酒は飲んでも飲まれるな(後編)
泥酔騒動の翌日。
記憶を失ったハルは、真実を求めてハピネスへと向かうのだが……。
あの騒動の翌朝。
「…………頭痛い」
目覚めたハルは、強烈な頭痛に出迎えられた。
ぼやけた意識で周りを見回すと、そこは自分の部屋。
「あれ……俺何でここに居るんだ?」
記憶がどうにも朧気だ。
「えっと、確かウイスキーボンボンで紫音が酔っぱらって……奈美も酔っぱらって……」
思い出したくなかった。
そう、自分は酔った奈美にマウントを取られ、そのまま……。
「はぁ……ん、でもその後どうなったんだ?」
記憶があるのは、奈美にチョコを流し込まれた所まで。
その後はまるで靄が掛かっているかのように、思い出せない。
部屋にいると言うことは、どうにか帰ってきては居たのだろうが。
「ん~ちゃんと着替えてるし、意識はちゃんとしてたはずだけど……」
どうしても思い出せない。
「こうなったら、その場にいた人に聞くのが一番だな」
ハルは頭痛に苦しみながら、身支度を整えてハピネスへと向かうのだった。
「おはようございます」
「っっっっっ!!」
ハルは何時も通り挨拶をして事務所に入った。
だが、事務所にいたみんなの反応は、いつものそれと違う物だった。
何というか、恐ろしい者が現れた様なリアクションだ。
「……あらハル君、具合は如何ですか?」
そんな微妙な空気の中、千景がハルの元へと近づいてくる。
「あ、千景さん、おはようございます。何か頭痛が酷いんですよ」
「恐らく二日酔いですね」
「俺、昨日酒を飲んだんですか?」
「憶えてないのですか?」
少し驚いたように千景が問い返す。
「恥ずかしながら……奈美にチョコを食わされた所までしか……」
「……成る程。恐らく精神を守るため、防護機能が働いたんでしょう」
「ぼ、防護機能って……え、俺何か凄い事したんですか?」
「凄いと言いますか、酷いと言いますか……」
言いにくそうな千景に、ハルは背筋が寒くなるのを感じた。
記憶がないと言うのはこれほど恐ろしいものなのか。
「えっと千景さん……その辺の事を教えて貰えたりは」
「知らない方が良いと思いますけど、聞きたいですか?」
そう言われると聞きたくなる。
だが、千景がここまで言うなら、聞かない方が幸せなのだろう。
ハルの脳内で葛藤が始まる。
『ハル、悪いことは言わねえ。聞いておけ』
『ハルよ。素直に聞くのが一番です』
「満場一致かよっ!!」
天使と悪魔、まさかの共同戦線だ。
「大丈夫ですか?」
「あ、すいません。こっちの事で……」
「なら良いのですが。それで、聞きますか?」
「……お願いします。真実を教えて下さい」
千景は小さく頷くと、ハルを応接スペースに誘導する。
向かい合うようにソファーに座ると、千景はあの後の出来事を語り始めた。
「あははは~」
「何て事……」
「事態は悪化の一途を辿るわねぇ」
奈美の口移し攻撃により、ハルは完全に沈黙した。
「あの小僧、酒に弱いのか」
「危機的な状況下ですから、酔いが回るのも早いんでしょう」
「どうする千景ちゃん」
「……やむを得ませんね。少々荒っぽくなりますが、実力行使で場を収めましょう」
「OKよぉ。私は奈美ちゃんを抑えるわねぇ」
千景とローズは小さく頷きあい、制圧するタイミングを計っていた。
そんな時だった。
「…………奈美」
沈黙した筈のハルは、静かに声を発した。
「えへへ、な~にハル?」
「悪いんだけど、そこをどいてくれるかな?」
「え~やだよ~。ハル温かいんだもん♪」
「やれやれ、困った子だな」
言うやいなや、ハルは奈美の手を取り、思いきり抱き寄せる。
そのまま、奈美の唇を奪った。
「「なぁぁぁぁぁ!!!」」
