護衛承ります(5)
帰国するアイシャを見送る為、空港にやってきたハル達。
そんな中、ハルは気になっている事があり……。
王女護衛編終幕です。
翌日。
アイシャを連れたハル達は、空港へとやってきていた。
「ぶぅ~~」
「いつまでふくれてるんだよ」
「だって、折角仲良く慣れたのに、もうお別れなんて」
ふて腐れる奈美に、
「あら、奈美は私とお別れしちゃうつもりなの?」
流暢な日本語で、アイシャは戯けるように言った。
本人曰く、三日も同じ言語を聞けば自然と覚えてしまう、だそうだ。
「ねえハル。奈美はお別れなんだって」
「ほ~そりゃ残念だな。奈美とアイシャはこれでお別れか」
「え、だって……」
「人の絆は、一度結ばれてしまえば、そう簡単に切れませんよ。良くも悪くもね」
「俺達は日本に残り、アイシャはアイマン王国に帰る。それだけの事だ」
「お互いの場所は離れてしまいますが、私と奈美が友達だという事実は変わりません」
戸惑う奈美に、ハル達は微笑みながら声を掛ける。
「今生の別れじゃ無いんだ。会おうと思えば会えるさ」
「今度は是非、アイマン王国に来て下さい。歓迎しますから」
「…………うん♪」
奈美は満面の笑みで、アイシャと抱擁を交わすのだった。
『ただ、会えるのは少なくとも数年先になりそうですね』
『…………そう、ですね』
搭乗手続きのため、ハル達から離れた千景とアイシャは小さな声で言葉を交わす。
『大丈夫ですか?』
『お陰様で敵の姿も見えたし、上手くやれるとは思うわ』
『やはり、肉親と争うのは気が引けますか?』
『……ふふ、生憎とそう言う感情はとっくに無くしてしまいましたから』
『必要であれば依頼を。出来る限りで手を貸しましょう』
『ええ、そうさせて貰うわ』
短い会話を終えて、二人はロビーで待つハル達の元へと戻った。
「じゃあ千景、ハル、奈美…………またね」
「うん、また会いましょ」
「元気で」
「頑張って下さい」
三人の見送りを受けて、アイシャは搭乗口へと消えていった。
それから二十分後。
空へと舞い上がる飛行機を、ハル達は屋上で見送っていた。
「アイシャ……今度は私が行くからね」
祖国へと戻る友へ想いをはせる奈美であった。
その後事務所に戻ったハルは、奈美を先に帰して千景に尋ねる。
「……それで、結局アイシャの目的は何だったんですか?」
「ご存じの通りですが」
「言い直します。本当の狙いは何だったんですか?」
ハルの言葉に、千景の目が一瞬細められる。
「何故、そう思うのです?」
「アイシャが自国の護衛を、一人も連れてなかったからです」
「非公式で内密の来日だから。その理由も言ったはずですよ?」
「アイマン王国の総力を挙げて、あの街を調べたとアイシャは言ってました」
千景の返答が無いので、ハルは更に言葉を続ける。
「信頼できる腹心が居るとも。でもアイシャは単身来日した」
「……つまり?」
「アイシャは自分を……狙わせたかったのだと思います」
千景は答えない。
ただハルの目をじっと見据える。
そして、
「……口外無用です。概ね当たっていますよ」
静かに答えた。
「ハル君の推察通り、アイシャは自分の身を囮として使いました」
「でも何故です? 俺には理由が思いつきません」
「自分を狙う相手、戦うべき敵を探るためです」
「それは一体……」
「アイシャの肩書きを覚えてますか?」
「ええ、確かアイマン王国第十二王女だったかと」
頷く千景。
「それはつまり、アイシャの上に最低十一人の王位継承者が居ることを意味します」
「まあ、そうでしょうね」
「ではもし国王が崩御した場合、王位を継ぐのは?」
「……多分第一王位継承者、普通なら第一王子とかだと思います」
再び頷く千景。
「なら、第一王子が何らかの理由で死去、あるいは王位継承が不可能だとしたら?」
「そりゃ……第二王位継承者が……あっ!」
ハッとハルはある可能性に気づく。
千景が向ける真剣な眼差しが、その可能性を肯定する。
「……王位継承権争い」
「グッド。既に五人の王子王女が命を落としているそうです」
「そんなの、漫画とか話だとばかり……」
「王位と言うのは、それだけ魅力的だと言うことでしょう。それこそ肉親を、血の繋がった兄弟姉妹を犠牲にしてまでも欲しくなる程に」
語る千景の声は冷たい。
そう言う世界を知っているが故だろうか。
「アイシャの王位継承権は低い。本来なら狙われる危険性も低かったのですが……」
「何か理由が?」
「あの子が優秀すぎたのです。それこそ、他の兄弟姉妹に危機感を抱かせるほどに」
「じゃあ、囮になった理由は……自分を狙う奴をあぶり出すため」
「そうです。あの子が本気で情報操作を行っても、それをかいくぐって居場所を突き止め、暗殺を行える程危険な相手は誰なのか。それを見極めたかったそうです」
ゾッとする話だった。
「腹心が同行しなかったのは……」
「極秘来日にリアリティを持たせる為。そして、敵の特定を行う為です」
「でも、アイシャは狙われなかったですよね?」
「何人か暗殺者が来てましたよ。秘密裏に私と剛彦で処分しましたが」
さらりと告げる千景。
もうハルは何も言えなかった。
「……お話は終わりです。ハル君も今日は帰って休みなさい」
「はい」
今になって、どっと疲労感が押し寄せてきた。
ハルは思い足を引きずるように、事務所から出ようとして、
「……千景さん、最後に一つだけ聞かせて下さい」
背を向けたまま言う。
「アイシャは……奈美とまた会えますか?」
「私は当事者じゃ無いから、軽率な事は言えません。ただ一つ分かってる事があります」
「それは?」
「あの子は会うつもりですし、約束を破ったことは一度もありませんよ」
「……充分です。失礼しました」
ハルは振り返らないまま、事務所から姿を消した。
残された千景は、天井を仰いで小さく息を吐く。
「ハル君は奈美の事になると、まるで別人みたいですね……まあ、丁度良いコンビかもしれませんが」
苦笑しながら、千景はスッと目を細める。
「私もチェス仲間が減るのは嫌ですし……少し余計なお節介をしますか」
誰もいない事務所で、千景は小さく拳を握るのだった。
遙か東方の島国よりエールを受けて、アイシャは戦いの場へと立つ。
彼女が奈美達と再会出来たのかは……またの機会に。
と言うわけで、山も無く護衛編が終了してしまいました。
本当は、後半でハルと千景が話していた事を、ある程度混ぜ込もうと思ったのですが……どうも上手く行きませんでした。
もっと勉強しなくちゃ駄目ですね。
今回は、小話も同時投稿させて頂きます。
そこにこの小説に関するお知らせがありますので、普段小話を読み飛ばしている方も、宜しければ目を通して頂ければと思います。
それでは次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。