最終章5《ハルは賑やかに幕を下ろす》
最終章の最終話、正真正銘ラストです。
あれから彼らは……。
あれから八年の時が流れた。
便利屋ハピネス。
堅実な経営と優秀な人材に支えられ、八年を経ても変わらぬ経営を行っていた。
「千景ちゃん、そろそろ新しいバイトの面接時間よぉ」
「あら、もうそんな時間でしたか」
キーボードを打ち込む手を止め、千景はふと視線を時計に移す。
見れば約束の時間まで後僅かとなっていた。
「助かりました剛彦」
「良いのよぉ。それにぃ、履歴書の写真見たけどぉ、可愛い男の子よねぇ」
「……手を出さないでくださいね」
「分かってるわよぉ」
ペロッと舌を出すローズ。
「今度の子は、少しは長く働いてくれると良いのですが」
「最近は根性無い子が多いわよねぇ。あの子達を見習って欲しいわぁ」
思い出すのは二人の顔。
女顔の男と、とにかく頑丈な女の子。
事情があってハピネスを離れたが、あの時のことは今でも直ぐに思い出せる。
「ああ、そう言えば、あれは今夜でしたか」
「ええ。可愛い子を紹介してくれる見たいよぉ。楽しみだわぁ」
「その為にも、仕事を片づけてしまいましょうね」
「了解。じゃあ私も依頼に行くわぁ」
ハピネス最古参メンバーの千景とローズ。
二人は八年前と変わらぬ姿で、今も忙しい日々を送っていた。
とある大学。
美しい青髪をなびかせ、一人の女子学生が廊下を歩く。
すれ違う人が皆振り返る程、美人に成長した、結城紫音だった。
「あの、結城さん」
「ん、何かな?」
「今日研究室で飲み会があるんだけど、来れる?」
後ろから呼びかけた女子学生が、紫音を誘う。
「む、今日か。すまないが大事な用があるのだ。悪いがまた今度誘って欲しい」
「そっか、残念ね。じゃあ今度は来てよね」
「ああ、必ず」
残念そうな顔で去っていく女子学生を見送る。
「……今日は、大切な人からの呼び出しでな」
誰に言うでもなく呟くと、紫音は再び歩き出した。
色彩製薬。
かつて悪の組織カラーパレットの、隠れ蓑として利用された製薬会社。
摘発を受けそのまま倒産かと思われたが、ハピネスによる資金援助を受けて存続、そのまま傘下企業の様な形で業務を続けていた。
「和泉教授」
背後から掛けられた男性の声に、柚子は足を止めて振り返る。
小さな身体を包む白衣が、ふわっと舞った。
「先日の試薬検査、結果が出ました。これが報告書です」
「ありがとうございます。……ふむふむ、概ね良好と」
男性から渡された書類の束をパラパラと捲り、柚子は軽く頷く。
「ご苦労様でした。実験を第二段階に進めましょう」
「はい」
「私はこれから所用がありますので、非常時には主任に指示を仰いでください」
「あの~教授はどちらに?」
「ふふ、大切な友人からお誘いがありましたので」
柚子は楽しそうに笑みを浮かべると、その場から立ち去った。
日本の宇宙開発局、第一会議室。
重役達が視線を向ける中、瞳に怪しい光を宿した蒼井が熱弁を振るっていた。
「吾輩の開発したこのシャトルは、従来の十分の一以下の費用で打ち上げ、帰還が可能だ」
「居住空間は従来の二倍、全体のサイズはそのままで、宇宙飛行士の精神状態も考慮している」
「製造費用も半分以下。宇宙空間での作業性も、これまでとは比べものにならん」
次々と会議室のディスプレイに映し出される資料に、重役達は感嘆の声を挙げる。
これが実用化出来れば、後れを取っていた宇宙開発事業に、大きな光明が差す。
「しかしだ。何か問題点はないのかね?」
「む、まあ小さな事が一つある。事故のリスクは従来の十倍以上と言うことだが、どうと言うことはあるまい」
「「とっとと出ていきたまえ!」」
満場一致で、蒼井は会議室からつまみ出されてしまった。
「やれやれ、所詮愚民共には吾輩の発明の真価が理解できぬようだ」
「全くです」
呆れたように呟く蒼井に、スーツの男が近寄る。
「貴方の発明は素晴らしい。Dr蒼井」
「ほう、どっちの者だ?」
「自由の国です。貴方の力を、もう一度私達のために使って頂きたい」
「吾輩は高いぞ?」
「契約金として、まず即金でこれだけ」
男は片手の指を全部広げる。
「月々の報酬と、発明に関してはそれに見合う報酬をご用意しましょう」