全く予想外の光景に、事務所にいた全員が驚きの叫びをあげる。
それは奈美にとっても同じらしく、
「ん~~~~~~」
目を白黒させ、混乱したように手足をばたつかせる。
マウントが緩んだその好きを逃さず、ハルは身体を起こして、逆に奈美を組み敷く。
「は、ハル?」
「悪い子には、お仕置きが必要だな」
思わずゾッとするような表情だった。
普段のハルから想像出来ない、妖艶という言葉がピッタリの表情だ。
「これは……」
「まさかぁ、暴走?」
千景とローズが呆気にとられる間に、ハルは再度奈美の唇を奪う。
長い長い口づけ。
抵抗していた奈美だが、やがて身体の動きは止まり、完璧に身体を弛緩させる。
「……ふぅ、ごちそうさま」
「………………」
色気たっぷりに笑うハルに、奈美はぼんやりとした表情のまま何も答えられなかった。
夢を見ているかの様に、放心状態の奈美。
ハルはそんな奈美の額に軽くキスをすると、ゆっくり立ち上がった。
紫音や奈美と違い、顔は赤くなく一見すると素面だ。
だが、普段のハルが決してしないような、色気のある表情を見せている。
容姿と相まって、非常に妖艶な雰囲気を全身から発していた。
「は、ハル君?」
「すいません千景さん、話は後で。今はもう一人の悪い子に、お仕置きをするのが先ですから」
ハルは流し目を千景に送ると、呆然としていた紫音に向き直る。
「さて、紫音」
「何だハル。お前も私の邪魔をするのか? ならば容赦はしないぞ」
「可愛い女の子が、そんな言葉遣いをするものじゃないよ」
「な、ななな、何を言っている……」
紫音が動揺したのを笑うと、ハルの姿が消えた。
そして次の瞬間には、ハルは紫音の背後に立っていた。
「ば、馬鹿な……一体どうやって」
「驚く事じゃないさ。千景さんのモノマネをしただけだからね」
ハルは優しく囁くと、紫音の背中から手を回して抱きしめる。
「……千景ちゃん、あれって貴方の瞬歩だけどぉ」
「私が見せたのは運動会の時だけ。あれ以降ハル君の前で披露したことはありません」
「モノマネの持続期間は一週間では無かったのか……」
事態に頭が着いていかず、混乱する千景達。
そんな彼らを無視して、ハルは紫音に囁き続ける。
「ねえ紫音。危険な君も素敵だけど、普段の君も僕は好きだな」
「何を馬鹿な事を言っている」
「心外だな。僕は結構本気なんだけど」
ハルは紫音の手から、札を取り上げると、
「可愛い君に物騒なものは似合わない…………縛!」
「なっ!!」
紫音の両手を封じてしまった。
「やっぱり、君が術に使う札は全部一緒みたいだね」
「それはそうだが、おかしいぞ。私がそれをお前に見せたのは、透明人間の時だけだ」
「うん、そうだよ。可愛い君の素敵な姿、一度見たら忘れないさ」
ハルは優雅に微笑みながら、紫音の身体を持ち上げお姫様抱っこの体勢に。
「……ねえ紫音、君はキスをした事あるかな?」
「あ、あるわけ無いだろ」
「そうか…………光栄だよ」
何が、と紫音は問い返す事すら出来なかった。
言葉を発するべき口は、ハルの唇によって塞がれてしまっていたから。
「んんん~~~~~~!!!」
長い濃厚なキス。
それは恋人同士がするような、甘い口づけ。
当然子供にするようなものではない。
それを紫音が耐えられる筈もなく、
「………………」
数分経った頃には、奈美と同じく放心状態になっていた。
「ふふ、少しお休み、お姫様」
紫音を優しくソファーに置くと、ハルは視線を千景に向ける。
「お待たせしました千景さん」
「貴方……一体何をしたのか……わかってるんですか!?」
「それは勿論」
「駄目よ千景ちゃん。今のハルちゃんはまともな思考をしてないわぁ」
