小話《麻雀に脱衣は必要ですか?》
事務所に訪れた加藤。
憔悴しきった彼に一体何があったのか……。
それは、寒さが厳しいある日の事だった。
「……こんにちわ」
人生に絶望した様な挨拶と共に、加藤が事務所に現れた。
明らかに覇気のない様子に、事務所に居た面々は心配そうな視線を向ける。
「加藤君、何かあったのですか?」
「鈴木さん……すいませんけど、急ぎの仕事ありませんか?」
「え、そうですね、仕事を選ばなければありますけど」
「何でもやりますんで、回して下さい。急ぎで金が必要なんです」
やつれた様子で話す加藤。
普段明るい彼が、ここまで元気がない。
これはただ事ではないと、談笑スペースに居たハルとローズが近づく。
「なあ加藤、一体何があったんだ?」
「急にお金が必要ってぇ、事故とか病気? ならぁ、貸付金も使えるけどぉ」
ハピネスは福利厚生が充実している。
アルバイトでも、ほぼ金利ゼロでお金を借りることが出来るのだ。
勿論それなりの理由は必要だが。
「いえ……ちょっと……有り金全部奪われただけで……」
「奪われたって……カツアゲか!?」
「聞き捨てならないわねぇ。うちの子に手を出すなんてぇ、良い度胸じゃない」
ポキポキと指を鳴らすローズ。
実に頼もしいものだ。
だが、
「違うんです……。その……実は麻雀で……」
加藤は申し訳なさそうに告げる。
「麻雀? お前賭け麻雀やったのか」
「若いわねぇ。やるなとは言わないけどぉ、引き際が大事よぉ」
麻雀は点棒をやり取りするゲーム。
その性質故、現金を賭ける勝負も存在する。
違法なのだが、個人的に行われるそれを取り締まるのが難しい為か、検挙される事は少ない。
大学生でも、安いレートで賭け麻雀を行う者も居る。
「まあこれに懲りたら、あんまり無茶な賭はしないことだよ」
「その……賭け麻雀じゃ無いんです……ゲームなんです」
「麻雀はゲームだろ?」
「だから……コンピューターゲームの麻雀で、有り金全部使っちゃったんです!!」
加藤は半ばやけになって叫んだ。
「つまり、何だ。ゲームセンターの麻雀ゲームで有り金全部使ったと?」
「はい……」
「でもぉ、ゲームって一回百円よねぇ。そんなに注ぎ込んだのぉ?」
「恥ずかしながら…………五万円ほど」
「ご、五万!?」
思わずハルは目を見開く。
ゲームセンターで熱くなり、予想外の浪費をした経験はハルにもある。
だが、流石に五万円も注ぎ込むのは異常としか言いようがない。
「一体どうしてそこまで……」
「……ハルさん達は、芍薬駅前のゲームセンターに行ったことありますか?」
「何回かあるけど」
「私もよぉ」
「そのゲームセンターに、とある麻雀ゲームがあるんです」
「ああ」
「今日、吉田と一緒にゲームセンターを冷やかしてて、その麻雀ゲームを見つけまして」
「うんうん、それでぇ」
「始めは軽い気持ちだったんです。けど…………」
握りしめた拳を震わせ、加藤は言葉を詰まらせる。
これは余程の事だと、ハルとローズは真剣な面もちで言葉を待つ。
「男として……絶対に引けない場面だったんです。でも、俺も吉田も勝てなくて……」
「どんな、状況だったんだ?」
「後三枚……だったんです」
「「……はぁ?」」
突然意味不明の事を言いだした加藤に、ハルとローズの声がハモる。
「後三枚、つまり後三勝すれば……マミちゃんの裸が拝めたのに……」
「…………」
「…………」
「え~何だ、つまり」
「二人が遊んでた麻雀ゲームはぁ」
「脱衣麻雀です」
ハルとローズは互いに頷きあい、
「「アホかぁぁぁぁぁぁ!!!」」
加藤の頭に思い切り突っ込みを入れるのだった。
二時間後。
ハル、ローズ、吉田、そして柚子の四人は、駅前のゲームセンターに来ていた。
「先に言っておく。お前は馬鹿だ」
「分かってます。でも、これを乗り越えなくちゃ、俺は駄目人間になっちまいます」
「……もうなってますよ」
「柚子ちゃんは厳しいわねぇ」
「有り金全部すって、しかもゲームクリアを依頼するなんて……」
もう何も言う気になれなかった。
依頼であるなら、それを達成するしかない。
それがどれだけアホな仕事でも、だ。
「んで、そのゲームはどこだ?」
