黒いガスが二人を襲う。
間欠泉の様に勢いよく吹き出したそれに、紫音と柚子は弾き飛ばされ、壁に激突した。
「何々、何なのよ?」
ソレが見えない奈美は、何が起きたのか理解できない。
壁に激突してケロッとしているのは流石と言うか、何というか……。
だが紫音はそうはいかない。
「紫音ちゃん、大丈夫?」
奈美の呼びかけに反応しない。
気絶したのか、あるいは……。
ソレは再び人型になると、目標を紫音に定めたようだ。
ハルと奈美など気にも留めず、ゆっくりと紫音の元に近づく。
「トドメをさすつもりか…………ふざけんなっ!!」
恐怖で竦んでいた身体に一喝して、ハルは駆け出す。
ソレからすれば、自分にとって驚異である紫音以外は眼中にないのだろう。
突っ込んでくるハルのことなど気にも留めない。
それが敗因だ。
ハルは床に転がる紫音のポーチから、一枚の札を取り出す。
さっき紫音が使っていた札だ。
「札自体に力があるから、使うのは誰でも良いんだぜっ!!」
それは作業の前に紫音から言われていた事。
ならば、幽霊の姿さえ見えていれば、ハルにだって使える筈だ。
そしてその通り、ソレはハルが投げつけた札によって、再び消滅した。
静けさが戻った。
もう嫌な感覚は無い。恐らく完全に消えたのだろう。
「ハル、何したの?」
「幽霊が残ってたみたいだけど、もう消えたと思う」
「凄いじゃない。幽霊退治しちゃうなんて」
「お札のお陰……あ、そうだ。今の内に札を部屋に貼ってくれよ」
「それは良いけど、ハルは?」
「すまん…………ホッとしたら腰が抜けた」
大笑いされたのは言うまでもない。
紫音弱っ、の回でした。
……とまあそれは冗談として、無事幽霊退治は終わりです。
一応後付けすれば、幽霊は最初から二体いて、
後から出てきた一体が本体。知能があり奇襲をしかけた……て感じで。
流石にこのままでは、紫音があまりに不憫ですので、
次もこの話が続きます。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。