「ふん、悪くないな」
「流石はDr蒼井。詳しい話は飛行機の中で。ファーストを取ってあります」
「……あいにくだが、今夜は用があってな。明日にしてくれ」
「構いませんが……何か大切な?」
「大した事ではない。が、愚民に付き合ってやるのも天才の役目だからな」
蒼井は不敵に笑うと、男の連絡先を受け取り、開発局を後にした。
正義の味方。
悪が消えぬ限り、正義もまた消えることはない。
長い歴史を持つ組織には、八年という時間は短いものだ。
そんな正義の味方日本支部の司令室。
「……と言う訳で、私は今夜から明朝九時まで休暇に入ります」
「それは良いけどさ、ねえ秋乃」
ディスプレイの向こうで煙管をふかす要が、ふと切り出す。
「あんた、本部に来ないかい?」
「そのお話は何度もお断りしてます」
銀色の制服に身を包んだ秋乃は、バッサリと要の要請を断った。
八年の歳月は、秋乃を美しく凛々しく成長させた。
才色兼備と言う言葉が相応しいだろう。
そんな彼女は今、正義の味方のボスと、対等に話をしている。
「あんたほどの人材、日本支部には勿体ないよ」
「……仮にもその支部長を引き抜こうとしないで下さい」
「僅か四年で支部長まで上り詰めた逸材、喉から手が出るほど欲しいさね」
「思いの外、ここの人達が有能では無かっただけです」
さらりと毒を吐く秋乃。
彼女は高校途中で海外の大学に編入。
そこを二年で卒業すると、正義の味方へと身を投じた。
のだが、あまりにも彼女は優秀すぎ、日本支部の面々は不甲斐なかった。
勤務開始四年で、秋乃は日本支部のトップに君臨していた。
「それに、私が日本支部勤務を希望している理由をご存じでしょ?」
「はぁ~。あの二人も相当親馬鹿だと思ってたけど、あんたもその血を引いてるんだね」
「褒め言葉と受け取っておきます」
要の皮肉にも、秋乃は全く動じない。
「まあ良いさ。休暇は受け取ってるから、好きにするがいいさね」
「はい。では失礼します」
通信を終えると、秋乃は手早く帰宅の準備をするのだった。
その夜。
とある料理屋に、ハピネス関連の面々と、秋乃が集まっていた。
みんなを招待したのは、
「お待たせしてすいません」
御堂ハルだった。
八年の歳月でも、彼はほとんどその姿を変えなかった。
だが、顔立ちは少し男性らしさが増し、精悍な顔立ちへと変化していた。
そして以前には無かった、大人の余裕とも言うべき風格が感じられる。
「もうすぐあいつも来ますから」
「構いませんよ。久しぶりの集合ですから」
「ええ。奈美ちゃんも大変だろうしぃ」
時間に遅れていることを謝罪するハルに、千景とローズは優しく答える。
「お兄ちゃん、奈美は奥?」
「ああ。ちょっとぐずってるみたいだ」
「やはり大変なのだな」
「これでも大分落ち着いた方だよ」
秋乃と紫音に、ハルは苦笑しながら言った。
「待っているだけと言うのも何だ。ここは先に始めて……きゅぅぅ」
「……少しは学習してください」
柚子の注射により、蒼井は机にグッタリと突っ伏す。
何時も通りの光景に、ハルがクスリと笑うと、
「ごめんなさい、お待たせ!」
店の奥から、元気な女性の声が聞こえてきた。
現れたのは奈美だった。
茶色がかったショートカットヘアに、勝ち気そうな瞳。
八年前の面影を残しつつも、確実に彼女は大人の女性へと成長していた。
「大丈夫か?」
「うん、お腹一杯になったら落ち着いたみたい」
そう言う奈美の手には、まだ小さい子供が抱かれていた。
「え~それじゃあ、みんな揃った所で、まずは今日はお忙しい中集まって頂きありがとうございます」
堅苦しい挨拶をするハルに、一同は苦笑いを浮かべる。
こういった真面目な所は、今も変わらない様だ。
「今日集まって貰ったのは……この子を紹介したかったからです」
ハルの言葉に、奈美は腕に抱いた子供を皆に見せる。
一歳前後だろうか。
まだ本当に小さな子供は、奈美に抱かれて穏やかな寝息をたてていた。
「今月で一歳になる、俺と奈美の娘、御堂桜です」
「「おめでとう!!」」
笑顔で報告するハルに、一同は拍手で祝福するのだった。
あれから、ハルはドイツの大学を無事卒業。
その後獣医師の資格を得て、ドイツで暫く見習いをした。
