女医さん求めて三千里?(3)
ようやく目的の女性と合流できたハル。
後は事務所に帰るだけなのだが、そうは問屋が……。
柚子登場編完結です。
帰りも当然ノロノロ運転。
だが、人生何が幸いするか分からないものだ。
「へぇー、じゃあ結構長く働いてるんですね?」
「は、はい。千景ちゃんがハピネスを作った時から、お世話になってます」
「なら俺の大先輩ですね」
「そ、そんな事……」
恥ずかしげに顔を赤く染める柚子。
どう見ても先輩に見えなかったが、これはこれでアリだと思い始めてきた。
ゆっくり運転のお陰で、ハルは柚子と会話をする時間をたっぷり取れた。
最初は会話すらままならなかったが、今ではこの通り。
どうにか軽口を叩けるくらいには、信用して貰えたようだ。
「それにしても、迎えが遅くなってすいません。大分待ったでしょう」
「気にしないで下さい。……私が声を掛けられなかったせいですから」
「まあ、しょうがないですよ。知らない男相手なら、普通は躊躇しますって」
励ますようにハルは返す。
和泉柚子という少女……いや女性は、極度の人見知りらしい。
一度身内、つまり友達や仲間だと認識すれば問題ない。
だが初対面の相手には、どうにも上手くコミュニケーションがとれないのだ。
究極の初見殺し、いやこれは意味が違うか……。
「ひょっとして、直ぐに俺が迎えの人だって気づいてました?」
「は、はい。鈴木さんから、ハルさんの特徴を聞いてましたので」
それを聞いて、ハルはふと気になった事を尋ねてみる。
「因みに、どんな風に聞いてたんですか? 俺はあんまり特徴無いですけど」
「え、そのですね……女の子みたいな男の方、と」
「……なるほど。後で鈴木さんとはじっくり話し合う必要がありそうですね」
「で、でも直ぐにハルさんって分かりましたし」
柚子さん、それは喜べないです。
「でもでも、ハルさんって本当に女の子っぽいですし」
柚子さん、それは追い打ちです。
「ハルさんが実は女の子でした、って言われても違和感ないですし」
柚子さん、それはとどめです。
言葉の刃というのは、何と鋭いものだろう。
悪意が無い分手加減がない。
ハルのライフはもうゼロなのだが、残念ながら止めてくれる人はいない。
暫くの間、柚子のフォローと言う名の攻撃は続いた。
「……あの、一つ聞いても良いですか?」
「私が答えられる事でしたら」
話題を変えるついでに、ハルは気になっていた事を聞いてみる。
「失礼かもしれないですが、柚子さんはドクターですよね?」
「はい。ちゃんと医師免許も持ってますよ。……そうは見えないでしょうけど」
少し自虐的な笑みを浮かべる柚子。
勿論それは否定しない。
「まあそれは置いておくとして、ならどうしてハピネスで働いてるんです?」
「……と言いますと」
「医者ならもっと良い仕事があるんじゃ無いかと思いまして」
ハルのイメージでは、医者というのはかなり貴重な職業だ。
それに鈴木の話だと、柚子はかなり腕の良い医者らしい。
ハピネスで働く理由が思いつかない。
そんなハルの質問の意図を察したのか、柚子は小さくああ、と頷いた。
「私は千景ちゃんと古い友達なのです。働く切っ掛けは彼女からの誘いですね。そして」
柚子は一息つくと、少しだけ寂しそうな顔をする。
「……ハルさんは私を見て、医者だと思えますか?」
「正直に言わせて貰えば、思えません。俺よりも年下に見えます」
「ですよね。自分でもそう思いますし、周りの人もそう思っています」
だから医者として病院などで勤務できない、と柚子は続ける。
「別にそんなの、問題ないですよ」
「じゃあ質問です。ハルさんが重い病気で入院して、手術が必要だとしましょう」
「…………」
「そこで執刀医として現れたのが私だとしたら……どうです?」
ハルはその情景を思い浮かべて、理解した。
それは確かに無理だ。
どんなに天才だから、腕は一流だと言われても、どうしても納得出来ない。
恐らく執刀医の変更を病院に要求するだろう。
「人は外見じゃないって言いますけど、やっぱり大切なんです」
「…………失礼しました」
ハルは素直に頭を下げ謝罪する。
好奇心からした質問が、柚子を傷つけてしまった。
「気にしないで下さい。今はちゃんと医師として働けて、充実してますから」
ニッコリ笑う柚子。
心の芯が強く優しい人だとハルは心底思った。
ハピネスの事務所まで、後少し。
ハルが気を引き締め直した、その時だった。
キキィィィィ
耳障りなブレーキ音と共に、前を走っていた車が急停車した。
慌ててハルも車を止める。
「な、何だ?」
そこは一本道で信号も無い。
なら想像される急停車の理由は……。
「……事故」
呟いたハルの言葉を裏付けるように、前の車から運転手が飛び出し、車の前方へ走る。
嫌な予感しかしない。
「ハルさん、ひょっとして……」
「恐らく。ちょっと待ってて下さい」
もしも事故なら、無視できる事態じゃない。
ハルはハザードランプを点灯させてから車を路肩に止め、前の車へと駆け寄る。
そこには、ハルが予想していた最悪の光景があった。
降りしきる雨の中、跪き叫びながら呼びかける運転手。
そして、その前で血を流しながら仰向けに倒れている……子供だ。
運転手の呼びかけに、子供は反応しない。
