雪合戦をしよう
大雪の影響で、依頼が殺到してんてこ舞いのハピネス。
そんなある日、奈美がある提案を……。
今年はどうも、地球がツンデレ気味らしい。
夏に人間が、
「あ~暑い、地球温暖化が進んでるな。こりゃいずれ雪も降らなくなるな」
何て言ったものだから、
『べ、別にあんたの為に降らせたんじゃ無いんだからね』
滅多に雪の降らない東京ですら雪が積もる異常事態となってしまった。
各地で記録的な降雪を記録し、ハピネス事務所周辺もまれに見る大雪だ。
困ったことを代行するのが便利屋の仕事。
となれば舞い込んでくる依頼は当然、
「三丁目の田中さん、急ぎで家の除雪依頼が来てます」
「二丁目の鈴木さんもです」
「五丁目の山田さんからは、スタッドレスタイヤに履き替えてくれと依頼が」
「芍薬東通りで、車が溝に嵌った吉田さんからSOSです」
雪絡みのものばかりだった。
「はぁ~ただいま~」
ハルはかじかむ手に息を吐きかけながら、事務所へと戻ってきた。
「おかえりなさい。はい、熱いコーヒーです」
「あ、鈴木さん。ありがとうございます。ふぅ、生き返った~」
ハルは差し出されたコーヒーを飲み、寒さで固まった顔を綻ばす。
見れば事務所には、ハルと同じく依頼帰りの面々が暖を取り次の依頼に備えていた。
「今日は大忙しですね」
「ええ、もう依頼が次々舞い込んできて、処理スピードを完全に超えてますよ」
「除雪とかは行政がやるものでは?」
「手が回らない見たいです。北海道と違い、民間の除雪業者も少ないですし」
「JAFも大変みたいよぉ。あちこちでSOSが出てるからぁ」
「ローズはそっちか?」
「ええ。もう今日だけでぇ、十台以上の車を持ち上げたわよぉ」
流石に疲れたと、肩をもむ仕草を見せるローズ。
「まあ奈美ちゃんも一緒だからぁ、大分負担が減ってるけどねぇ」
「……あいつもそっちなのか」
「適材適所って奴よぉ。柚子ちゃんは病院で怪我人の治療だしぃ」
普段雪の降らない地方の人は、降雪に弱い。
歩き方もそうだが、靴などがそれに対応していない性もあってか、転倒事故が後を絶たない。
車も同じで、雪対策をしていないまま走り、スリップ事故を起こすケースも多い。
結果として病院は怪我人の対応に追われていた。
「そうか……蒼井は?」
「除雪機で街中を走り回ってるわぁ。珍しく活躍してるわよぉ」
本当に珍しい事だ。
「後のみんなもぉ、除雪依頼であちこち出向いてるしぃ、本当に総力戦ねぇ」
「泣き言は言ってられないか」
「そうねぇ。それだけ困ってる人が居る訳だしぃ、ここが頑張りどころよぉ」
「……おっし、身体も暖まったし、鈴木さん、次の依頼を」
ハルは気合いを入れ直し、再び除雪の依頼へと出向くのだった。
そんな嵐のような忙しさも、ようやく一段落ついたある日。
「ねえねえハル、雪合戦やらない?」
「雪合戦?」
事務所で奈美が突然切り出した。
「私今まで雪合戦やったことないのよ。こんな雪が積もる事なんて無かったし」
「確かに……俺も小学生の時に一度やった位だな」
「折角だしさ、やってみようよ」
「ん~」
本音を言えば少しやってみたい。
だが、流石に連日のハードワークで身体がきついのも事実。
どうするかと考えていると、
「ほう、雪合戦か」
興味津々と紫音が会話に加わってきた。
「あ、紫音。ねえ雪合戦やらない?」
「良いな。私も経験したことが無いし、こればかりは天が味方せねば実現困難だ」
「よね。ほらハル、紫音もやるって言ってるわよ?」
「分かったよ。でも場所はあるのか?」
「芍薬公園が良いと思うの」
ある程度の広さと、雪合戦をやるに充分な雪。
そして除雪のために詰まれた雪の山が、まだ公園内に点在している。
確かに雪合戦には良好な条件だ。
「OK。んじゃ後他に参加者を募って、行くとするか」
この時はまだ、ハルはさほど深刻に物事を考えては居なかった。
