酒は飲んでも飲まれるな(前編)
あけましておめでとうございます。
本年も当小説を閲覧頂き、誠にありがとうございました。
昨年同様、今年もご愛顧頂ければ幸いです。
ハルの両親からハピネスへ送られた品。
それがとんでもない悲劇(喜劇)を産むことに……。
「こんにちわ」
ハルは事務所のドアを開けると、軽く挨拶をする。
「あらハル君。今日も依頼を受けに?」
「それもありますが、ちょっと届け物に来ました」
「届け物?」
「ええ、これです」
ハルはそう言うと、千景に包装された箱を手渡す。
綺麗にラッピングされた、薄型の箱だ。
「これは?」
「俺の両親から、千景さん達にと。お歳暮とこの間のお礼みたいです」
「あらあらそれはご丁寧に」
千景は笑顔で箱を受け取る。
「今はスウェーデンにいらっしゃるんですね」
「どうでしょう。これを出した時はいたと思いますけど、今は何処にいるやら」
「……どうやら食料品の様ですね」
だとすれば、早めに食べてしまわなければならない。
千景はハルに許可を取ると、その場で包装を解き箱を開けた。
中には、カラフルな銀紙に包まれた、小さな瓶状の何かが大量に入っていた。
「ウイスキーボンボンですか」
「親父達にしては、随分まともなチョイスだな」
「数は大分ありますね。折角ですから、みんなで食べる事にしますけど?」
「ええ。千景さんにお任せしますよ」
「……みんな、ハル君が差し入れをくれました。少し休憩しましょう」
「「は~い」」
千景の呼びかけに、事務員達は喜びの声をあげた。
こうしてハピネス事務所は、一時の休憩タイムに入った。
コーヒーの香ばしい香りと、チョコの甘い香り。
穏やかで楽しい時間…………の筈だった。
「うふふぅ、美味しいわねぇ」
「このメーカーのウイスキーボンボンは、結構高級品ですよ」
「ふむ、疲れた頭に癒しの一時。悪くないぞ」
後から事務所にやってきたローズ達も混じり、休憩タイムは続く。
そして、
「あれ~みんなで何してるの?」
「何やら良い匂いがするな」
学校帰りの奈美と紫音が事務所に入ってきた。
「二人とも、実は……」
千景は簡単に現状を説明する。
「ウイスキーボンボン?」
「チョコの中にウイスキーが入ってるお菓子だよ」
「酒か。なら私達は食べられないな」
「え~そんな~」
残念そうな顔をする二人。
「いや、確かウイスキーボンボンは未成年も食べて良かった筈だぞ」
「本当!?」
「ええ。法律上は問題ありません。ただ、お酒には違いないので、量は控えた方が良いですが」
「やった~!! ねえ紫音、食べようよ♪」
「ふむ、そうだな。私も海外の菓子には興味がある。頂くとするか」
奈美と紫音は嬉しそうに顔を崩し、ハル達の元へ。
「ほら」
「ありがと。それじゃあ、パクリ。もぐもぐごっくん。うわぁ、凄い美味しい♪」
「それだけ上手そうに食べてくれると、こっちも嬉しくなるよ」
ハルは苦笑混じりに言う。
「紫音もほら」
「うむ、頂くとしよう」
「へへへ、じゃあもう一個……」
「おいおい、一応酒が入ってるんだから、あまり食べ過ぎるなよ」
「大丈夫だって。あ~ん、う~ん美味しい♪」
そんな二人のやり取りを、事務所の大人組は微笑ましそうに見つめる。
彼らからすれば、弟妹を見るような感覚なのだろう。
「二人ともぉ、いい感じねぇ」
「奈美も最近は暴走することも無くなりましたし」
「まだくっついて無いのかしらぁ」
「……不器用で鈍感ですから。二人とも」
「そうねぇ。まあ気長に見守るとしましょうかしらねぇ」
周りに聞こえないよう、小さな声で会話を交わす千景とローズ。
人生経験豊富な二人は、ハルと奈美の関係の変化を敏感に感じ取っていた。
「みなさん、コーヒーのお代わりは如何ですか?」
鈴木が手際よく、空になったカップにコーヒーを注いでいく。
「あら、紫音ちゃんは手を付けてませんけど、ひょっとしてコーヒー苦手でした?」
「…………」
紫音は答えない。
ただ、俯いているだけだ。
「紫音?」
ハルの呼びかけにも、紫音は反応しない。