「…………」
ハルは無言で、今自分がすべき事を考える。
突然の出来事に若干混乱しているが、当事者でない第三者なので意外に冷静でいられた。
まずすべき事は救急と警察への連絡。
ハルは急いで車へと戻った。
「ハルさん」
「事故だ。子供が轢かれた。俺は今から救急と警察に連絡する」
思わずため口を使ってしまったが、この際気にしない。
携帯を素早く操作して、まず119に連絡する。
「……はい……はい……ええ。急いでお願いします」
通報を終えると、直ぐさま警察へも同様の電話を掛けた。
何分も過ぎていない筈なのに、どっと疲労感が押し寄せてくる。
「俺はこれから応急処置をしに行ってくる」
「私もご一緒します」
「……子供が血まみれで倒れてる。耐えられるのか?」
女性や血に弱い人には、かなりきついだろう。
「私は……医者ですよ」
失念していた。
どう考えてもこの場で一番適任者だ。
「じゃあ行くぞ」
「はい」
二人は子供の元へと駆け寄った。
現場は先程と何も変わっていない。
運転手の男は同じように叫び声で呼びかけ続けているが、反応は無い。
「おい、少し落ち着け。もうすぐ救急車が来るから」
ハルが運転手を落ち着けようと声を掛けるが、気休めにもならない。
その間に、柚子は子供に近づき状態を確認する。
「どんな状態だ?」
「外傷……確認。出血量……甚大。呼吸脈拍……確認」
ハルの声が聞こえないのか、柚子はブツブツと呟くだけ。
「救急車到着までおよそ八分…………現状で最適な処置を選択……終了」
「柚子?」
明らかに様子がおかしい柚子に、ハルは少し躊躇い気味に声を掛ける。
それが届いたのか、柚子は顔を上げてハルを見た。
「これより緊急処置を行います。補助を頼めますか?」
「あ、ああ。俺でよければ」
「協力感謝。ならばこちらに。私の指示に従って下さい」
まるで機械の様に、柚子は感情のこもらない声でハルに告げた。
灰色の瞳には光が無く、ゾッと底冷えするような冷たさを感じる。
だが今はそれどころではない。
ハルは頭を切り換え、柚子の隣へと座り込む。
「まず止血をします。貴方はこれを組み立てて下さい」
柚子は手持ちの鞄を開け、ハルに簡易テントを差し出す。
ビニール製だが、雨をしのぐには充分だろう。
「…………よし出来たぞ」
「結構です。では、術式開始」
救急車到着までの八分間。
ハルはただただ圧倒されるしか無かった。
「……なるほど。そう言うことでしたか」
ハルはコーヒーカップを傾けながら頷いた。
応急処置を終えた子供を救急隊員に引き継いだ後、二人は近くの喫茶店に入った。
警察の事情聴取もあり疲れたから休憩しよう、とハルが提案したのだ。
そこでハルは、柚子から先程の事について話を聞くことが出来た。
「つまり出血を伴う様な怪我を見ると、本気モード(命名ハル)に切り替わる体質?だと」
「……はい。お恥ずかしい所をお見せしました」
「? 別に恥ずべき事なんて何もないでしょ。寧ろ誇るべきでは」
「普通の人が見れば……私のそれは異常らしいです。昔から奇異の目で見られましたから」
その言葉から、柚子がどれだけ苦労してきたかが伝わってくる。
どうしてもこの世は、普通とは違う人に対して厳しい。
それがどれだけ良いものでも、だ。
「ハルさんも……怖いでしょ?」
「怖い? どうしてです」
「だって目の前の人が突然豹変するんですよ」
「全然。むしろ凄いなって思ったくらいです」
ケロッと返すハルに、柚子は驚いたように目を見開く。
「怖くないんですか? こんな……異常者が」
「ええ全く。異常って言葉は好きじゃないけど、柚子さんのは誇るべき異常です」
「………………」
「貴方のお陰で命が救われた。恥ずべき事など無い。その能力を誇るべきだ」
「………………」
「少なくとも俺は貴方を尊敬します。他の誰が何と言おうとも」
ハルは真剣な目で柚子を見据える。
それは自分の言葉が嘘ではないことを、何よりも雄弁に語った。
「……ありがとうございます」
小さな声で柚子は感謝の言葉を告げた。
「雨上がりましたね。そろそろ戻りましょうか」
「…………」
「どうかしましたか?」
「その……話し方、さっきみたいにしてくれたら嬉しいです」
「さっきって……あれは緊急事態でつい咄嗟に」
そう言えば焦ってため口をきいてしまった。
先輩で年上の人に失礼この上ない。
「私は……その方が嬉しいです」
「しかし…………」
じっと上目遣いでハルを見つめてくる。
ハルは暫し悩み、
「分かりました」
諦めたように頷く。
「違いますよ。分かった、でしょ?」
「……むぅ」
「では、もう一度……どうぞ」
「…………分かったよ、柚子」
ハルの言葉に、柚子は心底嬉しそうな笑顔を見せる。
それはまるで雨あがりの空のように、眩しいものだった。
一見子供で人見知りだけど腕は一流の医者で、血を見ると豹変する。
一行で纏めると、和泉柚子はこんなキャラクターです。
ハピネスでの主な仕事は、難しい手術の代行。
まあ、免許のあるブラックジャック先生のイメージですね。
次は柚子の小話です。
謎多き彼女に、奈美が果敢に挑んでいきます。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。