軽い遊びのつもり。
そう、遊びのつもりだったのだ……。
芍薬公園には、十人を超える面々が集結した。
「結構集まったわね」
「まあ、みんな雪合戦なんて子供の時以来だろうし」
「それで、ルールはどうするのだ?」
「ん~適当で良いだろ。目的無しで、取り敢えずぶつけ合う感じに」
雪合戦には様々なルールがある。
チームに別れ、それぞれ本拠地にある旗を取るルールや、当たったら脱落扱いになり、最後まで残った人が勝者というルールも存在する。
今回ハルが選んだのは、競技ではなく遊びとしての雪合戦。
時間を決めて、とにかく適当に雪玉をぶつけ合うシンプルな物だ。
「鈴木さん、休憩時間はどれくらいです?」
「事務所に戻る時間を入れると、後四十分位です」
「んじゃ、三十分の制限時間で、とにかく雪玉をぶつけ合うって感じに」
ハルの言葉に反対する者は居なかった。
「それじゃあ始めましょうか」
みんなが公園内にばらけ、雪合戦は始まった。
「よ~し、じゃあハル、いっくよ~♪」
「受けて立つぜ」
「てりゃ♪」
シュゴゴゴゴゴゴゴゴ、ボスン
奈美が放った雪玉は、ハルの頬を掠めて通り過ぎ、公園の樹木にめり込んだ。
恐る恐る頬を撫でると、僅かに血が付着していた。
「お、お前……雪玉に詰め物は反則だろ……」
「え、何も詰めてないよ」
「嘘言うな! ただの雪玉が、こんな硬くて早い訳無いだろ!」
「本当だって。ほら、こうやって雪を掴んで」
奈美は手に雪を取ると、それを思い切り両手で圧縮する。
雪玉はキュリキュリと悲鳴を上げながら、やがて凶器へと姿を変えていった。
「ね♪」
「ね♪、じゃねえ!! 良いか奈美。それは立派な凶器で……」
「今度は外さないわよ~」
投擲体勢に入った奈美から何とか逃れようと、ハルは足を踏み出し、
「うわぁ」
雪に足を取られて仰向けに倒れた。
その鼻先僅か数ミリ上を、奈美の放った雪玉……氷玉が通過。
シュゴゴゴゴゴゴゴゴ、ドスン、メリメリ、ドシィィィン
不幸にも再び的となった樹木は、あまりにも理不尽に身体の半分を失った。
「ハルったら運がいいわね。良いわ、今度こそ……」
「……た、退避! 総員退避だぁぁぁ!!」
「「うわぁぁぁぁぁ!!!」」
目の前で行われた惨劇に、参加者達は一斉にその場から離れる。
ハルも身体を起こすと、必死に遮蔽物の影へと身を隠す。
「お、みんなやる気だね。私も負けないぞ~」
だが、この行為が寧ろ奈美をやる気にさせてしまった。
こうして、制限時間三十分のサバイバルが幕を開けた。
「こ、ここなら。雪山を盾にすれば……」
「大リーグボール二十三号。てりゃぁぁ!」
「ぬわぁぁぁぁぁ!!」
奈美の放った氷玉は、容赦なく雪山を貫通して佐伯の身体を直撃した。
「みんな、雪は駄目だ。木や石を盾にしろ!」
「木なら……折れても貫通は……」
「ドリームボール!!」
「うげぇぇぇぇぇ!!」
奈美の放った氷玉は、遂に樹木を貫通させる威力を持ち得た。
腹部に直撃を受け、加藤が倒れる。
「い、石だ。公園の壁を盾にするんだ!!」
「石なら……石ならきっと何とかしてくれる……」
「消える魔球!」
ピシ、ピシ、ピシ、ビシ、ビシ、ビシ、ピキピキ
「そして針の穴を通すコントロール!」
「がぁぁぁぁぁぁ!!」
苔の一念岩をも通す、と言う格言がある。
奈美の氷玉は、石壁の同じ場所を何度も削り、やがて小さな穴を開けた。
そして、宣言通りのコントロールで見事壁の向こうにいた吉田を仕留めたのだ。
「…………し、紫音だ。紫音の防壁に隠れろ!!」
「我が友たる精霊達よ。我らを守護する壁を築け」
紫音の呟きと共に、淡い光の壁が出現した。
生き残った所員達は、その後ろに身を隠す。
「これなら……行けるか」
「秘技乱れ打ち~」
ドス、ドス、ドス、ドス、ドス、ドス、ドス…………ピシィ
絶え間なく放たれる奈美の攻撃に、光の壁に僅かな亀裂が入った。
