入学式に行きましょう(2)
奇策を実行するハル。
果たして無事潜入することが出来るのか?
一方奈美は、何やら予想外のものを見つけて……。
穏やかな陽気に暖かい日差し。
散るのを我慢していた桜が、入学式に文字通り花を添える。
正に絶好の入学式日和だった。
新入生入学式、と花飾りで彩られた看板が校門の脇に立てられている。
その脇に用意された受付で、入場証を貰うらしい。
ハルは意を決して受付の女性に声を掛けた。
「こ、こんにちわ。入学式に参加したいのですけれど……」
「ようこそお越し下さいました。失礼ですが、どなたの関係者でしょうか?」
手元のファイルを捲りながら、女性は尋ねる。
流石はお嬢様学校。チェックも厳重だ。
「御堂秋乃の母です。菜月と申します」
「お母様……ですか? 少々お待ち下さい」
少し訝しげに眉をひそめ、ファイルから秋乃の項目を探す女性。
母と呼ぶにはあまりに若すぎるので、その反応は当然だろう。
もっとも、本物の菜月が来ても同じ反応だと思うが。
「御堂秋乃さん…………あら」
何かに気づいたように、女性は表情を和らげる。
「ご息女とよく似ていらっしゃいますね?」
「え、ええ。よく言われますの。私も母に似ているので、遺伝かしら」
ほほほ、と笑って誤魔化す。
「美人の家系なんですね、羨ましいです」
「ありがとうございます」
「こちらが入場証になります。会場は右手の体育館です」
女性は首からかけるパスケースをハルに手渡す。
どうやら最初の関門は突破できたようだ。
ハルは笑顔で受け取ると、校門を抜け体育館へと進む。
「……しかし、何とも複雑だな」
誰にも聞こえないよう、小さく呟く。
もう少しくらい疑ってくれても良いのでは無いのだろうか。
例え……女装していたとしても。
奈美の提案と言うのは、ハルが女装して参加すれば良いという物だった。
あまりに無茶苦茶な提案だが、残念ながら他に手が無く、それを受ける事になる。
その後急いでハピネスに向かい、千景に事情を説明。
「……依頼します?」
諭吉さんとお別れを告げ、女装に協力して貰った。
千景に化粧をして貰い、カツラを着ける。
グレーの女性用スーツを身に纏い、準備は完了した。
「やはり素材が良いと違いますね。なかなかの仕上がりです」
「それは褒められてますか?」
「勿論です。どうです、こういった依頼も受けてみます?」
「全力で遠慮します」
身の危機を感じ、本気で断る。
曖昧な態度は身を滅ぼすのだ。特にここでは。
「声は地声で問題ないですね。後は細かい仕草を直しましょうか」
「仕草?」
「女性と男性は根本が違いますから。こういった小さな所を抑えるのが大切ですよ」
「なるほど」
「時間は……二十分ほどありますね。少し厳しく行きますよ」
この後のことは思い出したくない。
男としてのプライドなど、とっくに消え失せてしまったとだけ言っておく。
そんな涙なしには語れない努力のお陰で、今ハルはここに居る。
一応身分証の偽装もしたのだが、幸か不幸か出番は無かった。
チェックが甘いのか、ハルの外見にそれだけの説得力があったのか。
どちらにせよ素直には喜べないのだが……。
「これは秋乃のため、秋乃の笑顔のため……ついでに奈美のため」
言い聞かせるように呟きながら、入学式会場へと向かっていくのだった。
その頃奈美は困惑していた。
右も左も同じ制服を着た女の子達なのだが、
「……マヂ?」
見覚えのあるあり得ない人物がいた。
美しい黒髪を持つ、文句なしの美少女。
「女装しろって言ったけど、何で……」
提案したのは自分だが、まさか制服を着てくるとは想定外だった。
そもそも新入生に紛れてしまったら、写真どころではないはず。
「千景さんの指示? ううん、とにかく話を聞かなくちゃ」
ずずっとその少女に近づき、
「ちょっと来なさい」
有無を言わさず腕を掴み、人気のない場所まで引きずっていった。
「あのね、あんたどういうつもりなのよ?」
「え、あの……事態が飲み込めないのですけれど」
「もう演技は良いわ。人が来れば分かるから。で、どういうつもり?」
「と言われましても……」
奈美の剣幕に、少女は戸惑うように視線を泳がす。
まあ入学初日にこんな目にあえば、当然の反応だろう。
「そりゃ勧めたのは私だけど、何も新入生に化ける必要は無いでしょ!」
「????」
「確かに似合ってるのは認めるわ。寧ろとっても可愛いけど」
「えっと……ありがとうございます?」
「でも、それとこれとは話が別よ。どうすんのよ、写真!」
