お正月は出鱈目に
初詣を終えたハル達三人。
家に戻りご飯を食べていた彼らに、一本の電話が……。
賑やかな初詣を終えて、ハル達はアパートへと戻ってきた。
「ハル~お腹空いたよ~」
「分かってるから、手を洗ってテレビでも見て少し待ってろ」
「お兄ちゃん、完全にお母さんね……」
呆れたように呟く秋乃と共に、ハルは台所に。
と言っても事前に準備をしてあるので、後は運ぶだけなのだが。
「このおせち、お兄ちゃんが作ったの?」
「殆どが出来合いだよ。全部はとてもじゃないけど無理だ」
「ふ~ん。こっちのお餅は?」
「昨日奈美が依頼で餅つきやってな。そのお裾分けを貰ったんだ」
市販のお餅も悪くないが、やはり手作りには及ばない。
ハルと秋乃は、おせちとお餅、そしてトースターを持って居間へと移動する。
机に料理を並べ、それぞれのグラスに飲み物を注ぐ。
「それじゃあ、今年も一年よろしくの意味も込めて」
「「かんぱ~い♪」」
三人のグラスが綺麗な音を立てて重なり、食事が始まった。
大量に用意していた筈のおせちは、奈美によって次々に攻略されていく。
同時進行で焼いているお餅も、既に二桁を数える。
それでも尚、旺盛な食欲を見せる奈美に、ハルと秋乃は苦笑を浮かべた。
「相変わらずよく食べるな」
「見た目は細いのにね。燃費が悪いのかしら」
「もぐもぐばくばくむしゃむしゃ」
「身体の強度を保つのに必要とか?」
「その内何パーセントかでも、勉強にエネルギーを回せればね」
「ぱくぱくごくごく」
「でも、何だ。美味しそうに食べる姿を見ると、こっちも楽しくなるな」
「……恋は盲目ね」
ぼそりと呟いた秋乃の言葉が、ハルの耳に届くことは無かった。
そんな食事の途中で、不意にハルの携帯が着信を告げる。
「お、母さんからだ」
「お母さん?」
「菜月さん?」
ハルは頷くと電話を耳に当て、着信ボタンを押す。
「はいもしもし」
『あ~ハルちゃん。あけおめ~♪』
「あけましておめでとう」
『今年は家族で過ごせなかったけど、寂しく無かった?』
「ん、ああ。奈美と秋乃が一緒だったから」
『今も一緒?』
「うん。スピーカーに切り替えるよ」
ハルは携帯を机に置くと、スピーカーフォンに切り替えた。
「お母さん、あけましておめでとう」
「菜月さん。おめでとうございます」
『秋乃ちゃんに奈美ちゃん。久しぶりね~。あけましておめでとう♪』
携帯から聞こえてくる菜月の声に、奈美と秋乃は微笑みを浮かべる。
「それで、挨拶の為に電話くれたのか?」
『ん~それもあるんだけど~』
「何だよ。含みのある言い方をして……てか、親父は一緒じゃ無いの?」
『一緒だよ~。あ、そろそろ上空に着くから一度切るね~♪』
「上空? 上空って何を…………切れちゃった」
携帯からは、通話が切れた機械音が虚しく響くのみ。
「一体何を考えてるんだろ」
「上空に着くって言ってたけど……」
「空を飛んでるのかな?」
「「う~ん」」
腕を組んで悩むハル達。
すると、
「……何か聞こえてこないか?」
「風の音? それにしては鋭い気がするわね」
「段々近づいて来てるみたいよ」
ハル達の耳に、ひゅ~と言う風を切り裂く音が聞こえてきた。
顔を見合わせて、取り敢えず窓ガラスを開ける。
途端に肌を突き刺すような冷気が入ってくるが、それを気にする余裕はない。
上空から風を切り裂く音が、ハル達の元へと近づいてきたからだ。
「な、何かが落ちてきてるのか?」
「ミサイル? だとすればあの国?」
危険な発現は自重してください。
「あ、見えた!」
「何処だよ?」
「全然見えないけど……」
「ほら、あそこ。黒い点が段々近づいてるじゃない」
ハルと秋乃は目を凝らして上空を見る。
言われて初めて分かるほど、微かに黒い何かがあるのが見えた。
「お前、どんな視力してるんだよ」
「別に普通だよ。え~っと、秋乃大丈夫。ミサイルじゃ無いみたい」
「そ、そう。それは何よりだけど……」
「何か分かったのか?」
「うん。落ちてきてるのはね、人間だよ」
「「…………は?」」
思わず間の抜けた声を出すハルと秋乃。
何を馬鹿な、と突っ込みを入れる間もなく、
「ははははは、あけましておめでとぉぉぉぉぉ!!!!」
聞き覚えのある男の声が響き、
ズドォォォォォォォォォン
そのまま上空からの落下物は、アパートの庭へと墜落した。
地面がえぐれ、周囲を凄まじい風圧と土煙が襲う。
咄嗟にハルは奈美と秋乃の身体を、部屋の中へと押し倒す。
周囲に飛び散る石や土塊が、ハルの部屋の窓を破ったのはその直ぐ後だった。