ここに来て、ようやく周りのみんなも異変に気づいたようだ。
「ひょっとしてぇ、酔っちゃったぁ?」
「だが、小娘が食べたのは精々一つだろ。いくらガキとは言え」
「アルコールの耐性は個人差が大きいですから。耐性が無かったのかも……」
柚子は心配そうに紫音の元に近づく。
「紫音ちゃん、紫音ちゃん、聞こえていますか?」
「ねえ大丈夫?」
隣に座る奈美も紫音の肩を揺する。
「……て……る」
「え?」
「……そう騒がなくても聞こえている」
妙にドスの聞いた声で、紫音は静かに答える。
ゆっくりあがっていく顔は、完全に目が据わっていた。
(……これは決まりですね)
(ええ、間違いなく)
(酔ってるわねぇ)
(しかも、どうやら悪酔いしてるみたいだぞ)
一瞬のアイコンタクトで状況把握をするハル達。
「紫音ちゃん、酔ってるみたいだけど、気分はどう?」
「酔っている? ああ、これが酔いが回ると言う感覚か。悪くないな」
「えっと……紫音だよね?」
「くく、なら奈美よ。それ以外の何に見えると言うのだ?」
普段の紫音からは想像出来ない邪悪な笑みに、
「うわぁ~ん、何か紫音が怖いよ~」
「ああ、よしよし。酔っぱらいは大体こんな感じだから」
怯えて泣きつく奈美を、ハルは頭を撫でながら宥めた。
「これは予想外でしたね。まさかウイスキーボンボン一個で酔うとは……」
「何だ千景。お前の予想が外れる事があるとは驚きだぞ」
「人格変わっちゃってるわよぉ」
「気にするな剛彦。そんなのは些細なことだ」
赤らんだ顔で邪悪な笑みを浮かべる紫音は、何というか怖かった。
目の前で起こっている異常事態に、他のメンバー達もざわつく。
「……鈴木さん、水を持ってきてください」
「は、はい」
「確か酔い覚ましの薬が鞄に…………えっ!?」
自分の鞄の元に行こうとした柚子の手を、紫音が掴んで止める。
「そう騒ぐな。折角いい気分なんだし、もう少しこの感覚に身を委ねさせて欲しい」
「あのね紫音ちゃん。未成年が体内にアルコールを溜めると……」
「はぁ…………少し眠っていろ。……眠!」
紫音はため息混じりにお札を取りだし、柚子の額に貼り付けた。
キョンシーの様になった柚子は、そのまま事務所の床に崩れ落ちる。
「紫音、何やってるんだ」
「何? 見ての通りだ。少々煩かったから黙って貰っただけだよ」
「これは不味いわねぇ」
全く悪びれる様子のない紫音に、事務所に緊張した空気が充満する。
「……さて、ではこの甘美なる菓子を頂くと……」
「そこまでにしなさい」
ウイスキーボンボンを取ろうと伸ばした紫音の手を、千景が止める。
口調は柔らかい物だが、その目は少しマジモードに入っていた。
「千景、私はこの菓子が食べたいのだ」
「駄目です」
「まあお前の許可など取る必要は無いな」
バチバチと火花を散らす千景と紫音。
一触即発の空気が二人の間に広がっていく。
「どうやら……少し頭を冷やして貰う必要がありますね」
「あくまで邪魔をするなら…………弾!!」
先手を打ったのは紫音だった。
取り出した札を持ち、小さく呟いた瞬間、
「「なぁぁぁぁ!!」」
その場にいた紫音以外の全員が、事務所の壁に吹き飛ばされた。
千景達は何とか体勢を立て直すが、ハル達一般組はそうは行かない。
思い切り壁に叩き付けられ、痛みに顔を歪める。
「……紫音、貴方は……」
「邪魔する者を排除する。何か問題があったのか?」
「言葉は無駄のようですね。では、少々荒っぽく止めるとしましょう」
懐から鉄扇を取りだし、身構える千景。
「はぁ、お前と事を構えたくは無かったが菓子の為だ。少し眠って貰うぞ」
ピリピリと空気が張りつめていく。
千景は鉄扇を、紫音はお札を手に相手の見据える。
誰も手出しが出来ない二人だけの空間。
そこに、
「いい加減にしなさい!!」
奈美が割り込んだ。
「奈美?」
「どきなさい奈美」
「千景さん、紫音相手に何やってるんですか!」
じろりと千景を睨み付ける。
「紫音も紫音よ。やって良いことと悪いことがあるでしょ!」
続いて奈美は紫音に怒ってみせる。
