護衛承ります(2)
王女の護衛を引き受けたハル、奈美、千景、ローズの四人。
彼らは王女を迎えるべく、空港に集まっていた。
王女護衛編の第二話です。
翌日の午前九時。
ハル、奈美、千景の三人は空港のターミナルに来ていた。
「って、あれローズは?」
「居ますよ。剛彦は離れた位置から護衛をして貰ってますので」
「目立ちますものね」
千景が言うには、護衛は対象の近くで守る役と、距離を置いて守る役があるらしい。
危険排除と言う面では、遠距離からの護衛の方が重要との事だ。
「剛彦なら心配無用ですよ」
微笑む千景からは、絶大な信頼が感じられた。
三人は到着ロビーに移動して、王女の到着を待つ。
「えっと、次の飛行機ですかね?」
「そうです。今着陸したようなので、間もなく出てくるでしょう」
「どんな人なのかな~」
ワクワクと王女との対面を待つ奈美。
大女の誤解については、ハルの甚大な努力によって無事解決されている。
もっとも、王女の意味を知っても奈美には全く影響が無いようだが。
「出てきましたね」
ハルの言葉通り、到着口からは続々と乗客が姿を現してきた。
国際色豊かな乗客達の中、
「……あの子です」
千景は視線で一人の少女を示した。
漆黒の長い髪と、褐色の肌。
歳は奈美と同じくらいだろうか。
利発そうな顔立ちの少女は、騒がしいロビーを優雅に歩いていた。
「あの方が……アイシャ王女」
「可愛い子だね」
「今年十四才になった筈ですから、奈美よりも年下ですね」
少女はロビーを見回し、やがて千景の姿を見つけたのか、
『千景』
微笑みを浮かべながらハル達の元へと近づいてきた。
『アイシャ、久しぶりですね』
『本当に。直接会うのは五年ぶりかしら』
『そんなになりますか……』
『貴方は変わらないわね。美人のままだわ』
『そう言う貴方は変わりましたね。すっかり大人っぽくなって』
親しげに会話を交わす千景と少女。
すっかり置いてけぼりのハルと奈美だったが、
『……千景、こちらの方々は貴方の?』
『ええ、私の仲間です。貴方の護衛役ですよ』
不意に視線を向けられ、思わずハルは背筋を伸ばす。
『初めまして。アイマン王国第十二王女の、アイシャ・カラフカーレッドと申します』
薄い緑色のワンピースのスカートを摘み、少女、アイシャは優雅に一礼する。
「……ねえハル、この子なんて言ってるの?」
「自己紹介してくれたんだよ」
「そうなんだ。じゃあ私も……こんにちわ。私は早瀬奈美です、よろしくね」
「えっと……」『初めまして。私は御堂ハルと申します。この子は早瀬奈美。王女にお会いできて光栄です』
『ご丁寧な挨拶ありがとうございます。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします』
『こちらこそ。若輩ではありますが、全力で勤めさせて頂きます』
「……………ねえハル」
「自己紹介しておいたぞ。よろしくってさ」
「む~何か直接話せないともどかしいわね」
「それはお前の問題だろ。大体今喋ってるのは英語だ…………英語?」
ふとハルは気づいた。
ここまでアイシャが使っている言語は英語だ。
おかしい。
「千景さん、確か俺は通訳として居る筈では?」
「…………」『ねえアイシャ、貴方何時英語を覚えたの?』
『ここ二年くらい勉強したのよ。英語が話せないと世界では通用しないからね』
「……と言うことです」
「……帰って良いですか?」
護衛開始一時間も経たずに、ハルは見事に失業してしまった。
「何を言ってるんですか。ここに全く会話できない子が居るでしょ?」
「私ですか?」
それ以外に誰が居ると。
「ハル君は奈美専属の通訳と言うことで。予定に変更はありません」
「はぁ、まあ良いですけどね」
『千景、何かトラブルがあったのかしら?』
『気にしないで。さて、まずはホテルに荷物を置きに行きましょうか』
千景はそう言うと、アイシャを先導して空港の出口に向かう。
左に奈美が、右後方に荷物を持ったハルが周囲を固める。
「……二人とも、アイシャを王女と呼ぶのは今後禁止です。名前で呼んで下さい」
「良いんですか?」
「身分を隠している以上、下手に王女と呼ぶ方が危険ですから」
納得です。
「では出口に向かいましょう。あまり意識せずに、普通に行動して下さいね」
周囲をバリバリに警戒しているハルに、千景は苦笑しながら告げた。
一行は空港からほど近いホテルにやってきた。
「チェックインをしてきますので、二人はアイシャから離れないように」
そう言い残し、千景は一人フロントへと向かう。
残されたハル達は、ひとまずエントランスのソファーに腰掛ける事にした。
(……一国の王女。自然体で居る方が難しいな)
隣に座る少女は、ハルよりも頭一つ小さい華奢な体躯。
だが、何というか……内から溢れ出る存在感というか、オーラの様な物が確かにあった。
