とあるお歳暮
千景の元に贈られてきた、大量のお歳暮。
その中に、ある所からのお歳暮が紛れていて……。
「ん、なんだこりゃ?」
ハピネスの事務所を訪れたハルは、とある張り紙を見て思わず呟いた。
『希望者に缶詰をお分けします。詳しくは柊か鈴木まで』
簡潔な一文だけの張り紙だ。
「缶詰……依頼の報酬とかかな」
「いえ違いますよ」
「あ、千景さん」
いつの間にか背後に立っていた千景に、ハルは軽く一礼する。
「これ、一体何なんですか?」
「実はお歳暮が届いたのですが……今年は何故か全員缶詰の詰め合わせでして」
「あ~たまにありますよね、妙に重なるとき」
ハルは両親の事を思い出して答えた。
「私も紫音も缶詰はあまり好みませんので、折角ですからお裾分けをと思ったんです」
「なるほど。因みにどれくらいの量だったんです?」
「東京ドーム二個分位ですかね」
「!!??」
大きさ以外の単位で登場するとは思わなかった。
「勿論冗談です。が、それでも数百個はありますので」
「ん~なら俺も貰って良いですか?」
「大歓迎です。おつまみ、食材、フルーツ、何でも揃ってますよ」
「店が開けそうですね。あ、それなら奈美に言えば大喜びで引き受けるんじゃ」
「……あの子に引き取って貰って、この量なんです」
「あ~それはまた……」
あの奈美が引き取って、数百個の在庫。
恐るべきは千景のコネクションか。
「持ち帰るのなら、社用車を使って構いませんので」
どれだけ持ち帰れと。
「はあ、それじゃあ折角ですから適当に貰って行きます」
「では倉庫に。案内しますから」
二人は事務所の上の階にある、倉庫へ移動した。
「ふふ、大量に引き取って頂けて助かりました」
「こっちこそ。奈美対策に、これだけ食料があると有り難いです」
「今もあの子と夕飯を?」
「最近は、一人で食べる方が物足りなくなりましてね」
「……人は暖かさを知ると、寒さに耐えられない生き物です。ハル君のそれは当然の反応ですよ」
因みにハルが貰った缶詰は、後日車で家に輸送することになった。
「今日もご指名が幾つか入ってますよ」
「またペット探しですか?」
「それが三件、躾代行が二件。いずれもハル君ご指名です。すっかり売れっ子ですね」
「嬉しいやら悲しいやら」
指名は信頼の証なので、嬉しいのは確かだが。
「人に出来ないことが出来る。それは誇って良いのですよ?」
「そんなものですかね」
「意外にハル君は、動物関連の職業が向いているのかも知れません」
「……考えてみますよ」
そんな話をしながら、二人は事務所に戻った。
「あ、所長。実は丁度今、新たなお歳暮が届いたのですが……」
事務所に入るやいなや、鈴木が申し訳なさそうに伝える。
見れば事務所の一角は、さっきまで無かった箱の山が積み上げられていた。
「……千景さんこそ売れっ子ですね」
「優しい皮肉をどうも。依頼しますから、仕分けを手伝って貰えますか?」
「良いですよ。じゃあ動物相手の前に、お歳暮の相手をするとしましょうか」
ハルは苦笑を浮かべながら、お歳暮の仕分けに取りかかる。
「カニ缶詰め合わせ……フルーツ缶詰め合わせ……こっちは……コンビーフセット」
「何かの呪いかしら……」
「てか、これだけの数が来るなんて、千景さんの交友関係はどうなってるんですか?」
「ハル君が思うほど広くはありません。一応贈っておくか、と言うレベルですよ」
缶詰の詰め合わせというのは、とってもリーズナブルなお歳暮。
あまり親交はないが、贈らないのも、と言う場合にとっても役立つ商品だ。
「例年は石けんやタオル、そばとか色々贈られるのですが……」
「重なる時には重なるものですね……あれ、これは缶詰じゃ無いですよ」
中身をチェックしたハルが、少し驚いた様に報告する。
「これは…………お菓子の詰め合わせですね」
「あら珍しい。誰かしら」
「えっと…………え、結城?」
ハルは剥がした宛先を見て、思わず呟いた。
「……なるほど」
