護衛承ります(3)
王女を迎え、ハル達の護衛が始まった。
ホテルの部屋に荷物を置き、一行は街へと繰り出す事にした。
アイシャのリクエストは、
『若者が多く集う場所に行きたいです。それと、お店が多く出ている街に』
と言う物だった。
「では、電車で移動できる範囲で適当な場所を巡りましょう」
「お任せします」
再び三角護衛フォーメーションで、駅まで移動する。
「二人はKABOTYAを持ってますか?」
「ありますよ」
「私持ってません」
「ハル君、二人分の切符を買ってきて貰えますか?」
「良いですよ」
磁気カードを持たない奈美とアイシャの切符を買いに、ハルが券売機に向かおうとすると、
『私もご一緒させて下さい』
アイシャが声を発した。
『切符買うだけですよ?』
『私の国には無いシステムです。実際に体験する良い機会ですから』
チラリと視線を千景に向けると、千景は小さく頷いた。
『分かりました。こちらにどうぞ』
ハルはアイシャをエスコートして、自動券売機に向かう。
『これが電車の券売機ですか』
『画面の指示に従って購入出来ます。確か……』
見本を見せるように手早くタッチパネルを操作する。
画面左端にある英語表記切替を押すと、表示が全て英語に変わった。
『こうすると、外国の人も簡単に操作できるんです』
『なるほど。これは良いアイディアですね』
『目的の駅までの運賃は、上の地図に書かれてます』
『このKABOTYAと言うのは何ですか?』
『切符の替わりに使えるカードです。事前にカードにお金を貯めることで、一々切符を購入せずに電車に乗ることが出来ます』
『システムの合理化……やはり公共機関の利便性は大切ですね』
ハルの説明に、アイシャはしきりに感心したような声をあげた。
日本の街を見ることは、アイシャにとって大きな収穫だったようだ。
気になる物を見つけては質問をして、知識を深めていく。
一見すると観光だが、アイシャの目は笑顔とは裏腹に真剣そのもの。
自分に、自国に少しでも利を得るため、どん欲な姿勢を見せていた。
昼食、夕食はリクエスト通り日本食。
そばを啜る事に抵抗があった様だが、概ね好意的に受け入れたようだ。
因みに一番のお気に入りは、
『臭いは強いですが、味は美味しいです。粘着性のある食感も独特で良いですね』
まさかの納豆だった。
そんなこんなで、来日一日目は無事に終えることが出来た。
ハルと奈美は、すっかり護衛ではなく、観光に来た友人を持てなす気持ちで居た。
その夜。
ホテルに戻った一行は、それぞれの部屋で休むことになった。
アイシャは千景と同室。
そしてハルは、奈美と一緒に隣の部屋が割り当てられていた。
「……一緒なの?」
「嫌か?」
「嫌じゃ無いけど……その……」
「悪いが我慢してくれ。正直、俺はお前が一緒に居て欲しい」
「えっ」
思いがけないハルの言葉に、奈美の顔が赤みを増す。
「そ、それって……そう言う意味……?」
「ああ。お前も気づいてたんだな」
「気づいてたと言うか……気づかされたというか……」
「そうか。なら一緒に居た方が良いってのも分かるよな?」
「…………うん」
奈美の顔は、ゆでだこよりも赤くなっていた。
「よし、なら今夜は早く寝て体調を整えておこう」
「……え?」
「多分明日が山場になるだろうからさ」
「えっと……どゆこと?」
「いや、アイシャの護衛だけど……」
目をパチパチしながら、ハルと奈美は互いに顔を見合わせる。
どうも話が噛み合っていない。
「あの、ね。一応聞いておきたいんだけど、どうして私と一緒の方が良いの?」
「そりゃお前、万が一の時俺一人だと戦力にならないからだろ」
「…………」
ここに至って、ようやく奈美は自分の勘違いに気づいた。
「は、ははは、そうよね……私達は護衛役だもんね」
「奈美?…………あ!」
そして、ここに至ってハルは奈美と自分のズレに気づいた。
「ああ、いや、その、何だ……」
「良いの。別に何でも無いから……」
「悪い。俺の言い方が不味かった」
「だから良いのよ。ハルにそんな気が無いのは分かってるから」
「……そんな事無いけどな」
「え!?」
ポツリと呟いたハルに、奈美は目を見開く。
「あ~何でもない! この話は終わりだ!」
今度はハルが顔を赤くして、大きく手を振って話を切ろうとする。
「何でもないって事無いでしょ!」
「今はこんな話をしてる場合じゃ無いだろ!」
「こんな話って……」
「あぁ、だからそう言う意味じゃなくて……っっっっっ!!!」
思うように言葉が綴れず、ハルは頭をかきむしる。
口は達者な方だが、ここぞと言う時に役に立たない。
「とにかく、この話はまた今度な」
「……本当に?」
「……多分」
「…………」
「……絶対に」
「……うん」
どうにかひとまず場を治める事が出来た。
「それで、明日が山場ってどういう事?」
「ああ。これは俺の勝手な想像なんだけどな」
そう前置きをしてから、
「多分明日、アイシャは来日の本当の目的を果たすと思う」
小さな声で告げた。
「本当の目的? 日本の文化を勉強しに来たんでしょ?」
「もしそれなら、非公式にしてお忍びで来日する必要が無い」
「騒がれたく無かったんじゃない?」
「だとしても、アイマン王国の護衛すら無いのはおかしい」
極秘の来日だとしても、普通は自国の護衛を連れてくるだろう。
なのに、アイシャは単身で来日した。
「ひょっとしたら、アイシャは自分の国にも内緒で来日してるのかもしれない」
「何でそんなこと」
「それは分からない。で、もしそうなら、目的が勉強だけとはとても思えないんだ」
「……じゃあ何よ?」
「分からない。ただ一つ言えることは、その目的を果たすのは明日しか無いって事だよ」
明後日には帰国する。
だとすれば、丸一日自由に動ける明日動く筈だ。
「アイシャ……悪い子に見えなかったわよ」
「俺もそう思うよ。ただ、何か隠してるのは確かだと思う」
「…………」
「そんな顔するなよ。別に悪い目的って決まった訳じゃ無いんだからさ」
沈んだ奈美の頭を、ハルは優しく撫でる。
「何にせよ、俺達はアイシャの身を守るだけ、だろ?」
「……そうね」
そして夜が過ぎ、朝がやってくる。
はい、全く護衛しておりません。
タイトルに偽りアリ、にも程がありますね……。
ハルの予感はあたるのか。
全ては翌日に……。
王女護衛編も全く山場が無いまま、遂にクライマックスへ。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。