「二人とも、無事か?」
「私は無傷よ」
「私も平気」
三人は身体を起こすと、再び窓から庭を見下ろす。
土煙が舞っているため状況は分からないが、何かが落下したのは間違いないようだ。
「……落ちる直前の声、聞いたな?」
「うん。出来れば否定したいけど、あそこまでハッキリ聞こえたら難しいわね」
「無事かな?」
「普通なら無理だろうけど、あの声の主なら間違いなく無事だろうよ」
やがて土煙が晴れて、庭の姿が露わになる。
庭に出来た大きなクレーター。
その中心で悠然と立っているのは、
「秋乃ぉぉ。パパだよぉぉ」
「ハルちゃん、秋乃ちゃん、奈美ちゃん、やっほ~♪」
菜月を胸にお姫様抱っこしている、御堂冬麻その人だった。
「て、て、手前は何してるんだぁぁぁ!!!」
「やれやれ、新年早々ご挨拶だな。こうして可愛い子供(勿論秋乃)に会いに来た親に、その言葉は無いと思うぞ」
「常識を考えろってんだ! 何処の世界に空から降ってくる奴がいる!!」
「ここに、だが」
まるでのれんの腕押しだった。
諦めたハルは、そっと隣に立つ秋乃を前に。
「おお秋乃。あけましておめでとう。今年も変わらず可愛いな」
「……お父さん……常識のない大人は嫌いです」
「ぬおぉぉぉぉぉ」
効果は抜群だ。
冬麻は膝を着き、悲しみの絶叫をこだませる。
「少し可愛そうかも」
「同情しちゃ駄目よ、奈美。良い薬だから」
「全くだ。大体この状況、どうするんだよ」
庭は地下十メーター以上はあろうかというクレーターが。
部屋の窓ガラスは石や土塊で割れ、壁にもあちこち穴が出来ていた。
「それなら平気よ。ねえお父さん、これを今すぐ修理して」
「な、直せば……嫌いにならないでくれるのか?」
「……考えてあげます」
「私だ。今すぐ整備班を全員回せ……そうだ、第一級非常事態だと伝えろ。急ぐんだぁ!!」
冬麻は携帯を取り出すや否や、直ぐさま何処かに連絡をする。
その常識のない大人の姿に、ハル達子供組は呆れた視線を向けるのだった。
「さて、無事にアパートも元通りになった所で……」
「この親父、さらっと自分のミスを無かったことにして」
「作業して下さった人達に、ちゃんとお礼と謝罪をして下さいね」
「凄かったよね。もう、こ~パパっと直しちゃって」
「正義の味方の整備班は優秀だもの」
五人はこたつに入り、みかんを食べながら談笑する。
あれから一時間も経っていないが、アパートはすっかり元の姿を取り戻していた。
それもこれも、全ては正義の味方が誇る整備班のお陰。
急な出動命令で、しかも上司の尻ぬぐい。
泣いている整備員も居たが、運が悪かったと思って諦めて貰うしかないだろう。
「それで、新年の挨拶にしちゃ登場が派手すぎないか?」
「あまり時間が無くてな」
「お二人はお正月から仕事なんですか?」
「そうなの~。何か今年は悪の組織があちこちで暴れててね~」
「無理して来なくても良かったのに」
そう言う秋乃だが、顔には僅かに笑みが浮かんでいる。
やはり正月に両親と会えるのは嬉しいようだ。
「じゃあ、あんまり長くは居られないのか」
「うむ。無駄に時間を使ったせいで、後十分程度しか余裕がない」
((自業自得……))
「そこで、だ。恒例行事だけはしておこうと思ってな」
冬麻はごぞごそとポケットを漁り、小さな封筒の様な物を取り出す。
それは紛れもない、お年玉袋だった。
「さて、まずはハル、お前からだ」
「…………ありがとう」
ハルはズッシリと膨らんだお年玉袋を受け取る。
そこにはお年玉とは思えないほど、分厚い札束が詰め込まれていた。
「嬉しくないの? 何かしかめっ面してるけど」
奈美の言うとおり、ハルの顔はお年玉を貰ったとは思えないほど、苦々しげな物だった。
「お兄ちゃん、今までちゃんと貰ったこと無いのよ」
「どゆこと?」
「今までずっと海外のお金で貰ってたんだけど、全部レートが低い国のなの」
日本と海外では通貨が異なり、当然その価値も違う。
一円がそれ以上にも、それ以下にもなり得るのだ。
そして、冬麻が今までハルに渡したお年玉は、全て後者。
「額は一万、で固定なんだけど……」
「それだけ貰えれば嬉しいんじゃないの?」
「……一昨年は一万ドン(ベトナム)を貰ったわ。それを日本円に換算すると」
「幾ら?」
「……三十六円よ」
「………………」
「しかもお父さん意地悪して、全部一番安い紙幣で渡すから」
見た目には凄い額を貰ったように見えるだろう。
だが現実は非情な物だった。
「ハル…………」
「今年は何処の紙幣かしら」
