表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/130

とあるお歳暮

千景の元に贈られてきた、大量のお歳暮。

その中に、ある所からのお歳暮が紛れていて……。


「ん、なんだこりゃ?」

 ハピネスの事務所を訪れたハルは、とある張り紙を見て思わず呟いた。


『希望者に缶詰をお分けします。詳しくは柊か鈴木まで』


 簡潔な一文だけの張り紙だ。

「缶詰……依頼の報酬とかかな」

「いえ違いますよ」

「あ、千景さん」

 いつの間にか背後に立っていた千景に、ハルは軽く一礼する。

「これ、一体何なんですか?」

「実はお歳暮が届いたのですが……今年は何故か全員缶詰の詰め合わせでして」

「あ~たまにありますよね、妙に重なるとき」

 ハルは両親の事を思い出して答えた。

「私も紫音も缶詰はあまり好みませんので、折角ですからお裾分けをと思ったんです」

「なるほど。因みにどれくらいの量だったんです?」

「東京ドーム二個分位ですかね」

「!!??」

 大きさ以外の単位で登場するとは思わなかった。

「勿論冗談です。が、それでも数百個はありますので」

「ん~なら俺も貰って良いですか?」

「大歓迎です。おつまみ、食材、フルーツ、何でも揃ってますよ」

「店が開けそうですね。あ、それなら奈美に言えば大喜びで引き受けるんじゃ」

「……あの子に引き取って貰って、この量なんです」

「あ~それはまた……」

 あの奈美が引き取って、数百個の在庫。

 恐るべきは千景のコネクションか。

「持ち帰るのなら、社用車を使って構いませんので」

 どれだけ持ち帰れと。

「はあ、それじゃあ折角ですから適当に貰って行きます」

「では倉庫に。案内しますから」

 二人は事務所の上の階にある、倉庫へ移動した。



「ふふ、大量に引き取って頂けて助かりました」

「こっちこそ。奈美対策に、これだけ食料があると有り難いです」

「今もあの子と夕飯を?」

「最近は、一人で食べる方が物足りなくなりましてね」

「……人は暖かさを知ると、寒さに耐えられない生き物です。ハル君のそれは当然の反応ですよ」

 因みにハルが貰った缶詰は、後日車で家に輸送することになった。

「今日もご指名が幾つか入ってますよ」

「またペット探しですか?」

「それが三件、躾代行が二件。いずれもハル君ご指名です。すっかり売れっ子ですね」

「嬉しいやら悲しいやら」

 指名は信頼の証なので、嬉しいのは確かだが。

「人に出来ないことが出来る。それは誇って良いのですよ?」

「そんなものですかね」

「意外にハル君は、動物関連の職業が向いているのかも知れません」

「……考えてみますよ」

 そんな話をしながら、二人は事務所に戻った。

「あ、所長。実は丁度今、新たなお歳暮が届いたのですが……」

 事務所に入るやいなや、鈴木が申し訳なさそうに伝える。

 見れば事務所の一角は、さっきまで無かった箱の山が積み上げられていた。

「……千景さんこそ売れっ子ですね」

「優しい皮肉をどうも。依頼しますから、仕分けを手伝って貰えますか?」

「良いですよ。じゃあ動物相手の前に、お歳暮の相手をするとしましょうか」

 ハルは苦笑を浮かべながら、お歳暮の仕分けに取りかかる。


「カニ缶詰め合わせ……フルーツ缶詰め合わせ……こっちは……コンビーフセット」

「何かの呪いかしら……」

「てか、これだけの数が来るなんて、千景さんの交友関係はどうなってるんですか?」

「ハル君が思うほど広くはありません。一応贈っておくか、と言うレベルですよ」