「……む」
「や、やばいのか?」
「持って後数分だな。まさかこれほどの破壊力があるとは……」
冷や汗を掻く紫音。
「焼き芋の時の、火の術は使えませんか?」
「この空間では厳しいな。ここは陰の場だから、陽の火は弱いのだ」
そうこうしている間にも、亀裂は徐々に大きくなっていく。
「なら、氷の術とかであいつを止められないか?」
「可能だが……時間が足りない。防壁が無くなれば、術を使う間もないだろう」
「……時間があれば、出来るんだな」
「ハルさん、まさか?」
柚子の問いに、ハルは小さく頷く。
「俺が囮になる。その隙に、術であいつを止めてくれ」
「危険すぎます」
「他に方法が無いですから。頼めるか、紫音?」
「……最低二十秒は欲しい。ハル一人では厳しいだろう」
奈美の氷玉を受ければ、間違いなく一発KOだ。
ハルが囮になったところで、恐らく数秒の時間しか稼げない。
「……鈴木さん」
「考えてることは一緒ですね、柚子さん」
「二人とも……まさか」
「三人がバラバラに散れば、二十秒稼ぐことも可能でしょう」
決意を込めた瞳で鈴木は言い切った。
「なら、四人ならより確実ですね」
「それなら五人だろ」
男性アルバイトの伊藤と田中がニヤリと笑う。
「お前達まで……」
「佐伯に吉田、それに加藤がやられて……黙ってたんじゃ男が廃りますから」
「せめて最後くらい、良いとこ見せないと」
もはや言葉は不要だ。
今この時、ハル達の連帯感はマックスレベルまで達しているのだから。
「じゃあみんな、せーのでバラバラに飛び出すぞ」
「「はいっ!!」」
「武運を……せーのっ!!」
防壁が破られる直前に、ハル達は飛び出す。
当然それを奈美は逃さない。
無防備の獲物達を容赦ない氷玉が襲う。
「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
「伊藤ぉぉぉぉ」
「止まらないでハル君。動き続けて、少しでも時間を稼ぐんです」
「ちくしょぉぉぉぉ」
「きゃぁぁぁぁぁ」
「柚子っ!!」
「ごぶぅぅぅぅぅ」
「田中!!」
「かはぁ……ここまで……ですね」
「鈴木さん!! ……奈美ぃぃぃぃぃぃ!!!」
最後の一人となったハルは、激情をぶつけるように奈美へ突進。
その額に無情にも氷玉が直撃し、数メートル吹き飛ばされる。
(だ、駄目か……)
薄れゆく意識の中、
「な、何よこれぇ!?」
「終わりだな、奈美」
もっとも待ち望んでいた声を聞いた。
自分が仕事をやり遂げたことを確信し、ハルは笑みを浮かべながら意識を失うのだった。
壮絶な雪合戦は、今ここに幕を閉じたのだった。
そして……。
「……顛末は分かりました。それで、何か言い訳はありますか?」
「「……反省してます」」
ハル達雪合戦参加者達は、事務所で正座をさせられていた。
「負傷者八名、公園の器物損壊、どうしたら雪合戦でこんな事になるんですか?」
「「だって奈美(早瀬さん)が……」」
「だってじゃありません! 参加した全員の連帯責任です!!」
「「そんな~」」
「公園の修繕費は皆の給料から引いておきますからね。反省しなさい!」
「「うわぁぁん」」
千景の雷が落ち、ハピネスの雪合戦は本当に幕を閉じたのだった。
本当はもっと短く軽い話の筈でしたが、何故かこんなに長く……。
奈美が絡むとろくな事になりませんね。
それにしても、最近は本当に異常気象ですね。
作者は元々雪の多い地方なので、それほど気になりませんが、都心などは大変だとニュースで見ています。
皆様もどうかお気を付けて下さい。
投稿ペースが安定せず申し訳ありません。
一応最低五日に一度、と自分ルールで決めておりますので、お暇が出来たときにでも覗いて頂ければ有り難いです。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。