最終章2《ハルは静かに挑戦し》
最終章第二話です。
何かを行おうと動いているハル。
そんな彼の動きを、彼女たちも不審に思っており……。
「ぶぅ~」
「もう奈美、何をぶーたれてるの?」
教室の机に突っ伏し、頬を膨らませる奈美に、秋乃は呆れながら尋ねた。
「最近ハルが冷たいのよ」
「……まるで恋人同士の愚痴ね」
茶化すような秋乃の言葉にも、しかし奈美は反応無し。
これは何かあったか、と僅かに眉をひそめる。
「冷たいって、具体的には?」
「何か隠してる見たいなんだけど……教えてくれないの」
「あのね……」
教えていたら、そもそも隠し事ではない。
「お兄ちゃんだって、人に教えたくないことの一つや二つあるわよ」
「でも……あれは少しおかしすぎるわ」
「他に何か?」
「ハピネスはずっとお休みだし、朝早く出ていったと思ったら夜遅く帰ってきて、家でもずっと勉強してるのよ」
「……確かに妙ね」
秋乃は奈美の報告に眉をひそめる。
ハルという人物は、勤勉ではあるがそこまで勉強熱心ではない。
平均点を取っていれば良い、と言うタイプの学生だ。
テスト前に徹夜する姿すら見たことが無い。
「お兄ちゃんに聞いてみたの?」
「うん。大事なテストがあるから、暫く勉強に専念するって」
「大学の考査は終わった筈だし……何かしら」
秋乃はアゴに手を当て考えるが、思い当たる節はない。
(後で連絡した方が良さそうね)
奈美には告げず、秋乃は密やかに決意した。
午後十一時。
消灯時間が過ぎた寮の部屋で、秋乃はそっと携帯を掛ける。
相手は勿論、
『……もしもし?』
「あ、お兄ちゃん」
ハルだった。
『こんな時間に何かあったのか?』
「聞きたいことがあって」
『……奈美か』
秋乃の声色から察したのか、ハルは小さく呟いた。
「朝から晩まで勉強してるらしいけど、どうして?」
『聞いたんだろ。大事なテストがあるんだよ』
「何のテスト?」
『……大事な、テストだ』
ハルの声は疲労の色が混じっていたが、それ以上に強い決意が込められていた。
「教えられないのね」
『終わったら……教えるよ』
「何時なの?」
『二週間後だ。結果は即日発表される』
「分かったわ。因みに、お兄ちゃんが受けるテストの事を知ってる人は居るの?」
『お前が知る中には居ない』
それはつまり、他の人から情報を得るのは無理だと告げていた。
「大丈夫なの? ほとんど寝てないみたいだけど」
『幸いに、俺にはドーピングの達人が知り合いに居るからな』
以前紹介された、小さなお医者さんを思い浮かべて、秋乃は軽く笑みを零す。
「そんな無謀なテストなのね」
『ああ。正直なところ、勝算は一桁が良いとこだ』
「でも受けるのね」
『ああ。もう決めたから』
電話越しに聞こえるハルの声は、秋乃が驚くほど大人びたものだった。
「もう私は止めない。奈美も上手く誤魔化しておく。だから……頑張ってね」
『サンキュー、妹よ』
優しいエールを受けて、ハルは優しい声で答えた。
そして、二週間が過ぎた。
ハルはフラフラとした足取りで、大学へやってきた。
痩けた頬と真っ黒な隈、充血した目が彼が今までやってきた勉強量を物語る。
とてもこれからテストを受けられる状態には見えないが、
『ふふ、これが私のドーピングフカヒレスープです』
柚子の薬により、内面的なコンディションは上々だった。
「来たか、御堂君。随分と追い込んできたみたいだね」
「おはようございます、教授。やるべきことは、全部やってきたつもりです」
「結構だ。既に試験の準備は出来ている」
教授に先導され、ハルは大学の空き教室へと向かう。
ドアを開けるとそこには、スーツ姿の男性が待っていた。
漆黒の髪をした、長身の外国人だ。
『お待たせしてしまったかな?』
『いえ、まだ時間には余裕がありますよ』
『試験を受けるのはこの子だ。よろしく頼むよ』
『承知しました』
「……私に出来るのはここまで。悔いの無い様頑張るが良い」
「はい」
ハルの肩をポンと叩くと、教授は教室を後にした。
残されたのはハルと男だけ。
『初めまして。本日試験管を務める、クンツ・ダイムラーだ』
『御堂ハルです。よろしくお願いします』
『ほう、日本人にしては流暢だな。語学に関しては問題ないようだ』
『どうもです』
『では試験の説明をしよう。席に着きたまえ』
見れば既に試験の準備がされている机がある。
ハルはそこに着席した。
『試験は午前二時間、午後二時間で行う。問題に関する問いには一切答えない』
『はい』
『試験は終了後直ぐに採点し、およそ一時間ほどで結果が出る』
『はい』
『万が一不正行為があれば、その場で試験は終了、当然不合格となる』
『はい』
『大体こんな所だ。問題以外の質問は、試験中も受け付ける。以上だが何か質問は?』
『ありません』
『結構だ。では問題用紙を配る。試験開始までは触れないようにな』
男は分厚い紙の束を、ハルの机へと置く。
因みに筆記用具などは、不正防止の為全て予め用意されていた物を使用する。
『ああ、そうだ。一つ聞いても?』
『何かね?』
『このシャーペン。試験終わったら貰えません? 俺のより使い心地良さそうなんで』
『…………ふっ、合格したらプレゼントしよう』
『ケチ』
『良いではないか。頑張る理由が増えただろ?』
『はぁ~。まあもとより、そのつもりですけどね』
巫山戯ている訳ではない。
監督官と一対一で受ける試験というのは、異様な緊張感がある。
まして今回ハルが受けるテストは特別な物。
そんな緊張感を和らげる為、ハルはあえて冗談交じりに言ってみたのだ。
(乗ってくれたあたり、この人も優しいな)
どうやら自分は監督官に恵まれた様だ。
『開始一分前だ』
男は腕時計を見ながら、事務的な口調で宣告する。
ハルは意識を集中しながら、柚子に教わったリラックス出来る呼吸法を繰り返す。
『……開始』
男の声と同時に、ハルは表紙を捲り、問題へと挑む。
四時間に及ぶ戦いが始まった。
そんなわけで、第二話が終わりました。
ハルの行動については、あえてぼかして書いてます。
恐らく大多数の方が気づいたかと思いますが。
ある目的のため、ハルは今回の行動を取りました。
その目的がなんなのかは、もう少し見守って下さい。
最終章も徐々に核心に。
どうぞ最後までお付き合い頂ければ幸いです。