日本で再度資格試験を受け、無事国内で働けるようになったのだ。
奈美との交際は順調に続いており、ハルは日本戻ってきた時にプロポーズ。
両家の両親に許しを得て、結婚。
そして昨年、待望の第一子である桜を授かった。
「それにしても、奈美が母親になるとは……私も歳を取るわけです」
「あはは、まだ新米ですけどね」
「最初はみんなそうよぉ。前に言ったとおりぃ、母親も子供と一緒に成長するのよぉ」
「可愛いですね~。お父さん似でしょうか」
「そうかも。まあ女の子だし、ハルに似た方が良いかもしれないけど」
奈美は我が子を愛おしげに見つめ、微笑む。
そこには母性が満ちあふれていた。
「育児は大変と聞くが、どうなのだ?」
「あ、それは平気よ。冬麻さんや菜月さんに秋乃、それに家の両親も手伝ってくれてるし」
御堂家、それに早瀬家の面々は桜を溺愛していた。
代わる代わる、それこそ毎日でも誰かしらが、面倒を見に来るくらいだ。
「でも、一番懐かれてるのは、お兄ちゃんなのよね」
「まあ父親だからな」
少しだけ誇らしげにハルは言った。
「だ、だが……それも今の内だぞ」
「どういう意味だよ、蒼井」
「年頃になれば、『お父さんと一緒に洗濯しないで』とか言い出すだろうし」
「ぐっ!」
蒼井の言葉に、ハルはチクッと痛む胸を押さえる。
考えないようにしていたが、当然有り得るだろう。
「さらにお年頃なら、『私この人と結婚する』とかなるだろう」
「さ、桜と結婚するなら俺を倒してからにしろぉぉ!!」
御堂家の親馬鹿の血は、確実にハルにも流れていたようだ。
思わず叫んだハルの声に反応して、寝ていた桜がぐずつく。
「もうハル、急に大声出しちゃ駄目よ」
「す、すまない。ごめんね~桜~」
ハルは奈美から桜を受け取ると、腕に抱いて左右にゆっくりと振る。
見事な手並みに、桜は再び穏やかな寝息をたてた。
「……とにかく、桜と結婚したいなら、それ相応の相手じゃ無いと駄目だ」
まだ一歳の子供に何を言っているだろうか。
だけどハルは真剣だった。
父親と言うのは、こういうものなのだろう。
「勿論、私とお父さん、お母さんも倒して貰わないと、話になりませんけど」
「桜のお相手なら、最低私の拳に耐えられないとね」
母親と叔母もすっかりその気になっていた。
と言うか、
「「絶対無理だよ、それ」」
人間では不可能な関門だった。
その後も、久しぶりにあった仲間達の話は尽きることなく続く。
近況報告から、ちょっとした出来事まで。
料理屋の明かりと笑い声は、夜遅くまで絶えることは無かった。
ふと、ハルは奈美に尋ねる。
「なあ奈美、今……幸せか?」
「何よ急に。勿論幸せに決まってるでしょ。ハルは違うの?」
「いや、俺も幸せだよ」
ハルは一番優しい笑顔で、愛する妻と娘を抱き寄せる。
ハピネスとは、幸せや幸福を意味する単語。
ハルと奈美の物語は、その名の通り幸福に包まれたまま続く。
何時までも変わらずに。
まずは、本小説をここまでお読み下さりありがとうございました。
130話にも及ぶ長丁場となりましたが、最後まで書き続けられたのは、読んでくださった方、感想を下さった方に力を頂けたからです。
深く感謝いたします。
本編もどうにかハッピーエンドとなりました。
試しに全滅エンドも書いてみたのですが、なぜかギャグになりました。舞台が天国に変わっただけで、何も変わらずほのぼのした感じになっております。
どうやら作者にはバッドエンドを書く実力は無いようです。
悲しいやら嬉しいやら複雑です。
以前ご報告した通り、これからは暫く二次創作の小説を投稿します。
オリジナルを待って下さる奇特な方(大変ありがたいことです)とは、しばしのお別れとなります。
二次創作が終わりましたら、もう一つのオリジナル長編を投稿予定です。
同時投稿は……状況次第でありえるかもしれません。
作者の小説は、「○○はじめました」と言うタイトルで統一して行きますので、またお目にかかれる機会がありましたら、お付き合い頂ければと思います。
長々と失礼いたしました。
この小説を最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。
次回……またご縁がありましたらお付き合い頂ければ幸いです。