女医さん求めて三千里?(2)
鈴木からの頼み事を受け、ハルは病院へと向かう。
その前に立ちはだかるのは、まさかのマニュアル車だった……。
ハルは悪戦苦闘していた。
用意された社用車は、ペーパードライバーに優しくないマニュアル車だったのだ。
一応免許はマニュアル車で取っていたが、運転したのは教習所以来。
必死に教習を思い出す。
「えっと、これがクラッチで……アクセルとブレーキ……ギアをこうして……」
絶対に運転手が言ってはいけない単語を連発。
同乗したくない車ナンバーワンだろう。
それでも過去に運転したことがあるのは、やはり強い。
数回のエンストを繰り返して、ようやくハルは車を発車させることが出来たのだった。
降りしきる雨の中を、法定速度にすら達さない速度でハルは進む。
運良く信号で止まる事がほとんど無かったので、エンストも起こさなかった。
実に二十分ほど時間を掛け、ようやく目的の病院へと辿り着いた。
「……はぁ、ようやく出来た」
バック駐車に予想以上に時間を取られてしまった。
両側が空車のスペースを狙い、十回以上のトライで何とか無事駐車成功。
これまでに大分時間がかかっている。
相手を相当待たせてしまったに違いない。
ハルは急ぎ足で病院の正面入り口に向かい、ロビーへと入っていった。
待合いロビーは多くの人で賑わっていた。
診察の順番を待つ人。支払いや薬を待つ人等々。
老若男女がそこにいた。
ハルはロビーをぐるっと見回して、
「…………うん、鈴木さん、無理です」
速攻で女医さん探しを諦めた。
白衣を着ていればまだ良かったのだが、仕事が終わり帰るのなら当然私服だろう。
しかもハルは相手の姿を知らない。
正直お手上げだった。
「まあ相手は俺の事を聞いてるはずだし、ここで待てば良いか」
出入りの邪魔にならないように、ハルは入り口の脇に立つ。
その内向こうから声を掛けてくれるだろう。
だが、甘かった。
十分、二十分、三十分と時間が過ぎていく。
しかし相手は一向に現れなかった。
「俺が来るのが遅かったから、先に帰っちゃったのかな?」
そんな気がしないでもない。
ならば一度事務所に確認すべきだろうか。
仮に帰って無くても、もう一度相手の容姿を確認すべきだ。
「携帯……は使用禁止だし、そこの公衆電話で」
ロビー脇に設置してある公衆電話に向かおうとして、ふと気が付いた。
電話の更に奥、少し離れた曲がり角から、一人の少女がこちらを見ているのだ。
秋乃や奈美よりも更に幼い外見。
勿論、ハルの知らない顔だった。
「気のせい……じゃないよな」
ハルは入り口脇の壁に寄りかかっていた。
後ろの人を見てます、と言うオチは無いはずだ。
そうなると疑問が出てくる。
何で自分を見ているのだろうか。
「…………うん」
チラリとズボンのチャックを確かめるが、大丈夫だった。
服装も特におかしな所は無いし、ますます持って訳が分からない。
暫し考え、ハルが出した結論は、
「気にしない事にしよう」
無視することだった。
興味本位で見ているだけかも知れないし、気にしていても仕方ない。
ハルは少女の視線を感じながら、公衆電話の前へと移動する。
「えっと……げっ!」
運悪くその電話は硬貨が使えない、テレフォンカード専用だった。
携帯全盛期のこのご時世、テレカなど持ち歩いていない。
「参ったな。仕方ないけど、外に出て携帯で……ん?」
受話器を置いたハルの元に、先程の少女が近づいてきた。
そのまま無言で、テレフォンカードを差し出す。
「えっと、これ貸してくれるのかな?」
コクコク、と頷く少女。
言葉こそ発しなかったが、どうやらハルを助けてくれるようだ。
「ありがとうね、助かるよ」
「あ……」
感謝の言葉を伝え、少女の頭を撫でる。
少女は驚いた様子だったが、嫌がる素振りは見せなかった。
「じゃあ有り難く使わせて貰うよ。えっと番号は……」
ピポパ、とハピネス事務所の番号をプッシュする。
数コールの後、
『はい、こちら便利屋ハピネスでございます』
都合良く鈴木が電話に出た。
「あ、ハルですけど」
『ハルさん。今どんな状況でしょうか?』
「病院に到着してるんですが、相手が見つかりません」
『ごめんなさい。柚子さんに声を掛けるようにお願いしたんですけど……』
どうやらまだ相手は事務所に戻っていないようだ。
「相手の特徴を教えて貰って良いですか?」
『勿論です。えっとまず女性で、背が低いです』
「背が低い……俺くらいですか?」
『もっとです。大体……140cm位でしょうか』
それは小さい。
ハルよりも二十センチ程低い事になる。
「俺の想像してた女医さんとは大きく違いますね……」
『ごめんなさい。すっかり私の感覚で説明してしまって』
「まあ別に良いですよ。それで他にはありませんか?」
『髪は灰色で、小さなポニーテールにしてると思います』
「………………」
ハルはふと言葉を止める。
そして視線をまだ隣に立っている少女に向けた。
身長、髪型、共に鈴木の情報と一致している。
『ハルさん?』
「一つ聞きます。その柚子さんって、人と話すのとか苦手だったりします?」
『あらよくご存じですね。はい、とってもシャイな性格なんですよ』
「……相手を確認できました。これから事務所に戻ります」
ハルはそれだけ告げて、受話器を置いた。
そして身体を少女の方に向ける。
「ハピネスの御堂ハルです。和泉柚子さんですか?」
「…………はい」
小さな、本当に聞こえるギリギリの声で少女は返事をしたのだった。
ようやくハルと柚子が出会いました。
少しずつ役者が揃ってきた感じがします。
次で柚子編は完結となります。
少しはハルと打ち解けてくれると助かるのですが……。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。