護衛承ります(4)
王女護衛二日目。
ついのアイシャが、その目的を果たす……。
翌朝。
ホテルのレストランで朝食をとっていると、
「もぐもぐ、そう言えば千景さん……」
旺盛な食欲を見せる奈美が、不意に切り出した。
「奈美、お行儀が悪いですよ」
「食べるか喋るか、どっちかにしろ」
「もぐもぐもぐもぐ」
ええ、分かってましたよ。
待つこと数十秒。
「もぐもぐごっくん。それで千景さん」
「はぁ~、何ですか?」
「今日の予定は決まってるんですか?」
「決まってますよ」
「また街巡りですかね?」
「……そんな所です」
千景の答えに一瞬の間があったのを、ハルは見逃さなかった。
どうやら、予想通り今日が来日した本当の目的を果たすに違いない。
「ご飯を食べ終わったら出かけますよ」
千景はそう言って、食後のコーヒーを啜る。
ここで話すつもりはない、と暗に言っているようだ。
(アイシャの目的……一体何だ…………てか、こいつはいつまで食べるつもりだ)
他の三人が食べ終えているのに、隣に座る奈美は食事の手を止めない。
あろうことか、お代わりまで頼む始末だ。
『すいません。お時間を取らせてしまって』
『良いのですよ。朝ご飯は一日の活力ですから』
優しく微笑むアイシャに、ハルは感謝する。
結局、奈美が満足したのはそれから三十分も経ってからの事だった。
行き先を告げられぬまま、ハル達はホテルを出発する。
昨日と同じように電車に揺られ、辿り着いたのは……。
「……え?」
「あら、何か問題でも?」
「いや~、問題は無いんですけど……少し予想外だったと言いますか」
「ハルハル! 凄いよ! ここメイドさんが沢山居るよ!」
「そう言う……場所なんだよ」
ため息混じりに答えるハル。
そう、今彼らが居るのは海外でも有名な電気街、秋葉原だった。
(まだ油断できないぞ。アイシャはお忍びできた王女。きっと何か深い理由が……)
『こ、ここが秋葉原。夢にまで見た、ジャパンアニメーションの聖地。感激です』
(…………無いかも……)
目を輝かせ、何とも良い笑顔で建ち並ぶビルと、行き交う人々を見つめるアイシャ。
どっからどうみても、観光に来た外国人そのもの。
間違っても、王女様だなんて思われないだろう。
『……千景さん』
『何でしょう』
『アイシャが来日した本当の目的って……まさか』
『ご想像の通り、この街で遊んで、アニメグッズ等を山ほど買い込む事です』
あっさりと答える千景に、ハルは頭を抱える。
真剣に考えていた自分がアホみたいに思えて、少し情けなくなった。
『てことは、アイシャはその……』
『一言で言えばマニア、オタクと呼ばれる人種です』
『じゃあ、内密に非公式で来日したのは……』
『一国の王女が特定国の文化、しかもアニメの虜だと知られるのは、あまり都合が良くないので』
『…………』
『事前に情報が漏れないよう、二人にもギリギリまで黙っていたのです』
まあつまり、ハルが勝手に深読みしすぎたと。
「ねえハル。凄い凹んだ顔してるけど、どうかしたの?」
「何でもない。ちょっとだけ、自己嫌悪しただけだ」
「???」
首を傾げる奈美だが、これ以上説明する気は無い。
多少食い違いはあったが、護衛であることに変わりはない。
大きく深呼吸して、どうにか気持ちを切り替える。
『なあアイシャ』
『はい、何でしょうハルさん♪』
大変ご機嫌麗しいようで。
『どの店に行くとか、何を買うとかは決めてるのか?』
『モチのロンです!』
お前絶対日本人だろ。
『今日この日の為に、私はアイマン王国の総力を結集して、綿密な情報収集を行いましたから』
『……これ、内密な来日だろ?』
『信頼できる腹心が居ますから』
『いや、そうじゃなくて……ううん、もういいや』
大丈夫だろうか、アイマン王国は。
『さあ行きましょう。時は金なり。一分一秒だって無駄には出来ませんから』
もう待ちきれない、とアイシャは歩き出す。
「アイシャ待ってよ~」
「ほらハル君も行きますよ」
「……はぁ」
今日何度目になるか分からないため息をつきながら、ハルはアイシャの後を追うのだった。
スケジューリングというのは、その人の企画力と構成力、更には時間感覚が問われる。
その点、アイシャと言う少女は天才的としか言いようの無い才を見せつけた。
分刻み、時には秒刻みで立てられた予定。