 缶詰の詰め合わせというのは、とってもリーズナブルなお歳暮。

 あまり親交はないが、贈らないのも、と言う場合にとっても役立つ商品だ。

「例年は石けんやタオル、そばとか色々贈られるのですが……」

「重なる時には重なるものですね……あれ、これは缶詰じゃ無いですよ」

 中身をチェックしたハルが、少し驚いた様に報告する。

「これは…………お菓子の詰め合わせですね」

「あら珍しい。誰かしら」

「えっと…………え、結城?」

 ハルは剥がした宛先を見て、思わず呟いた。

「……なるほど」

「あの千景さん、結城って紫音の……」

「実家ですよ。恐らく大切なあの子を預かって貰ってるから、贈ってきたのでしょう」

 千景の言葉に、ハルは疑問を感じた。

「大切? 紫音は自分が厄介払いされたと言ってましたが」

「あの子がそう言ったのですか? ……あの老人達が考えそうな事ですね」

「違うんですか?」

「ええ全く。寧ろ溺愛してますよ」

 呆れたように言う千景に、ハルの頭はすっかり混乱していた。

 その様子を見て、

「……仕分けもあらかた終わりました。休憩ついでに少し説明しましょう」

 千景は小さく微笑んで告げた。


 ハルと千景は事務所隣にある、喫茶北風に場所を移した。

 テーブルに運ばれてきたコーヒーが、湯気と共に良い香りを鼻に運ぶ。

「まず、紫音の実家ですが、これはご存じですね?」

「はい。結城家は退魔師の家系だって、前に紫音が言ってました」

「日本には古来よりそう言った家がありまして、結城家はその一つです」

 千景が言うには、日本各地に退魔師の家が存在するらしい。

 各地方に代表格の家があり、そこを中心に人知れず魔を払っている。

 紫音の家は、関東の代表格で、退魔師の間ではかなり名の知れた家のようだ。

「あの子は宗家の一人娘で、いずれは結城家を継ぐ身でした」

「へぇ、凄いんですね」

「両親を早くに亡くしたあの子は、祖父や曾祖父、まあ老人達に育てられたのです」

「……知らなかった」

「気軽に話す事ではありませんから。ハル君もなるべく口外しないで下さい」

 真剣な千景の目に、ハルは頷いて答えた。

「幼少の頃から退魔師として育てられたあの子は、現時点で正二位の位を持っています」

「正二位?」

「階級みたいな物です。一番上が正一位、下は従五位まで」

「あんな小さい子が、ですか?」

「完璧な実力主義ですからね。力があれば、年齢性別は問われない世界です」

 千景はコーヒーを一口飲み、一呼吸置いた。

「……話を戻しましょう。そんな紫音が、何故家を出て私の元に来たか、ですが……」

「何か切っ掛けがあったんですよね」

「ええ。それを作ったのは、まあ私なのですが」

 何とも言えぬ表情で頬を掻く。

「あの子の小学校卒業祝いに、遊園地に連れて行ってあげました」

「はあ」

「今まで娯楽に触れる機会が無かったあの子は、大層喜びまして」

「まあそうでしょうね」

「それを老人達に嬉々として話したそうなのです」

「あ~」

 何となく想像が着いた。

「目を輝かせ、満面の笑顔で遊園地の感想を話す紫音に、老人達は大変衝撃を受けたらしく、私を結城家に呼びました」

「千景さんは紫音のおばさん……いえ、血縁関係に当たるんですよね?」

 思い切り睨まれたので、ハルは言葉を変えて尋ねる。

「私の母親は紫音の母親の姉です。退魔の力は薄かったらしく、長女でも無かったので家を出て普通の人として暮らし、父と出会ったのですが……まあそれは別の話として、とにかく呼ばれました」

