プロローグ2《便利屋ハピネス》
父親の理不尽な攻撃で吹き飛ばされてしまったハル。
途方に暮れるハルに、ある少女が声をかけた。
「何か困ってるの?」
そう尋ねた少女。
年の頃は秋乃と同じくらいだろうか。
茶色がかったショートカットの髪と勝ち気そうな瞳。
何処かの学校の制服を着ている事から、学生だと分かる。
「ねえ、どうかした?」
少女は不思議そうな視線を送る。
どうやら無遠慮に見つめすぎたようだ。
「あ、いや……何でもない」
「そう。それでどうしたの? 何か凄い深刻な顔をしてたけど」
「……まあ、ちょっとあってね」
言葉を濁すハルに、
「困ってるの?」
少女はグイッと近づいてくる。
「えっ?」
「だから、困ってるのよね?」
少女は更に近づき、目を輝かせる。
「まあ……そうだな。困ってる……」
「やったぁぁぁぁ!!」
少女は満面の笑みで、ガッツポーズをした。
やった? 人が困ってるのに?
状況が理解できずに呆然とするハル。
「よしっ、じゃあ着いてきて♪」
少女はハルの手を掴むと、そのまま何処かに向かおうとする。
「おい、ちょっと待てって…………」
新手のキャッチセールスかと、ハルは少女の手を振り解こうとするのだが、
「心配しなくても大丈夫よ」
華奢な身体からは想像できないほどの怪力で、それを許さなかった。
ハルは成す術なく、少女に引っ張られていった。
「ここよ」
少女が足を止めたのは、とある小さなビルの前。
如何にもそう言う事に使われそうな、年季の入ったボロいビル。
ますます嫌な予感がする。
顔が引きつるハルだが、少女はそれに気づかず、
「ここの二階なの。ほら、着いてきて」
グイグイと手を引っ張り、階段を上がっていく。
そして二人は、ぼろいドアの前に辿り着いた。
「なんだここ……便利屋?」
「そう、便利屋ハピネスの事務所よ」
少女が誇らしげに胸を張る。
確かにドアには、『便利屋ハピネス』とプレートが掲げられていた。
何というか、胡散臭い。
明らかに真っ当じゃない空気が漂っている。
本気で逃げようかと考えるハルだが、
「みんな~。……金づる連れてきたよ♪」
とんでもないことを言いながら、少女はドアを開け放った。
ドアの向こうは、ビルの外からは想像できないほど広々とした空間が広がっていた。
掃除は行き届いており、照明の明るさもあって、清潔な印象を与える。
幾つかの机とパソコン、応接用と思われるソファー。
事務所として最低限の設備が揃っていた。
奈美の声に、奥の机で業務をしていた女性が入り口に視線を向ける。
「奈美、入るときはノックをしなさいと何時も……あら」
少女と一緒にいるハルに気づいたのか、女性は少し驚いた表情をする。
「ごめんなさい千景さん。でもほら、金づるを連れてきましたし」
奈美と呼ばれた少女は、ハルをグイッと前に押し出す。
女性はハルを軽く一瞥する。
「奈美、そう言うことは口にしてはいけませんよ。……例え本当のことでも」
すいません、逃げて良いですか?
だが、
「まあ立ち話も何ですし、どうぞこちらに」
ハルの願い虚しく、女性はハルをソファーへと誘導する。
もはや逃げるタイミングなど、欠片もなかった。
「ようこそ、便利屋ハピネスに。私は所長の柊千景と申します」
千景と名乗った女性は、軽く頭を下げた。
一言で形容するなら、和風美人と言う言葉がピッタリだろう。
今時珍しい着物姿だが、彼女が着るとそれが自然に感じられる。
長い黒髪に白い肌が、人形のような美しさを醸しだしていた。
「あ、御堂ハルです」
思わず見とれていたハルは、慌てて名乗り返す。
「私は早瀬奈美って言うの。よろしくね♪」
千景の隣に座る奈美が、笑顔で名乗る。
歳こそ秋乃と同じくらいだが、全く違うタイプの子のようだ。
「それで、どの様な用件でしょうか?」
「……何と言いますか、その子に無理矢理連れられまして」
「奈美……無理な客引きは程々にしなさいと、前から言っているでしょう」
いえ、絶対止めさせて下さい。
「無理矢理じゃないですよ。この子困ってるみたいだし、それに……」
奈美は視線をハルに向ける。
「この寒空で女の子がこんな格好で居るんですよ。絶対ただ事じゃないと思ったんです」
グサッ
奈美の言葉の刃が、ハルの心に突き刺さる。
「成る程。貴方と同じくらいの歳の子ですし、確かに気になりますね」
グサッ、グサッ
容赦なくハルの心に突き刺さる刃。
悪気がある訳じゃない。それは分かるのだが……。
「ねえ、何でも相談して。言いにくいことかも知れないけど、きっと力になれるわ」
落ち込むハルの手を取り、奈美は真っ直ぐな視線を向ける。
いい子だ。それも分かるのだが……。
「あの……まず一つだけ言わせて下さい」
「うん、何でも言って」
「……俺は男です」
瞬間、奈美の顔が固まった。
握った手がブルブルと震え始め、そして、
「……き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
絶叫と共にハルの手を引っ張り上げ、宙に浮いた身体を思い切り床に叩き付けた。
「がっ………」
突然のことに受け身も取れず……いや、両手が塞がってるから取りようもないのだが。
とにかく無防備の身体を叩き付けられ、ハルは痛みと呼吸困難に悶絶する。
そんなハルに、
「……この子、男性恐怖症なんですよ」
千景が気の毒そうに声を掛けた。
「さ、最初に……それを……言って欲しかった……です」
そのままハルの意識は闇の中へと落ちていった。
非常にスローペースで進んでおります。
プロローグは全部で五話程で終わらせる予定です。
のんびりとマイペース更新をして参ります。
気が向いたときに、ちょいと覗いてもらえれば嬉しいです。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。