「写真ですか?」
「目的忘れたの? あんた妹さんと私の写真撮るために女装までしたんでしょ!」
いえ、秋乃だけが目的なのですが……。
ちゃっかり自分も含める辺り、抜け目がない。
「ちゃんと説明しなさいよ、ハル」
「へっ?」
「何惚けてるの。自分の名前でしょうが」
「…………なるほど」
戸惑っていた少女は得心がいったのか、小さく呟く。
「お母さん……ううん、きっとお父さんか」
「何言ってるの?」
「あ、すいません、こちらの事です」
キョトン顔の奈美に、少女は優雅に微笑んでみせる。
それは深窓の令嬢と言う表現がピッタリな、優雅で美しいものだった。
「えっと貴方のお名前……とごめんなさい。まず自分からでした」
「ど、どうしたのよ?」
「初めまして。私は秋乃、御堂秋乃。御堂ハルの妹です」
スカートの端を摘み、ちょこんとお辞儀をして名乗った。
「なるほど、お兄ちゃんの仕事仲間でしたか」
奈美から簡単な説明を聞くと、秋乃は納得したように頷く。
ようは勘違いだったと言うわけだ。
「あの、どうかしましたか?」
「本当に別人よね。私をからかってるんじゃなくて」
「よく双子と間違われるんですよ。お兄ちゃんは嫌みたいですけど」
「ん~、確かによ~く見ればハルより少し女の子っぽいけど……えいっ!」
ペタン
「えっと、何をなさってるんですか?」
「ちっ、胸じゃ判断できないわ」
「……うるさいやい」
御堂秋乃、きっとこれから成長期。
「その口調もハルそっくりね」
「まあずっと一緒に暮らしてましたから」
「…………後でゆっくり聞かせてね。とにかくまだ半信半疑だわ」
じーっと秋乃を見つめる奈美。
もし奈美が男なら直ぐに警察が駆けつけるだろう。
「そうですね……なら確かめてみます?」
「どうやって? 脱ぐの?」
「流石にそれはちょっと。まだ日も高いですし」
夜なら良いのか?
「要はお兄ちゃんと私の二人が居ると証明できれば良いのですから……」
秋乃は携帯を取り出すと、手早くある番号に電話を掛ける。
数コールの後、相手が出た。
『秋乃か?』
「あ、お兄ちゃん。ちょっと変わるね」
奈美に携帯を差し出す。
「もしもし、奈美だけど」
『…………どういうことだ?』
「うん、それはこっちの台詞なのよ」
いえ、ハルの台詞だと思います。
『ひょっとして、秋乃と会ったのか?』
「まあね。あんたはもう来てるの?」
『ああ。千景さんのお陰でな』
「それは良かったわね。じゃあまた後で」
奈美は電話を切り、秋乃へ携帯を返す。
「納得して頂けましたか?」
「うん。えっと、色々ごめんね」
素直に頭を下げる。
こうして自分の非を認め謝れるのが、奈美の魅力だ。
「いえいえ、全然気にしてませんから」
「そう言って貰えると助かるわ」
「じゃあ改めて。御堂秋乃です。よろしくね」
「早瀬奈美よ。こちらこそ」
二人は握手を交わして笑い合う。
誤解が切っ掛けで、二人はすっかり打ち解けていた。
「じゃあ行こうか。そろそろ集合の時間だし」
「はい。あ、一つ確認ですけど、奈美さんは何でも屋さん何ですよね?」
「奈美で良いわ。正しくは便利屋だけど、秋乃さんの言うとおりよ」
「では私も秋乃で。ならちょっとお願いがあるんですけど……」
悪戯っ子な顔の秋乃は、奈美にある事をお願いした。
それを聞き、奈美も同じようにニヤリと唇を歪めて笑う。
「その依頼受けるわ。報酬は……現物支給でオーケー?」
「ええ。どうやら奈美とは仲良くなれそうです」
二人はがっちりと、男らしい握手を交わすのだった。
やがて入学式が始まった。
新入生が入場するや、眩いフラッシュの光が体育館に満ちる。
ハルもそれに負けじと、秋乃と奈美を撮影していく。
式が終わる頃には、用意したデジカメのメモリーはすっかり一杯になっていた。
(これだけ撮れば親父も満足だろ。さて、事務所に戻るか)
二人に声を掛けようかと思ったが、新入生はこの後も予定があるらしい。
お祝いは後で言えばいいか、とハルは着替えのため事務所に帰ることにした。
意外にあっさりと、ハルは依頼を完了することが出来た。
何ともあっけなく、依頼を達成したハルですが、
このまま終わるほど、世界は甘くありません。
次が入学式編の最終話です。
ハルの妹、秋乃が再登場しました。
あらゆる面で兄を上回るハイスペック妹。
個人的には活躍して欲しいですね。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。