「はい」

「そこで結城家の緊急会議に巻き込まれまして……」

 千景は渋い表情でその様子を語った。


「おう、良く来たのう千景」

「何用でしょうか?」

「うちの紫音がなぁ、あんたに連れてって貰った遊園地を大層気に入ってねぇ」

「それは何よりです。それで?」

「あんないい顔する紫音、儂らは初めて見たんじゃ」

「ほんにもう、目に入れても痛くないちゅうのはああ言うのを言うんじゃろうな」

「……それで?」

「紫音を、お前さんの所で預かって貰えんかね?」

「……はい?」

「おお、引き受けてくれるか。そりゃ良かった」

「別に返事をしたわけでは……とにかく、理由を説明して貰えますか?」

「儂らの望みはなぁ、あの子の幸せじゃ」

「それが一流の退魔師に育てる事で叶うと、勝手に思いこんでおった」

「じゃが、昨日のあの子を見て、考えが変わってのぅ」

「紫音にはもっと、色々な世界を見せてあげた方が良いと思ったのよ」

「……今更ですね」

「お主の言葉はもっともじゃ。じゃがな、今ならまだ間に合う」

「色々な世界を知って、自分で幸せに繋がる道を探して欲しいんじゃ」

「……それであの子が退魔師以外の道を選んだら、無理矢理連れ戻すつもりですか?」

「「そんな阿呆な事はせんっ!!」」

「む、無駄にシンクロして……」

「さっきも言ったとおり、儂らの望みはあの子の幸せじゃ」

「退魔師以外の道を選んだとしても、あたしらはそれを喜んで見守るつもりよ」

「……結城家の後継者が居なくなると、大変なのでは?」

「ん、ならそん時は結城家は終わらせて、他の家に退魔を任せれば良いじゃろ」

「幸い関東には他にも退魔の家は沢山あるからのぅ」

「嫌がるあの子に無理矢理後を継がせる位なら、家を終わらせる事を儂らは選んだんじゃ」

「紫音が笑顔で居られる最善の選択肢として、お主の所を選んだわけだ」

「過分な評価どうも。ただ、私がどう言った人間かはご存じの筈ですが?」

「承知の上で言っておる。それに、もう足は洗ったんじゃろ?」

「それは……まあそうですけど」

「なら何も問題あるまい。紫音もお主の事を気に入ってるみたいだから」

「どうじゃ千景。あの子を預かって貰えんか?」

「………………幾つか条件を付けますが、それで良ければ」

「勿論じゃ。一応聞かせてくれるか?」

「一つ、私の仕事の手伝いを、あの子にさせる事の了承」

「構わん」

「一つ、私はあの子の叔母として接し、過度の干渉はしません」

「それも構わん。親代わりをしろ、等と無理を言うつもりは毛頭無いからのぅ」

「一つ、あの子には普通の中学校に通って貰い、普通の学生として生活して貰います」

「変な条件じゃのぅ。何故確認する必要があるんじゃ?」

「普通の学生は、当然異性との出会いや、恋愛、交際を行う可能性がありますので」

「「なっっ!!!!」」

「人の心は分からないもの。心を制限するような真似をしたくはありませんから」

「ぬ、ぬぬぬぬぬ」

「儂らの紫音が、何処の馬の骨とも知れん奴と……」

「こ、交際と言うことはじゃ、まさか、せ、接吻とかも……」

「有り得ますね。最近の子供は進んでますから、それ以上の関係も」

「「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

「紫音が、儂らの紫音が汚れて……」

「おじいさん落ち着きなさい。ちー坊はあくまで可能性の話をしているだけじゃよ」

「そうとも。交際は両者の合意が必要、あの紫音が間違っても男と交際などと……」

「じゃがもし、もしもじゃ、運命の相手と出会ったりしちゃったら……」

「言うな! 頼むから想像させんでくれ……涙が出て来ちゃう」

「以上の条件を飲んで頂けるなら、紫音を預かりましょう」

「「ん~~~~~~~~~」」

「私は忙しいのでこれにて失礼。答えが出たら、ご連絡下さい」



「と、まあこんな事があったのです」

 長く話して喉が渇いたのか、千景はコーヒーを一気に飲み干し、お代わりを頼む。

「何と言いますか……過保護、いや、親馬鹿ですね」

「まさしくその通りです」

「紫音が千景さんの所に来た経緯は分かりましたけど、どうして厄介払いなんて言ったんでしょう」

 今の話を聞く限り、どう考えても厄介払いではない。

 なら何故紫音の認識が違っているのだろうか。

「今まで退魔師として修行を積んでいたのに、突然家を出ろと言われたからでしょうね」

「だって、今の話を聞けば…………まさか」

「老人達が何も言わなかったのでしょう。多分、面と向かって言うのは恥ずかしいのでしょうね」

 ツンデレだ。

 酷いツンデレがそこにいた。


「色々納得しました」

「何よりです。ああ、この事は紫音には話さないで下さい」

「どうしてです?」

「話せば優しいあの子の事、きっと結城家と今の生活で悩むでしょうから」

「……なるほど」

「ハル君は今まで通り、紫音の兄貴分として接してくれれば充分です」

「奈美は姉貴分ですかね?」

「どちらかというと、妹分でしょう」

 二人はどちらからともなく笑い、暫し穏やかな時間を楽しむのだった。




 後日。

「ねえハル、私はどうすれば良いの?」

「……どうしてこうなった」

 缶詰の重量に耐えきれず、奈美の部屋の床が抜けたのは、また別の話。


紫音の厄介払い発言の真相は、まさかのツンデレでした。

間違いなく実家の老人たちからは、溺愛されています。

両親については、退魔の仕事中に殉職してます。故に老人たちは紫音を強く育てようとしていました。

今の紫音を見たら、きっと老人たちは号泣する勢いですね。



年末年始は、ネット環境のない場所におります。

投稿は恐らく年明け少ししてからになるかと。

予約投稿が間に合えば、いつもどおりのペースで投稿いたします。


今年一年、お付き合い頂きありがとうございました。

来年はこの小説を完結させ、また新たな物語に取り組みたいと思います。

よろしければ、これからもお付き合い頂けたら幸いです。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