それに、
(下手なことを言ったら、不敬罪とかありえるもんな)
最低限のマナーは心得ているが、王族相手に通用するかも分からない。
結果として、ハルは無言のまま千景の戻りを待つことになる。
「……ねえハル」
「なんだよ」
「おう……アイシャとお話しないの?」
「気軽に話せる相手かよ。こう言うときは、黙って時間が過ぎるのを待つのが得策だ」
消極的と言う無かれ。
君子危うきに近寄らずと、偉い人も言ってるのだから。
「私はお話したいんだけど、ハル越しに話しても面白く無いのよね~」
「そりゃ仕方ないだろ」
「…………アイシャは英語が通じるのよね?」
「そうだけど……まさかお前」
嫌な予感しかしない。
今の前ふりから考えると、奈美が取る行動は……。
『こんにちわ♪』
通訳無しの、直接会話だった。
突然話しかけられ、しかも挨拶を満面の笑みで言われ、アイシャは少し驚いたようだが、
『……はい、こんにちわ』
優雅に微笑んで答えた。
『学校は私です。学生は一年。貴方は学んでますか、学校を?』
『……えっと』
『私は食べます。得意に沢山。美味しいご飯は日本なのですか?』
『……その』
『勉強はする、文化の日本で。知るのは大切ですが、何を?』
『……すいません』
一生懸命に片言の英語で話しかける奈美だったが、
「……翻訳ソフトで変換するとこうなりそうだな」
悲しいかな、アイシャにそれが通じることは無かった。
困り顔のアイシャが視線をハルに向ける。
先程の会話から、ハルが通訳であることを察したようだ。
『すみませんが、この方の言葉を伝えて貰えませんか?』
『こちらこそ失礼しました。こいつは、アイシャ様に質問をしております』
ハルは奈美に目配せをすると、奈美の質問を繰り返す。
『まず、私は高校一年生です。貴方は学校に通っていますか? と聞いてます』
『なるほど。私は家庭教師がついているので、学校には通っていないんですよ』
アイシャの言葉を、ハルは奈美に日本語で伝える。
『次は、私は沢山食べるのが好きです。日本は美味しいご飯が多いですが、知ってますか? と』
『ふふ、私も食事は好きです。日本食は詳しくありませんが、是非食べてみたいです』
ハルの通訳を聞いて、奈美はニコニコ笑顔になる。
『最後に、日本の文化を勉強しに来たそうですが、具体的に何を学ぶのですか? と』
『歴史の勉強ではなく、近代日本の経済などを学びに来ました』
アイシャは穏やかに微笑み、質問にちゃんと答えてくれた。
回答を得られ、奈美は満足そうに頷く。
「なるほどなるほど」
「じゃない。いきなり片言の英語で話しかける奴があるか」
「だって~黙ってるのも詰まらないし、ハル越しに話しても面白くないし」
「失礼な事を偶然言っちゃう可能性もあるんだから、今度からは自重してくれ」
言語が異なる場合、意識せずに無礼な発現をしてしまうことが起こりうる。
そして今回はそれが大問題になり得るのだ。
「……あのさ、ハルは気を遣いすぎじゃない?」
「これくらい当然だろ。相手が相手だし」
「だから、身分を隠して来てるんでしょ? だったら、普通の人と同じ様に接さなきゃ」
『そうして頂けると、私も嬉しいです』
ハルと奈美の会話に、アイシャが不意に割り込んだ。
『来日中は、是非普通の女の子として扱って下さい』
『……そう言われるのなら……って、日本語分かるんですか!?』
『飛行機の中で軽く勉強しましたから。リスニングならある程度は』
『……お見それしました』
ハルは感嘆の意を込めて、頭を下げた。
「?? 何言ってたの?」
「普通の女の子として扱ってくれって」
「ほ~ら、私の言ったとおりでしょ♪」
「……認めたくは無いけど、今回はそうみたいだな」
この事が切っ掛けとなり、ハル達とアイシャは少しだけ打ち解ける事が出来た。
「……どうですか?」
『居るわねぇ。確認できただけでも三人」
「読み通り、と言うわけですか。全く末恐ろしいですね」
『私はこのまま遠距離からの護衛を続行するわねぇ』
「頼みます。機を見て独自の判断で排除を行って下さい。私も警戒を続けます」
『了解よぉ。そっちも気を付けてねぇ』
千景は通話を終えると、携帯を懐にしまう。
「ここまではシナリオ通り、ですね。後は私と剛彦次第」
小さく呟くと、エントランスで待つ三人の元へと歩み寄る。
ある種の決意を胸に決めて。
いよいよ王女が登場し、護衛が始まりました。
まあこの小説でそうそうシリアスな展開があるわけもなく……。
某XYZの様な展開は、まず無いかと。
え~今更ですが、小説で出てくる『』は日本語以外の言語で会話していると、思って頂けると助かります。作者は英語もろくに出来ないので。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。