入学式に行きましょう(1)
父親からの一本の電話。
それが切っ掛けで、ハルの孤独な戦いが始まる……。
それは、嫌な電話から始まった。
『ハルか? 俺だ、冬麻だ』
「親父……何度も言うが時差を考えろ」
『勿論計算済みだ。その上でお前が一番嫌がりそうな時間帯を狙って……』
ぶつっとハルは電話を切った。
現在早朝四時。
実に嫌な目覚めだった。
「あのクソ親父め。アラームセットすればもう少し寝れるかって……」
再び着信。
相手は勿論クソ親父こと冬麻だった。
「……この電話は現在使われておりません。諦めて電話をお切り下さい」
『まあ待て。少し真剣な話だ』
ボタンを押すコンマ数秒前で、ハルは指を止める。
冬麻の声がいつになくシリアスなものだったからだ。
『実は、お前に頼みたいことがある』
「親父が俺に?……秋乃の事か?」
『察しがいいな』
「親父が俺に頼む事と言えば、それ位しか思いつかない」
南極から自力で帰還するような男だ。
溺愛する娘以外のことで、ハルに頼るような事はしないだろう。
『秋乃が今日、高校の入学式なのは知っているな?』
「一応聞いてはいるよ」
『なら話は早い。お前、入学式に参加して秋乃の写真を撮ってきてくれ』
珍しくまともな頼みだった。
「それくらいは別に良いけど、親父と母さんは来ないの?」
何せ子煩悩な両親。
卒業式の日には、当たり前のように会場に現れていた。
『行きたいさ。行きたいに決まってる。だが……母さんが駄目って』
「母さんも来れないんだ」
『うむ。少々厄介な事態になっていてな、今襲撃作戦の準備を……ごほんごほん、何でもない』
「おいちょっと待て。今明らかにおかしな単語が……」
『パパ~。突入部隊、配置に付いたわよ~』
「おい親父。今母さんの声で、凄まじく不穏な単語が聞こえたぞ」
『………………』
「親父?」
『と言うわけでそっちは任せた。ではっ』
そう言い残し、冬麻は一方的に通話を終わらせてしまった。
ハルは暫し呆然として、
「…………俺は何も聞かなかった。寝よう」
現実逃避することにした。
知らない方が幸せな事もある……はずだ。
「ねえハル、起きてる? 起きてるよね? 勝手に入るよ」
玄関のドアが開けられるのと同時に、奈美の声が聞こえる。
「ってまだ寝てたの? もう七時だよ」
「……お前もまた一番きつい時間に来たな」
寝直して大体三時間。
丁度深い眠りに入っていたハルは、のっそりと布団から這い出る。
「で、一体なんだ?」
「えへへ、ねえ、どうかな?」
照れたような奈美の声に、ハルは寝ぼけ眼を擦る。
「……制服?」
「うん。今日入学式だから……どう、似合う?」
はにかむように奈美はハルに尋ねる。
奈美が来ているのは、紺を基調としたオーソドックスなブレザー。
短めのスカートから白い足が、と言うのは若干親父くさいか。
「……うん、いい感じだと思うぞ」
「そっか……えへ」
褒められ嬉しそうに微笑む奈美。
目覚めは最悪だが、それを見れたのなら悪くないかと思えてきた。
「それにしてもお前も入学式か」
「お前も?」
「俺の妹も今日入学式なんだよ。まあ、高校は大体同じ日か」
「へぇー、ハルって妹さん居たんだ。どんな子?」
「お淑やかないい子だよ。兄馬鹿かも知れないけど」
自慢の妹だ。
ちょっと暴走気味なところが玉に瑕だが。
「何処の学校なの? ここから近いなら会ってみたいな」
「そんな遠くないぞ。確か……『白百合女子高校』だったか」
「へっ?」
「何で驚くよ」
「いや、だって私と同じ高校だから」
奈美流の冗談だろうか。
いや、だが奈美が着ている制服は、確かに写真で見た秋乃の物と同じだ。
「世間は狭いな……」
「そうね。……あれ、でもそうなると……」
不意に奈美がアゴに指を当てて思案顔になる。
「ハルって今日、妹さんの入学式、つまり白百合女子高校の入学式に行くのよね?」
「その予定だけど」
「ひょっとして、知らないの?」
「何を?」
「白百合女子高校って、男子禁制よ。肉親も例外なく、入学式だろうが何だろうが」
ナンダッテ?
「……知らなかったのね?」
コクリ、と頷くハル。
ここに至ってようやく事態が飲み込めた。
つまりは押しつけられたのだ。あのクソ親父に。
「何てこった」
「お嬢様高校らしく警備も厳重だから、潜入や盗撮は諦めた方が良いわよ」
「忠告ありがとう」
さて不味いことになった。
知らぬ事とはいえ、約束をしてしまった。
もし破れば後が怖いし、何より約束を破ることをハルはしたくない。
思考の迷路に囚われたハルに、奈美が光を与える。
「……どうしても参加したい?」
「約束したからな」
「一つ、私にアイディアがあるわ」
ニヤリと笑う奈美。
それは天使の導きにも悪魔の囁きにも感じられた。
だが、今のハルに選択肢はない。
「聞かせてくれ」
「そう来なくっちゃ。えっとね……」
嬉しそうに奈美はそのアイディアを伝える。
「……ってのはどう? ハルならいけると思うけど」
「認めたくないけどね」
「どうする? やるならもう時間が無いわよ?」
「……ええい、やらいでか!」
「それでこそハルよ。ついでに私の写真もお願いね♪」
ウインクをする奈美。
最初からそれが狙いだったようだ。
こうしてハルは、悪魔の誘いを受けて女子高の入学式に挑むこととなった。
と言うわけで、今回は新キャラ登場はお休みです。
残暑が厳しいこの時期に、明らかに季節外れのネタですが、
奈美と秋乃の入学式編突入です。
第一話で冬麻が制服あわせに同行したと発言していましたが、
無論中には入れず、外でお預けを喰らっていました。
結局見れたのは写真だけ……。なので、男子禁制なのは知っていて、
あえてハルに頼んでいます。とんだツンデレ親父ですね。
果たして奈美の提案した作戦とは……とカッコつけたところで、
もう殆どの人はお分かりだと思いまが。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。