だがそれらは決して破綻することがないよう、綿密に計算されていた。
「見事ですアイシャ。王族の血は伊達では無いと言うことですか」
「取り敢えず世界の王族に謝りましょうか」
ロイヤルな皆様、申し訳ありません。
「それにしても、この街は人が多いですね。平日だと言うのに」
「観光客も多いですね」
「これだけ人がいると、護衛も難しいのでは?」
「ビルによる死角が多く、人も多いので狙撃は困難。ある意味護衛しやすい環境ではあります」
「近寄ってナイフでグサッとかは?」
「それを許す程、私は腑抜けていませんよ。剛彦も警戒を怠っていませんし」
小さく笑みを浮かべて答える千景。
「無用な心配でしたか」
「真剣な証拠ですので悪いことではありません。あの子は多分護衛を忘れてますから」
視線の先には、アイシャと並んで完全に遊び気分の奈美。
間違いなく護衛の自覚はない。
「まあ、あの子のお陰で護衛がし易くなっているのも確かですが」
「どう見ても仲の良い友達にしか見えませんからね」
「さて、おしゃべりはここまで。仕事に戻るとしましょう」
ハルと千景は、再びアイシャ護衛フォーメーションに戻るのだった。
その後。
『これとこれ、それとこれもお願いします』
『……あのさアイシャ。これ同じ本が三つあるけど良いのか?』
『何を言ってるんですか。読む用、保存用、布教用と三つ買うのが常識ですよ』
お前が何を言ってるんだろうか。
『ですので、全ての本は三つセットで購入します』
『これ、全部か?』
『はい♪』
「…………奈美、手伝ってくれ」
書店で三桁に達する数の本を購入。
『ねえ千景、このTシャツは何て書いてあるの?』
『……俺の嫁、と書いてあります』
『素敵♪ ハル、このTシャツのSサイズをある限りお願いします』
『…………意味分かってるのかよ』
くれぐれも国内で着ないことを祈る。
『それとこれも』
「貧乳はステータス……そうなのハル?」
「ノーコメントだ」
何せ背中にもの凄い殺気が籠もった視線が刺さっているから。
『あ、このジャパニーズ扇子も良いですね。ねえ千景、どの言葉が一番格好いいかしら?』
『でしたら、この下克上と書かれているのは如何でしょう?』
大問題ですよ。
『どういう意味?』
『どん欲に上を目指すと言う意味です』
『最高ね。これも貰いましょう』
アニメショップで大量のグッズを買い込む。
『ああ、やはりこのフォルム……ガン○ムは美の結晶です』
「まさかここまでカバーするとは……どんだけ守備範囲が広いんだよ」
「ハルも好き?」
「テレビは見てたし、ガン○ラも作った事あるけど、そんなに詳しくないぞ」
『UCは一通り押さえるとして、やはりGもWもXも種も必要ですね』
「大人買いにもほどがあるな」
『基本はPGとMG、無い物はHGで我慢しますか』
『説明書は全て日本語ですが、行けますか?』
『三日もあれば充分です』
見事な才能の無駄遣いを見た。
「ふ~ん、いっぱい種類があるのね。あ、このロボット可愛い。私も買おうかな~」
「……旧○ク」
随分渋いところを突いてくる。
『ハルと奈美も手伝って下さい。これ全部レジに持っていきますから』
まさかのガン○ラ大人買い。
「いらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様」
『本物の、本物のメイド喫茶……感激です』
『……てかさ、アイシャなら本物のメイドが着いてたりしないのか?』
『何を言ってるんですか! そんなの何のロマンもありませんよ!!』
もの凄い怒られた。
『メイドじゃ無い女の子がメイドの格好をする、そこにロマンがあるんです!』
『……さよか』
『流石に私にも理解できかねますね』
「えへへ、お嬢様だって♪」
「お前、結構楽しんでるよな」
昼食はメイド喫茶を満喫。
その後もアイシャの理性を保ったままの暴走は止まらず、結局ハル達がホテルに戻れたのは、よい子はもう寝るような時間になってからだった。
と言うわけで……深く反省しております。
まあ護衛と言っても、何も無いことが多いわけで…………本当にすいません。
次で王女護衛編は終わりとなります。
一応、それらしく絞めようとは思ってます。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。