最終章1《ハルは静かに動き出し》
本小説の最終章スタート。
喫茶北風。
ハピネス事務所の隣に位置するそこに、ハルは居た。
「すまない、急に時間を作ってもらって」
「気にしないで下さい。丁度暇でしたから」
詫びるハルに、向かいの席に座る柚子は微笑む。
注文した飲み物が運ばれ、軽く口を付ける。
「それで、相談したい事とは?」
「実は……」
静かに話し始めるハル。
それを柚子は真剣な眼差しで聞き入る。
「……だから、柚子にアドバイスを貰えればと思って」
「正直難しいですね。ハッキリ言ってしまえば、門外漢なので」
「そっか……」
柚子の答えにも、ハルはさほどショックを受けていない。
駄目もと、と言ったら失礼だが、柚子の専門から外れていることを承知していたからだ。
「悪かったな。変な話を聞かせちゃって」
「いえ、とんでもない。私はハルさんを応援しますよ」
「何より勇気の出る言葉だ」
ハルは表情を崩し、柚子に感謝を述べた。
「……一応聞きますけど、この事を奈美さんは?」
「言ってない。まだその段階じゃ無いし」
「そうですか。私が言う事じゃ無いですけど、決まったら直ぐに言った方が良いですよ」
柚子は本気で心配している顔で、ハルに告げる。
「二人なら大丈夫だと思いますけど、ね」
「忠告感謝するよ」
その後は、たわいない雑談をして、ハルは柚子と別れた。
また別の日。
ハルは大学に来ていた。
予定の講義よりも早い時間に、ハルは自分の研究室の教授を訪ねる。
「おはようございます、教授」
「おお、御堂君か。私に何か用かな?」
老年の男性が不思議そうにハルを見る。
研究室ならいざ知らず、自分の部屋を訪れたことが珍しいのだろう。
「実は、折り入って相談したいことがありまして」
「ふむ……まあ私も今日は講義の予定も無いし、話してみるが良い」
普段と違うハルの様子に、何か感じたのか。
教授はハルに椅子を勧めると、話を聞く姿勢を取った。
「……と言う訳なのですが」
「…………」
「あの、教授?」
話を聞き終えた教授は、腕組みの姿勢で何かを考えるように目を閉じている。
そのまま数分。
「……なあ御堂君」
不意に教授が口を開いた。
「はい」
「君は良い学生だ。だが、決して優秀というわけでもない」
「承知してます」
教授のストレートな物言いに、ハルは素直に頷く。
「よく調べたのだろう。確かに君の考えは、実現可能ではある」
「…………」
「しかし、可能であることと、実際に出来るかどうかは別問題だ。分かるね?」
「厳しい事は、理解しています」
「正直なところ、私は反対だ。あまりに無謀すぎる」
「……お願いします」
ハルは深く頭を下げた。
無言の時が続き、
「……ふぅ」
沈黙を破ったのは教授だった。
「そこまで言うのなら、お膳立てだけはしよう」
「ありがとうございます」
「だがその後は君次第だ。私には何も出来んよ?」
「機会を頂けるだけでも、感謝しております」
再度頭を深々と下げるハルに、教授は負けたとばかりに肩をすくめる。
「それにしても、一体君に何があったのかね?」
「色々ありまして、ようやく自分が一番力を発揮できる事を見つけたんです」
真っ直ぐなハルの言葉と視線に、教授はシワだらけの顔を綻ばせる。
まるで孫の成長を見る、祖父の様に。
「男子三日会わずんば刮目して見よ、と言うが……変われば変わるものだ」
「……おだてないで下さい」
「本音だよ。さて、私は早速手続きを始めるとしよう。君も精一杯やりたまえ」
「無理を言って申し訳ありません」
「そう思うなら、私の予想を裏切ってみるのだな」
ハルに背を向け、パソコンに向かう教授に、ハルは無言で頭を下げた。
(後は……俺次第だな)
講義へ向かうハルは、決意を込めて拳を強く握るのだった。
遂に最終章が始まりました。
前回をお読みの方は分かったと思いますが、スポットライトが当たるのは主人公であるハルです。
彼の動きに、ある意味人類の存亡が掛かってます。
そんなハル、何やら裏でコソコソと動いてる模様。
果たして彼は何を考え、何を成そうとしているのだろうか。
全五話の最終章。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。