「あそこです。ほら、店の奥にある」
加藤の案内で、ハル達はゲームセンターの中を進む。
格闘ゲームやシューティングゲームが並ぶ一角。
その一番奥に、
「あれぇ、吉田ちゃんよねぇ」
「多分……凄いやつれて、原型を留めてないけど」
「精神的な苦痛、及び疲労が極限に達していると所見で診断出来ます」
虚ろな瞳でゲームに打ち込む吉田の姿があった。
まるで取り憑かれているかの様子に、ハル達も思わず引く。
「吉田! 助っ人を呼んできたぞ!」
「……加藤……駄目だ……ま、マミちゃんは……強すぎ……る」
糸の切れた人形の如く、椅子から崩れ落ちる吉田。
「吉田ぁぁぁ」
倒れた彼に駆け寄り、必死に呼びかける加藤。
ちっとも感動的では無いのは、シチュエーションのせいだろう。
「……さて、依頼を果たすとしようか」
「そうねぇ」
「早く終わらせましょう」
ハル達は二人を無視すると、依頼を果たすべくゲームへと向き合った。
脱衣麻雀というのは、敗者が服を一枚ずつ脱いでいくルール。
現実では殆ど用いられないが、テレビゲームでは一般的らしい。
今回のゲームは、相手の女の子と一対一の変則麻雀。
相手の点数をゼロにすれば、服を一枚ずつ脱いでいく。
逆にプレイヤーの点数がゼロになれば、その時点でゲームオーバーだ。
「二人はテレビゲームでの麻雀をやったことは?」
「無いわぁ」
「インターネットで遊んだ事はありますけど、コンピューターと戦った事はありません」
「……じゃあ、まず俺がやってみる」
ハルは財布から百円を(因みに今回の経費は全部自腹)取りだし、投入口に入れる。
賑やかな音楽が鳴り、ゲームが始まった。
まずは対戦相手の選択。
依頼人のリクエスト通り、マミと言う女の子を選んだ。
軽いやり取りの後、直ぐさま麻雀の画面に変わったのだが、
「…………をい」
画面に映し出された相手の格好を見て、ハルは突っ込まずには居られない。
「加藤、吉田、これは……アリなのか?」
「ふ、普通は無しです。無しですが、彼女は人気NO1故に、この暴挙が許されているのです」
「何だよこれ、十二単って……」
相手の女の子が着ている服は十二単。
色彩豊かな着物の重ね着、とでも思って頂ければ良いだろう。
まあ何が言いたいのかと言うと、
「何回勝てって言うんだよ!!」
そう言うことだ。
ルールでは、相手の点棒をゼロにして、ようやく一枚服を脱がせられる。
単純に考えても、こちらが負ける前に十二回は勝たなくてはならない。
明らかに無理ゲーだ。
「でもハルさん。そこの説明書きに、コンテニュー出来るって書いてありますよ」
「そ、それもそうか。悪い、つい取り乱した」
ハルは気を取り直し、ゲームに挑む。
ツモ、ツモ、ロン、ロン、ロン
順調だった。
決して麻雀が強い訳では無いが、思ったよりも相手が弱い。
ノーコンテニューで、五連勝出来た。
「思ってたよりも相手が弱いな。この調子なら……」
「駄目だハルさん……この子は、この子の本気はこれから」
加藤の呟きは正しかった。
まるで別人かと言うほど、相手のレベルが急に上がった。
決してハルの当たり稗を打たず、こちらの迂闊な行動には即座に反応を示す。
一進一退の攻防。
結果は、
「……負けたか」
僅かに及ばず、ハルは初めての敗北を喫した。
画面にはゲームオーバーの文字が示され、コンテニューするかと問いかけてくる。
ハルは再び百円を投入し、コンテニューする。
だが、
「何だよこれ……」
画面に現れた相手の衣服が、数枚元に戻っていた。
「これがこのゲームの恐ろしい所なんです」
「コンテニューのペナルティーとして、三枚衣服が戻るんですよ」
「詐欺だ……それ」
三歩進んで二歩下がる、ではない。
何歩進もうが、必ず三歩下がってしまう。
これはプレイヤーに想像以上の精神的重圧を与えるものだった。
善戦していたハルだが、徐々に負けが込んでいく。
都合千円を投資した結果、相手の女の子の衣服はすっかり元通りだった。
「すまない、俺じゃこれが限界みたいだ」
テレビゲームとは言え、麻雀は運のやり取りが大きく作用する。
今現在、ハルの運は下降線を辿っていた。