奈美と秋乃が見守る中、ハルは諦めた顔でお年玉袋を開けて中の紙幣を取り出す。
そして、
「……え!?」
諦めていた顔が驚きに変わる。
ハルが手にした紙幣は、欧州で流通しているユーロだった。
「「なっっっ!?」」
予想外の事態に、秋乃と冬麻が驚愕の声をあげる。
レートを知らない奈美は、
「ねえ、そのお金も安いの?」
秋乃の袖を引っ張って尋ねる。
「い、いいえ。ユーロは確か……一ユーロで百円くらいだった筈よ」
「へ~良かったねハル。お年玉一杯貰えて」
一杯どころの話じゃない。
お年玉に相応しくないほどの大金だ。
冬麻の意図が読めないハルと秋乃は、冬麻に視線を向けるが、
「ば、馬鹿な……俺は確かに韓国ウォンを入れたはず」
思い切り動揺している姿を見て、これがアクシデントであった事を理解した。
「用意してからは、誰も触っていない筈…………はっ!」
冬麻は目を見開いて菜月に視線を送る。
「えへへへ~、そうなのよ~。実は、すり替えて置いたのさ~♪」
してやったり、と満面の笑みで胸を張る菜月。
全ての大本は彼女だったようだ。
「な、何故だ菜月。何故君が裏切るのだ」
「だって~、ユーロをあげれば~、ハルちゃんがもっと遊びに来てくれるでしょ♪」
「ぬ、ぬぅぅぅ」
「そう言う訳だから~、ハルちゃんはちゃんとそれを使ってね♪」
「……休みに旅行にでも行くよ。また三人でね」
三人分の旅費と考えれば、何回かは欧州に行けるだろう。
母親の思いを受け取ったハルは、微笑みながら約束するのだった。
その後秋乃は順当にお年玉を受け取る。
額は……まあ、両親の溺愛ぶりから察して頂きたい。
とにかく、これで恒例行事は終わりかと思ったが、
「さて、最後は奈美さんにだ」
冬麻はお年玉袋を横で見ていた奈美に差し出す。
「わ、私ですか? でも、私は関係者じゃ無いですし」
「二人の友達だろ? それに、いずれは関係者になるかもしれないからな」
ニヤリと笑い、ハルへ視線を一瞬向ける。
「お正月を一緒に過ごす仲だしね~♪」
「そ、それは、家が隣同士ですし……」
意図を察したのか、奈美は顔を赤くして否定する。
「くれるって言うなら、貰っておけば良いんじゃない?」
「でも秋乃……」
「まあ深く考えずに受け取ってくれると嬉しいな。まあ、額は期待しないで欲しいがね」
優しく微笑む冬麻。
こう言うときだけは、懐の大きな父性を感じさせる。
奈美は暫し迷っていたが、
「ありがとうございます。有り難く頂きます」
そっと手を伸ばしお年玉袋を受け取るのだった。
「おっと、もう時間だな」
「残念だけど、約束だし仕方ないね~」
冬麻に続いて、菜月も渋々立ち上がる。
「迎えが来るの?」
「ああ。上空高度六千メートルで待機してくれている」
「……え?」
「さて、行くとするか」
出口に向かう二人を追って、ハル達も部屋の外に。
そのまま一同は完璧に修繕された中庭へ。
「あのさ親父。一応聞くけど、どうやって帰るんだ?」
「簡単なことだ。ここからジャンプする」
何処が簡単な事なのか、小一時間ほど問い詰めたい。
「パパ~準備出来たよ♪」
「では飛ぶか。さらばだ秋乃、そして奈美さん…………ついでにハル」
冬麻は菜月を胸に抱き、膝を曲げてしゃがみ込む。
そして、
「究極奥義、垂直飛びだ! ぬぅぅぅぅぅぅぅん、はぁぁぁぁ!!!!」
限界まで縮めた膝のバネを解放し、空高く舞い上がった。
ロケットのそれとは比較にならない速度で、二人の姿はあっという間に空へと消えていった。
残されたハル達は、暫し呆然と空を見上げ、
「……本当に人間かな?」
「多分、『規格外』の人間だと思うわ」
改めて両親の人間離れぶりを実感するのだった。
「…………ねえハル?」
「何だ?」
「今のさ、ハルもモノマネ出来るんじゃない?」
「……いつもより高く飛べるとは思うけど、重大な問題が残ってる」
「問題?」
「俺は普通の人間だから、飛んだ後の落下に耐えられないと思うぞ」
正月早々投身自殺はごめんだ。
なにやらどっと疲れたお正月は、ようやく終わりを告げるのだった。
これで年末年始三部作は完結です。
本当は書き初めやらカルタやら入っていたのですが、流石に長くなり過ぎたので。
これを書いている時から、なぜかユーロが下落してます。
某有名タレントが引退したときも、同じような事があったので、何やら運命めいた物を感じます。
……ちょっと前向きな出来事を書こうと思います。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。