「とにかく、二人とも物騒な物はしまって。ほら、仲直りして」
予想外だった奈美の仲裁。
だがハル達にとって、これは天の助けだ。
このまま事態が収束してくれればと……思ったのだが。
「……なるほど。奈美の言いたいことは分かった」
「分かってくれたのね」
「うむ。こんな美味な菓子、独り占めは良くないものな」
「……へっ?」
「やはり幸せは皆で分けなければ。ほら、お前も食べると良い」
紫音は笑顔で奈美を座らせると、その口にウイスキーボンボンを放り込んだ。
それも、大量に。
「もがもぐもごもげもご…………」
口一杯に詰め込まれたウイスキーボンボン。
奈美はもうどうすることも出来ず、ただそれを根性で咀嚼していくだけ。
その結果。
「えへへへへ~」
「「あぁ~増えたぁぁぁぁ」」
酔っぱらい二号が誕生した。
真っ赤な顔にとろんとした瞳。
紫音とは異なるが、明らかに酔っぱらいのそれだった。
「どうだ奈美、いい気分だろ?」
「うん、えへへ~」
「……ミイラ取りがミイラになった」
「困ったわねぇ。奈美ちゃんはそれほど危険じゃなさそうだけどぉ」
「いや、あのタイプは何をするか分からんぞ」
ゴクリ、と唾を飲みながら悪化した状況を見つめる。
千景も迂闊に動けないのか、鉄扇を構えたまま静止している。
「ん~あ、えへへ、ハ~ル♪」
「な、何だ?」
「こっち来て~」
甘えるような猫なで声でハルを呼ぶ奈美。
正直近づきたくないが、断れば何をするか分かった物じゃない。
ハルは千景とローズに目配せをすると、ゆっくり奈美に近づいていく。
「来たぞ……って」
「えへへ、ハ~ル♪」
近づいてきたハルに、奈美は思いきり飛びかかってきた。
それは危害を加える物ではなく、寧ろ動物が甘えるような動作なのだが、
「うわぁぁ」
予想外の行動をされたハルは、思い切り仰向けに押し倒された。
その上に奈美はまたがる。
世に言う、マウントポジションと言う奴だ。
(ヘタすれば……殺られる)
抵抗できない体制に、ハルは背筋が凍るのを感じた。
酔っぱらいは力の加減が出来ない。
万が一ボコられる様な事があれば……考えたくもない。
「えへへへ」
「……それで、一体何をしたいんだ?」
「ハルもチョコ食べたくない?」
答えはNOだが、素直に答えると危険だ。
ハルは小さく頷いてみせる。
「そうよね~。じゃあ食べさせてあげるわ」
奈美は手に持ったウイスキーボンボンを口に入れる。
もぐもぐと咀嚼して、ゆっくりとハルの顔に自分の顔を近づけていく。
「……はっ!! そ、それは駄目だ。落ち着け! 話せば分かる!!」
何が起こるか察したハルは、必死の形相で奈美に呼びかける。
だが、そんな言葉が通じればこんな事にはなっていない。
「もぐもぐ…………」
「や、止め…………」
そしてハルは、ウイスキーボンボンを摂食した。
「う……うう……もうお婿に行けない……」
「ハル君の場合、お嫁を貰うのでは?」
「お婿に行くつもりだったのねぇ」
「冷静に突っ込むなぁぁ!!」
涙目で千景とローズに絶叫するハル。
こんな形で唇を奪われれば、男女関係なく落ち込む。
それが、憎からず思っている相手なら尚更だ。
「えへへへ、美味しかった♪」
「奈美、頼むから正気に戻ってくれ……」
「え、もっと食べたいの~?」
「違う、そうじゃ無くて…………」
「良いよ~たっぷり食べさせてあげる♪」
何度、ハルの口にチョコが流し込まれただろう。
まともな精神状態ではなく、しかも元々酒に強くないハル。
そんな彼に、容赦なくアルコールは蓄積されていく。
やがてハルの意識は、白い光の中へと落ちていった。
そんなわけで、前半戦終了です。
新年一発目からこんな話ですいません。
この時点で酷い話ですが、後半はもっと悪化します……。
すっかりキャラ崩壊してますが、酒のせいと言うことで。
作者は酒が弱いので、ウイスキーボンボンで酔ったことがあります。
お子様に食べさせる事がありましたら、どうか注意してあげてください。
次回もお付き合い頂ければ幸いです。