「良いわぁ、後は私に任せてぇ」
「行けそうか?」
「ハルちゃんのお陰でぇ、相手の打ち筋は見えてきたからぁ、多分行けるわよぉ」
ローズはウインクをすると、ハルと入れ替わって席に着く。
威風堂々とした座り姿に期待も高まる。
「因みにローズさん、麻雀は強いんですか?」
「それなりねぇ。でも場数は踏んでるわよぉ」
「賭け麻雀とかやってたりしたのか?」
「……ええ。ただ賭けたのはお金じゃなくてぇ、命だったけどねぇ」
ギラリ、とローズの眼光が鋭く輝く。
そこに居たのはただのおかまではなく、一人の玄人だった。
「さぁ、お嬢ちゃん。始めましょうかぁ」
ローズは強かった。
堅実な打ち筋ながらも、好機と見れば大きな役も狙う。
決して放銃せず、無理と思えばベタオリするしたたかさも見せた。
時間こそ掛かったが、確実に勝ち進んで行く。
そして、
「ふふぅ、これでラストみたいねぇ」
ハル達が届かなかった領域まで足を踏み入れたのだった。
気がつけば、背後にはハル達以外にも大勢のギャラリーが出来ている。
「この人凄いぞ」
「まさかこのゲームで、ここまで来れる人居たなんて……」
「俺、何だか感動しちゃったよ」
ハルがふと見れば、何故か店員も一緒になってゲームを見守っていた。
「このゲームが入ってから数年、よもやここまで到達する人が現れるとは」
「あの~そんなにこのゲーム、難しいんですか?」
「ええ。何せあまりの難易度に、メーカーから回収依頼が出てる位ですから」
「……何故回収しない?」
「夢を……見たかったんです。このゲームをクリアする強者が現れると言う……夢を」
ハンカチで涙を拭う店員。
夢見るのは勝手だが、お客からすれば良い迷惑だろうに。
「……ローズさん、どうですか?」
「かなり強いわよぉ。正直、プロと戦った時以上に疲れるものぉ」
ローズは笑ってみせるが、その頬に伝う汗が戦いの過酷さを物語っている。
一瞬の油断も許されない、まさに死闘なのだろう。
「さてぇ、最後の勝負と行こうかしらぁ」
ギャラリーが見守る中、ローズとマミの最後の勝負が始まった。
(悪くない配稗ねぇ。対々和、状況によっては三暗刻まで狙えるかしらぁ)
ローズは手稗をチェックしながら、親である相手が稗を捨てるのを待つ。
が、その時は訪れなかった。
『天和 役満』
無慈悲な文字が、画面に現れる。
ローズは何も出来ず、何一つ操作する前に敗北したのだった。
「「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」
あまりに酷い決着に、ギャラリーからは悲鳴混じりの絶叫があがる。
コンピューターゲームである以上、有り得てはならない即死。
それが今、目の前で行われてしまったのだ。
「こんな……こんな事って」
「酷すぎるぜ」
「バグだろこれ。絶対そうだ」
「てかこの女の子、結局全く肌の露出が無いぞ」
「責任者出てこい!」
ギャラリーが騒ぐ中、ローズは落ち着いた様子でコインを投入しコンテニューをする。
心は未だ、折れていなかった。
「大丈夫かローズ?」
「勿論よぉ。ゲームである以上、これは最悪の可能性として考慮してたからぁ」
「でも、それじゃあ勝ち目なんか無いんじゃ」
「普通ならねぇ。だけどぉ、私達にも普通じゃない子がいるでしょ?」
ローズは視線を柚子に向ける。
「まさか……最初からこの事態を予測して?」
「実力で勝てない壁ならぁ、それは運で乗り越えるしか無いものぉ」
「あの~私がやるんですか?」
「最後の勝負まではぁ、私が進めるわぁ。柚子ちゃんはぁ、最後の勝負だけお願い」
その言葉通り、ローズは敗北など無かったかのように勝利を重ねる。
ペナルティー分を消化し、再び最後の勝負がやってきた。
「それじゃあ、頼むわね柚子ちゃん」
「やれるか分かりませんけど、頑張ってみます」
ローズと入れ替わり席に着く柚子に、ギャラリー達がざわつく。
「おい、プレイヤーが変わったぞ」
「あんな子供に任せて平気なのか?」
「強そうには見えないけど」
「勝負を捨てたのかよ」
「……分かってないわねぇ」
「柚子の豪運、てか天運を知らなきゃ俺も同じ反応してたと思うよ」
