小話《口は災いの元》
ある日のハピネス事務所。
どうも奈美には、柚子の気になるところがあるようで……。
ある日のハピネス事務所。
「ねえねえ柚子さん」
「はい、何でしょうか奈美さん」
休憩していた柚子に、奈美が声を掛ける。
「柚子さんってお医者さんなんですよね?」
「ええ。そうですよ」
「医師免許って見せて貰って良いですか? 私興味あるんです」
「はぁ……まあコピーでしたら」
柚子はバッグから出したクリアファイルを開き、紙を奈美に渡す。
「あれ、免許って賞状なんですか?」
「よく誤解している人がいますが、医師免許証は賞状ですよ」
「へ~、てっきり運転免許みたいな奴だと思ってました」
「…………偽装するときは気を付けて下さいね」
柚子さん、ちょっと洒落にならないです。
「それにしても、本当にお医者さんだったんですか……」
「??」
「失礼ですけど、どう見ても年下だとしか……」
「ああ、そう言う事ですか。良いんですよ、慣れてますから」
地雷を踏んでしまった。
察した奈美は、慌てて話題を変えようとする。
「そ、そう言えば柚子さんはお幾つなんですか?」
ピシィィィ
瞬間、二人の間だけでなく、事務所内の空気が凍った。
事務員の皆さん、とばっちりごめんなさい。
「い、幾つに見えます?」
「十代前半」
「は、ははは。流石にそれは……医師免許を持ってる時点で、ハルさんより上ですよ」
「なるほど、若作りって奴ですね」
ピシィィィィィィイ
氷点下から絶対零度に近づく。
事務員の皆さんは既に自主的に避難を始めている。
「ま、まあそう言えなくもないですけど」
眉をピクピク震えさせながらも、まだ柚子は堪える。
仏の顔も三度までだぞ、と奈美に伝えたい。
だが、彼女は手を休めない。
「それで結局何歳なんです? 三十? 四十? まさか五十って事はないですよね?」
「…………さて、実験中の薬は何処にあったかしら」
柚子は危ない台詞を呟きながら、鞄の中を漁る。
このままでは流石に不味いと判断したのか、
「奈美、その辺にしておきなさい」
沈黙を守っていた千景がその場を収めに来た。
「女性に歳を聞くのは失礼ですよ。それが例え同性であってもです」
「は~い、分かりました。すいませんでした、柚子さん」
「こちらこそ、少し大人げなかったです。ごめんなさい」
氷河期は終わった。
どうにか大惨事になる前に、くい止めることが出来たようだ。
「そうそう柚子。少し相談があるのですが、この後良いですか?」
「構わないわよ千景ちゃん。今も手は空いてるし」
「二人は仲良しですね」
親しげに呼び合う千景と柚子を見て奈美は言う。
他の人と話す感じとはまた違う、特別な関係に思えた。
「まあ、子供の頃からの仲ですから」
「学校も学年も違ったのに、よく遊んでたよね」
「へ~どっちが年上なんですか?」
ピキィィィィィィィン
氷河期再来。
戻ってきた事務員達が、慌てて再度退避する。
「見た目は千景さんだけど、意外に柚子さんも……そう言えば千景さん、もうすぐ三十路……」
「柚子、行きますよ!!」
「任せて!!」
鮮やかなコンビネーションだった。
千景が奈美の鳩尾を、ひじ鉄で強打。
思わず開いた口に、柚子が赤い丸薬を放り込んだ。
この間僅か一秒足らず。
正に電光石火、熟練のツープラトンだった。
「ちょ、いきなり何を……か、か、辛~~~~~~~~~~~!!!」
奈美の顔色が真っ赤に変わり、激しく発汗する。
そして、口から怪獣のように火を噴き出した。
「特製丸薬「激辛君二号」。蒼井さんで試した一号とは比較になりません」
「奈美……私は同じ事を二度注意するのが嫌い……そう言ったはずです」
火を噴きながら悶え苦しむ奈美に、哀れみの視線を向ける二人。
その間も奈美の吐き出す火で、事務所のあちこちが焦げていく。
「……修繕費はハル君に請求しておきましょう」
「何故?」
「彼に懐いている奈美には、その方がお仕置きの効果がありますから」
「なるほど、流石千景ちゃんね」
全く関係無いハルに飛び火した。
「さて、どうです? これから飲みにでも行きますか」
「そうね。付き合うわよ。で、何処に行く?」
「……焼き肉が食べたくなりました」
「奇遇ね、私もよ」
千景はメモを避難している事務員に渡すと、柚子と共に事務所を後にした。
一時間後。
「ちわ~っす……って、何じゃこりゃ!!」
事務所を訪れたハルは、殉職者の様な声をあげる。
散乱している机や椅子に、壁や天井には放火されたような焦げ跡。
まるで怪獣でも暴れたような惨状だった。
「ちょ、ちょっと、一体何があったんです?」
「…………ハル君、気を強く持ってね」
片づけをしていた鈴木さんが、ハルに何やらメモを渡す。
首を傾げながらそのメモに目を通す。
『修繕費はハル君の口座から引いておきました。悪しからず』
「え、え、えぇぇぇぇぇ!!」
全く理解できない。
そもそも引いておきましたって、何で過去形なんだ。
「ど、どういう事なんだ……鈴木さん、一体何が……」
「全ては若さ……若さ故の過ちなのよ」
「意味分かんないですって!」
「詳しくはあの子に聞いてね。全ての元凶だから」
「あの子って…………アレ?」
鈴木とハルの視線の先には、床に大の字に倒れている少女。
唇が数倍に腫れ上がり、面影は殆どないが、間違いなく奈美だった。
「千景さんと柚子さんを怒らせた…………それが全てよ」
「馬鹿が……無茶しやがって」
「因みに修繕費は、概算でこれくらいです。正式な請求書は後日」
「…………俺の口座残高が…………ぐすん」
涙ぐむハルの肩を、鈴木が優しく叩いた。
間違いなく今回一番の被害者は、何故か関係ないハルだった。
教訓、普段怒らない人が怒ると凄い怖い
乙女心は複雑です……例え幾つになっても……。
柚子と千景の年齢については、まあご想像にお任せと言うことで。
一つ言えることは、二人ともまだ大台には乗っていません。
この小説がサザエさん方式だと良いのですが……。
次も新キャラ登場の予定です。
少しずつ騒がしくなってきたハピネス。
どんな人物が現れるのでしょうか。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。