女医さん求めて三千里?(1)
いつものようにハピネス事務所を訪れたハル。
そんな彼にある頼み事が……。
近づいた春が遠ざかり、冬の寒さがぶり返したある日。
ハルはハピネスの事務所にやってきた。
「こんにちわー」
事務員の人と挨拶を交わし、さて依頼を選ぶかと思った時だった。
「あ、ハルさん。ちょっと良いですか?」
「はい、何でしょうか鈴木さん」
声を掛けてきた女性事務員の鈴木に向き直る。
事務所ではそこそこの古株で、ハルも色々と仕事のイロハを教わっていた。
とは言え今回のように向こうから声を掛けられるのは珍しい。
何事かとハルは少し身構える。
「ちょっとお願いしたいことがあるんですけど」
「丁度手が空いてるので構いませんが」
「ハルさんって運転免許持ってますよね?」
「ほとんどペーパーですけど、一応は」
家に車はあるが、冬麻が運転させてくれない。
何でも男なら自分の金で買えとの事らしいが、明らかに嫌がらせだろう。
それから特に必要でもなかったので、実際車に乗ったのは数える程だ。
「実は車で行って欲しいところがあるんです」
「別に良いですけど、俺車持ってないですよ」
「社用車があるのでそれは大丈夫です」
お膳立ては全て整っている。
ノロノロ運転なら、それほど危険もないだろう。
それに折角自分を頼ってきているのだし、断るのもなんだ。
「分かりました、引き受けます。で、何処に行けば良いんですか?」
「ああ助かります。えっとですね……」
鈴木は嬉しそうに言うと、ハルにメモを手渡す。
「……病院?」
「ええ。そこに人を迎えに行って欲しいんです」
「患者さんですか?」
「いえ、うちの職員です。その病院から来た依頼を受けに行ってるんですよ」
「へぇ、どんな依頼なんです?」
「難しいオペの代行です。詳細は言えませんが」
「って事はドクターですか?」
「その通りです。その筋では名の知れた名医なんですよ」
どうしてそんな人がハピネスで仕事をしているのだろうか。
ふと疑問に思ったが、今考えても仕方がない事だ。
「依頼は無事終えたらしいですが、いざ帰ろうとしたら……」
鈴木が窓へと視線を移す。
朝からやけに寒いと思っていたが、どうやら雨が降り出したようだ。
「なるほど。事情は把握しました」
「ご理解頂きありがとうございます。柚子さんには私から連絡しますので」
「柚子さん?」
「あ、ごめんなさい。そのドクターの名前で、和泉柚子さんと言います」
名前から察するにどうやら女性らしい。
ならば尚更雨の中を歩かせるわけにはいかないだろう。
「えっと、俺は病院に行ってどうすれば良いですか?」
「ロビーで待つように伝えますので、そこで合流して下さい」
「相手は俺のこと知りませんよね?」
「ハルさんの特徴を伝えておきます。柚子さんは……多分見れば直ぐ分かると思いますよ」
どこか含みのある鈴木の言葉。
まあ気にしてもしょうがないし、こう言っている以上それを信じるしかない。
「じゃあ待たせるのも悪いですから、行ってきますね」
「よろしくお願いします。車は下のガレージにありますので」
ハルは車の鍵を受け取ると、事務所を足早に後にした。
「ハルさんが丁度来てくれて助かったわ。帰ってきたら良いお茶菓子でもご馳走しなくちゃ」
「あの~鈴木さん」
「何かしら?」
声を掛けてきた事務員の田中に問い返す。
「ハル君に柚子さんの説明しなくて、本当に大丈夫ですか?」
「説明不要でしょう。柚子さんは一目で分かる外見だし」
「いえ、だってハル君は多分普通に女医さんだと思ってますよね」
「……………………あっ」
言われてようやく気づいた。
確かに和泉柚子は特徴的な外見をしている。
百人の女医さんがいても、真っ先に見分けられる程に。
それ故彼女の姿と女医さんを結びつけられるかというと……。
「ま、まあ大丈夫でしょう。柚子さんからハル君に声を掛けて貰えば」
「あの柚子さんですよ。自分から声を掛けれるでしょうか?」
「………………お願いするしかないわね。勇気を振り絞ってと」
気のせいか、雨音がさっきよりも強まった様に感じられた。
と言うわけで新キャラ登場の話です。
前作「悪の組織はじめました」と同姓同名ですが、
全くの別キャラとして書いております。
続けてお読みの方(いますかね?)は違和感を覚えるかもしれませんが、
ご容赦下さい。
ペーパードライバーのマニュアル車……絶対乗りたくないですね。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。