小話《恋文貰いました》
学校から戻った紫音。
彼女は何やら、ハピネスの面々に相談があるらしく……。
それは、冬休みが終わったある日の事だった。
珍しく全員揃ったハル達が、事務所で談話していると、
「只今戻った」
学校を終えた紫音が事務所へと帰ってきた。
「お、紫音。お帰り」
「ただいま。む、丁度全員揃っているな。これは都合が良い」
「何かご用があったのかしらぁ?」
ローズの問いに、紫音は頷く。
「うむ、皆の知恵を借りたい事態が起きてな、相談したいと思っていた所なのだ」
「へ~紫音が相談したいなんて、珍しいわね」
「ですよね。大抵自分で解決してしまうのに」
奈美と柚子の言葉にハルも同意する。
紫音というのは年の割に、しっかりとしている。
なので相談する、と言う行為自体がほとんど無かった。
「学校で何かあったのか?」
「無関係では無いが、どちらかと言うと対人関係についてだ」
紫音の言葉にハル達の表情が曇る。
対人関係での相談、と言われれば思い浮かぶものは少ない。
「紫音、まさか貴方……虐めに」
「ん、ああ、そうではない。友人達とは仲良くやっているよ」
即座に否定した紫音にホッと胸をなで下ろす。
「そうよね。蒼井じゃあるまいし、紫音がイジメに遭う何て無いわよね」
「「あはははは」」
「…………ぐすん」
事務所の隅で体育座りをして拗ねる蒼井。
まさに今この場で行われようとは……。
「ん~それじゃあ相談したいってのは何なんだ?」
逸れ掛けた話題をハルが戻す。
「その前に、皆に一つ尋ねたい」
「な~に?」
「今までに、恋文を貰ったことがあるか?」
ピシィィィ
瞬間、ハル達の空気が凍り付いた。
「人生経験豊富な皆には愚問だとは思うが……」
「「………………」」
無言だ。
全員が口を一文字にして、それぞれの顔を伺うように視線を巡らせる。
それが何よりの答えだった。
「……無いのか?」
「そ、そんなことぉ……千景ちゃんはぁ?」
「わ、私は少々特殊な環境でしたから。柚子はあるのでは?」
「小中高大、ずっとこの姿だったし……奈美ちゃんは?」
「え、私? 私はほら、男の人が苦手だったし、高校は女子高ですから。ハルはあるでしょ?」
「…………異性からは無い」
「「え゛!?」」
思わず事務所全員がハルを見つめてしまう。
「からは」と言うことは……。
「その考えであってる。あってるから、俺の口から言わせないでくれ。もう忘れたいんだ……」
「苦労してたんですね」
「その内良いことあるわよぉ」
「お気を落とさずに」
「子供の頃の話でしょ。気にすること無いわよ」
「最後に貰ったのは…………高校三年の時だ」
ズーンと負のオーラを漂わせて俯くハル。
もう誰も慰めの言葉すら掛けられなかった。
「どうやら、軽率な質問だったようだ。すまない」
「良いよ別に。まあそんな事聞くって事は、紫音の相談は……」
「うむ、実は今日学校の靴箱に、恋文が入っていてな」
言いながら紫音は鞄から、封筒を取り出す。
それを何とも言えない、複雑な感情が込められた目で見つめる一同。
「こういった物を貰うのは初めてで、どう対応したら良いのか助言を貰おうと思ったのだが」
「「うわぁぁぁぁぁぁん」」
事務所から逃げ出した彼らを、誰が責められると言うのか。
いや、誰にも責められはしない。
人間には防衛本能と言うものがある。
彼らの行動は、自分の精神を守るために必要なものだったのだから。
結局、紫音はラブレターの差出人に、キチンと返事をした。
交際を断りながらも、友人になって欲しいと願い出る。
相手を傷つけずに後を引かないよう、適切に言葉を選んだ結果、
「お陰で無事に事が済んだ」
断った相手とも友人として付き合いが出来ていた。
「お役に立てたのなら何より」
「感謝しているぞ。本来ならこんな話、お主にする様な事では無いのだが……」
「気にしないで。友達なら、恋愛の相談くらいするものだし」
「そう言ってくれると助かる」
相談相手、秋乃に対して紫音は笑いかけた。
二人が今居るのは喫茶店。
そこで秋乃は、紫音から今回の件についての報告を受けていた。
「でも、あれだけ大人が居て、ラブレターを貰った経験が無いなんて」
「本人達曰く、特殊な環境で育ったせいらしい」
「なるほど。確かにそれなら仕方ないかも」
詳しく聞いたことはないが、一目で普通の人でない事は分かる。
どちらかと言えば、自分の両親に近い世界に居たのだろう。
ならば、そう言った恋話とは無縁だったのかもしれない。
「だが、ハルが女性からラブレターを貰ったことが無いのは驚いたぞ」
「そう?」
「うむ。女顔とは言うが、顔立ちは整っているし性格も悪くないからな」
紫音の言葉に、秋乃は自分が褒められたかのように微笑む。
「ふふ、そうね。お兄ちゃんは確かに女の子にも人気があったらしいわ」
「ならどうしてラブレターを貰わなかったのだ?」
「人気の種類が違うの。どちらかと言うと、マスコット的な人気だったらしいわよ」
「と言うと?」
「お兄ちゃんは成長が遅くてね、どの年代でも同級生より小柄だったの。だから異性としてじゃなくて、こう……愛でる対象だったみたい」
言われて紫音は納得する。
確かにそれなら、人気があっても恋文を貰わない理由になるだろう。
「……それにしても、秋乃は随分詳しいのだな?」
「だって、妹だもん♪」
ウインク一つ、キッパリと言い切る秋乃。
明らかに妹で片づく話ではないが、強引に押し切った。
「秋乃は今まで、男性と付き合おうと思ったことは無いのか?」
「無いわね」
即答だった。
「あ、誤解しないでね。男性に興味がない訳じゃ無いわ。ただ……」
「ただ?」
「今はそれ以上に、お兄ちゃんと奈美に興味があるだけの話よ」
秋乃は小さく笑いながら、コーヒーを啜る。
「妹として、親友として、二人を見守りたいと思ってるわ。自分のことはそれからね」
「そうか……」
紫音はそれ以上尋ねる事無く、オレンジジュースに口を付ける。
「そう言う紫音はどうなの? 男の子に興味はない?」
「分からない」
「え?」
「正直、友人が出来たことも最近の事だから、色恋についてはまるで理解出来ないのだ」
「…………紫音は今の生活が楽しい?」
「ああ。毎日がとても楽しいよ」
「なら、何も言うことは無いわ」
秋乃はそっと微笑んだ。
かくして、ハピネスに大打撃を与えた恋文騒動は、全く関係ない所で幕を閉じるのだった。
この連中に恋の相談をすること自体が、間違いと言いますか……。
ある意味、ハピネス最大の弱点かもしれません。
ネタはあるのに、執筆時間が取れないジレンマに悩まされています。
風邪で滞った仕事は、治った後に押し寄せる。
身をもって知りました。
更新ペースは、なるべく今の状態を維持していこうと思います。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。