「ハルさん、ローズさん。柚子さんは、勝てますか?」
「少なくともぉ、このゲームに勝てる人類が居るならぁ、それは柚子ちゃんよ」
「そ、そこまで!」
「プログラムが勝つか、柚子の運が勝つか。機械と人間の真剣勝負だな」
もはや言葉は不要だ。
ハル達に出来る事は、この世紀の名勝負を見守る事だけなのだから。
今度の親は柚子。
この時点で天和の悪夢は突破した。
(行けるか……)
(まだよぉ。地和の可能性だって残ってるんだからぁ)
ゲームセンターに似つかわしく無い静寂の中、両者に稗が配られる。
一萬、九萬、一筒、九筒、一索、九索
(配稗はかなり悪そうだな)
(……いえ、これはぁ)
東、南、西、北
画面に現れてくる手稗に、ギャラリー達が再び騒がしくなる。
みんな、ある予感が脳裏をよぎっていた。
((これは、もしかして……))
白、発、中
ここまで来ると、もう全員が驚きと興奮を隠しきれなかった。
柚子に配られた稗は、この時点で聴牌。
しかも、国士無双と言う約満だったからだ。
(柚子の運が……プログラムすら上回るのか……)
(最後の一つ、それを逃せばぁ……恐らく敵が勝つ……)
チャンスの後にピンチ有り。
絶好の機会を逃してしまえば、間違いなく運は相手に流れる。
柚子が勝つには、最初に配られた稗で和がる、つまりは天和しかあり得ないのだ。
ゴクリ、と息を飲む音が聞こえる。
配稗が終わり、並んだ稗の横へ柚子のツモ稗が表示される。
それは…………白。
この瞬間、柚子の天和と国士無双のダブル役満が完成した。
『ツモ、天和、国士無双、ダブル約満』
遂に、遂に柚子は機械の壁をぶち破り、人間の可能性を示して見せたのだった。
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」
地鳴りのような雄叫びが、ゲームセンターを震わせる。
泣き出し、抱き合い、笑い合い、全員が喜びを爆発させた。
「柚子さん、貴方は最高だ」
「はぁ……私は何もしてませんけど」
柚子がしたことは、ただ椅子に座ってボタンを一つ押しただけ。
だが、そんなことは関係ない。
この場にいる全員にとって、柚子は英雄なのだから。
「みんな、この英雄を胴上げだ!」
「「おぉぉぉ!!!」」
男達が雄叫びと共に、柚子を取り囲みその身体を軽々と胴上げする。
「「わっしょい、わっしょい、わっしょい」」
「え、え、え、えええええ」
テンションについていけない柚子は、宙を舞いながら戸惑いの声をあげる。
「う、ううう、俺、生きてて良かったっす」
「俺もだよ、吉田。今この場に居られたことを幸運に思う」
「……二人とも、女の子脱いでるけど、見なくて良いのか?」
画面では、十二単を全て脱いだ女の子が裸体を露わにしている。
だが、誰もそれを見ては居なかった。
「良いんです! そんなことより、今はこの喜びを分かち合うのが大切です!」
「そうです、その通りです!」
一体、何のための依頼だったのだろうか……。
「目的が、完全にすり替わってるな」
脱がす為に勝つ筈が、勝つことが目的と化していた。
「良いんじゃない? 依頼人が満足してるならそれでぇ」
「まあそりゃそうだけど……てか、俺は今回役立たずだったな」
「私もそうよぉ。依頼料は、柚子ちゃん八のぉ、私とハルちゃんは一ずつねぇ」
「全面的に賛成だ」
「ハルさ~ん、ローズさ~ん、助けて下さ~い」
歓喜の波は、当分の間治まりそうに無かった。
これより後、このゲームセンターに柚子の写真が飾られる事になる。
額縁の紹介文にはただ一行、
『全てのゲーマーに希望と勇気を与えた、幸運の女神』
とだけ書かれていたのだった。
必要なかったです(タイトルへの答えとして)。
久しぶりの登場となった加藤と吉田ですが、酷い扱いでした。
まあ最後は満足そうでしたが……。
因みに、温泉旅館に設置してある脱衣麻雀は、難易度最高に設定してあるらしいですよ。天和も(プレイヤーが一切操作することなく強制敗北)結構な確率で喰らうらしいので、青少年の方はご注意下さい。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。