「どうやら酒を飲むと、女たらしになる酒癖の様だな」
「酷い言われようだな」
ハルは苦笑する。
その仕草すら、何処か色気を感じさせる魔性の魅力があった。
「はぁ、どうやらその様ですね。とにかく、ハル君には眠って貰いましょうか」
「つれないですね。僕は貴方達も大好きなのに」
「これを素でやれるならぁ、二丁目の人気者になれるわねぇ」
「天性の女たらしだな。ホストに転向した方が稼げそうだぞ」
蒼井の言葉に、事務所の女性陣がうんうんと頷く。
中性的な容姿で肉食系。
今のハルの魅力は、まさしくホストのそれと同等かそれ以上であった。
「……何にせよ、危険人物であることに変わりありません。全力で無力化しましょう」
「美人の誘いを断るのは野暮ですね。良いでしょう、貴方とのダンスも楽しそうだ」
そしてハルと千景の姿は同時に消え、激しい戦いが始まった。
二人の戦いは、まさに死闘と呼ぶに相応しい物だった。
鉄扇を操る千景と、モノマネで変幻自在な攻めを見せるハル。
一進一退の攻防は続いた。
そもそも、千景の技は即死性が高く、相手を無力化する事には不向き。
一方のハルは、リミッターが外れたかのような動きを披露。
結局、ローズと鈴木が加勢し、どうにかハルを気絶させる事に成功したのだった。
その後、奈美とハルはローズによって、自室に運ばれた。
「……これが、昨日の真実です」
千景の説明を聞き終えたハルは、顔面蒼白だった。
全く憶えてはいない。
だが、千景が嘘をつく必要も無い以上、これが真実なのだろう。
「俺は……とんでも無いことを……」
「それに関しては擁護しません。お酒のせいとは言え、やったことは事実ですから」
「どうお詫びをすれば良いのか……」
「誠心誠意謝るしかないでしょう」
「そう……ですね」
思い切り凹んだハルに、千景はため息をつく。
「唯一の救いは、紫音も昨日の事を憶えていない事です」
「へっ?」
「チョコを食べてからの記憶がありません。故に、貴方のあれも憶えていません」
「…………」
「私の知る限り、あれがファーストキスの筈。黙っていようと思いますが?」
「お願いします……」
ハルは思いきり頭を下げて頼んだ。
「それと奈美ですが、あの子に関してはハル君の暴走前に、自分からキスしてますので」
「……確かにそうですけど」
「まあ奈美に関しては、憶えていても問題ないと思いますけどね」
「それはどうして?」
「自分で考えなさい。昨日の事に関しては、もう手打ちと言うことにしましょう」
千景はそれだけ言うと、立ち上がり自分の席に戻っていく。
「ああ、それと今日は依頼は止めなさい。そんな状態では良い結果が得られないでしょうから」
「……はい」
ハルは小さく返事をすると、すごすごと事務所を後にした。
結局、奈美も紫音と同じく、ウイスキーボンボンを食べた後の記憶が無かった。
なにはともあれ、ハル以外は心に傷を負うことなく、この騒動は幕を閉じる。
ただ、
「ハルさん、弟子にしてください」
何故か尊敬の目を向けてくる、男性所員と、
「……男は狼って本当ですね」
女性所員の冷たい視線に、当分の間悩まされる事となるのだった。
タイトルは言わずもがな、ハルの事ですね。
何でしょう、口説き上戸でしょうか。女たらし上戸かもしれません。
え~実は新年早々風邪を引いてしまいました。
妙に手強い奴で、発病から一週間掛かっても治る気配が見えません。
執筆できるコンディションに戻るまで、投稿は休止させて頂きます。
多分、二日三日で復活するとは思いますが……。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。