入学式に行きましょう(3)
冬麻に依頼完了の報告をするハル。
だが話は、何故か妙な方向へと逸れていき……。
奈美と秋乃の入学式編、完結です。
『ハルよ』
「ああ親父、送ったデジカメデータの確認は終わったのか?」
『うむ、確かに受け取ったぞ。よく任務を全うしたと褒めておこう』
「…………」
『どうかしたか?』
「いや、ひょっとして俺、親父に褒められたの初めてかもって思っただけだ」
『はっはっは、無論初めてだ』
畜生この野郎。
「とにかく、これで息子としての義理は果たしたぞ」
『ああ。今回の働きには、俺だけでなくママも非常に喜んでる』
「なら頑張った甲斐があったっってものだ」
菜月の笑顔を思い浮かべ、ハルは少し嬉しそうに頬を緩めた。
『そこでママと俺から、お前にご褒美を贈ることにしたぞ』
「ご褒美?」
予想外の展開に、ハルは思わず間の抜けた声で聞き返す。
ご褒美など生まれてこの方貰ったことが無いからだ。
『うむ。今イタリアに居るのだが、こっちの服はなかなか趣味がいいぞ』
「だろうね。それで?」
『特別にスーツを一式見繕ってやろう。まあママの趣味になってしまうが』
「イタリア製のスーツ? そりゃ嬉しいよ。ありがとう」
『そうだろう、そうだろう。もっと喜んで良いんだぞ』
頭に乗る親父だが、今のハルには気にならない。
『でだ、お前に一つ聞いておきたいことがある』
「サイズ? 母さんなら知ってると思うけど」
『違う。つまりだ、紳士物と婦人物のどちらを送ればいいのかと?』
……ちょっと待て。
嫌な汗がハルの背中を流れる。
「当然紳士物だけど、どうしてそれを聞くのかな?」
『愛しのマイエンジェル、秋乃がとっても面白い写真を送ってきたのだよ』
ニヤニヤとからかう様な冬麻の声。
嫌な予感は確信に変わる。
『流石は兄姉と言った所か。なかなか良く似合っていたぞ、ハ・ル♪』
「うわぁぁぁぁぁ!! 何でそんなものが!!」
『母さんなんか大喜びで、携帯の壁紙もその写真に設定してたぞ』
「何で止めないんだよ! 息子の醜態だぞ!」
『そう照れるな。仕事仲間にも見せたが、大好評だったしな』
「ふざけんな、このクソ親父!」
前言撤回。
少しでも見直したことを後悔した。
『まあ、スーツはちゃんと紳士物を送ってやるから安心しろ』
「これで婦人物送ってきたら、イタリアまで殴りに行くよ」
『……今のはママには黙って置いてやる』
「なんでさ?」
『ママなら「ハルちゃんが来てくれるの? なら婦人物選ぶわ」と言いかねん』
そんな馬鹿なと言いかけて、思いとどまる。
菜月なら本気でやりかねない。
「そうしてくれ」
『うむ。また何かあれば頼むぞ。文化祭に体育祭、イベントは目白押しだ』
「おいおい、全部俺にやらせるつもりか? 顔を出してやれよ」
『俺だってそうしたいさ。でもママが…………ぐすん』
「あー何て言うか……ゴメン」
マヂ泣きは反則だと思う。
『とにかく、また追って連絡する。それまで精々達者で暮らせ。ではなっ!!』
言いたいことを全部言って、冬麻は電話を切った。
ハルは一息つくと、直ぐさま思考を切り替える。
「…………さて、行くか」
向かう先は勿論、あそこしかない。
ハピネス事務所には、ハルの目当ての人物が居た。
「あ、ハル。やっほ~」
「奈美、まずは高校入学おめでとう」
「えへへ、ありがとう」
奈美は嬉しそうに顔を緩ませる。
「それでだな、一つ聞きたいことがあるんだが」
「何?」
「実は俺が入学式に潜入した姿が、何故か写真になってるんだ」
「そりゃそうよ。だって私が千景さんにお願いして撮って貰ったんだもん」
さらりと言い放ちやがった。
「やはりユダはお前だったか……」
「湯葉? 健康に良さそうね?」
「ユダだユダ。つまり裏切り者ってことだよ!」
本当に高校生なのか?
「そんな大げさな」
「俺にとっちゃ一大事だ。何でそんなことした?」
「依頼されたのよ。ハルの女装姿を写真に撮ってって」
「誰に?」
「秋乃よ」
予想外の展開だ。
つまり奈美は秋乃に依頼され、千景に写真を撮るように依頼したと。
写真を貰っただけと思っていた妹が、まさかの黒幕だったとは……。
「秋乃っていい子よね。ハルそっくりなのに、中身は全然別人だわ」
「まあそれは認める。あいつは俺と違って出来が良いからな」
運動も、勉強も、ありとあらゆる分野で秋乃はハルを凌駕している。
一見同じ車だが、ハルがノーマル、秋乃が超改造車だと思えば分かりやすいか。
「早速メアドも交換したし、もうすっかり仲良しよ」
「さよか……。まあ仲良くしてくれたら助かる」
すっかり気勢を削がれたハル。
肩を落として事務所から帰ろうとすると、
「あ、ハル君。ちょっと良いですか?」
事務所の奥で仕事をしていた千景が声を掛けてくる。
「何ですか?」
「実はこの写真、うちのHPに使わせて貰えないかと……」
「絶対却下ですっ!!!」
ハルの気苦労は絶えない。
こうして奈美は高校生活の第一歩を踏み出した。
ハルの、完全にとばっちりな犠牲を残して。
無事、奈美が高校生になりました。
これからは、ハピネスの正式な所員として働いて貰います。
次は新キャラ登場のターン。
これで一応、ハピネス関連の全ての登場人物が揃います。
最後に登場するのは、どんな癖のある人物なのか。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。