「あの千景さん、結城って紫音の……」
「実家ですよ。恐らく大切なあの子を預かって貰ってるから、贈ってきたのでしょう」
千景の言葉に、ハルは疑問を感じた。
「大切? 紫音は自分が厄介払いされたと言ってましたが」
「あの子がそう言ったのですか? ……あの老人達が考えそうな事ですね」
「違うんですか?」
「ええ全く。寧ろ溺愛してますよ」
呆れたように言う千景に、ハルの頭はすっかり混乱していた。
その様子を見て、
「……仕分けもあらかた終わりました。休憩ついでに少し説明しましょう」
千景は小さく微笑んで告げた。
ハルと千景は事務所隣にある、喫茶北風に場所を移した。
テーブルに運ばれてきたコーヒーが、湯気と共に良い香りを鼻に運ぶ。
「まず、紫音の実家ですが、これはご存じですね?」
「はい。結城家は退魔師の家系だって、前に紫音が言ってました」
「日本には古来よりそう言った家がありまして、結城家はその一つです」
千景が言うには、日本各地に退魔師の家が存在するらしい。
各地方に代表格の家があり、そこを中心に人知れず魔を払っている。
紫音の家は、関東の代表格で、退魔師の間ではかなり名の知れた家のようだ。
「あの子は宗家の一人娘で、いずれは結城家を継ぐ身でした」
「へぇ、凄いんですね」
「両親を早くに亡くしたあの子は、祖父や曾祖父、まあ老人達に育てられたのです」
「……知らなかった」
「気軽に話す事ではありませんから。ハル君もなるべく口外しないで下さい」
真剣な千景の目に、ハルは頷いて答えた。
「幼少の頃から退魔師として育てられたあの子は、現時点で正二位の位を持っています」
「正二位?」
「階級みたいな物です。一番上が正一位、下は従五位まで」
「あんな小さい子が、ですか?」
「完璧な実力主義ですからね。力があれば、年齢性別は問われない世界です」
千景はコーヒーを一口飲み、一呼吸置いた。
「……話を戻しましょう。そんな紫音が、何故家を出て私の元に来たか、ですが……」
「何か切っ掛けがあったんですよね」
「ええ。それを作ったのは、まあ私なのですが」
何とも言えぬ表情で頬を掻く。
「あの子の小学校卒業祝いに、遊園地に連れて行ってあげました」
「はあ」
「今まで娯楽に触れる機会が無かったあの子は、大層喜びまして」
「まあそうでしょうね」
「それを老人達に嬉々として話したそうなのです」
「あ~」
何となく想像が着いた。
「目を輝かせ、満面の笑顔で遊園地の感想を話す紫音に、老人達は大変衝撃を受けたらしく、私を結城家に呼びました」
「千景さんは紫音のおばさん……いえ、血縁関係に当たるんですよね?」
思い切り睨まれたので、ハルは言葉を変えて尋ねる。
「私の母親は紫音の母親の姉です。退魔の力は薄かったらしく、長女でも無かったので家を出て普通の人として暮らし、父と出会ったのですが……まあそれは別の話として、とにかく呼ばれました」
「はい」
「そこで結城家の緊急会議に巻き込まれまして……」
千景は渋い表情でその様子を語った。
「おう、良く来たのう千景」
「何用でしょうか?」
「うちの紫音がなぁ、あんたに連れてって貰った遊園地を大層気に入ってねぇ」
「それは何よりです。それで?」
「あんないい顔する紫音、儂らは初めて見たんじゃ」
「ほんにもう、目に入れても痛くないちゅうのはああ言うのを言うんじゃろうな」
「……それで?」
「紫音を、お前さんの所で預かって貰えんかね?」
「……はい?」
「おお、引き受けてくれるか。そりゃ良かった」
「別に返事をしたわけでは……とにかく、理由を説明して貰えますか?」
「儂らの望みはなぁ、あの子の幸せじゃ」
「それが一流の退魔師に育てる事で叶うと、勝手に思いこんでおった」
「じゃが、昨日のあの子を見て、考えが変わってのぅ」
「紫音にはもっと、色々な世界を見せてあげた方が良いと思ったのよ」
「……今更ですね」
「お主の言葉はもっともじゃ。じゃがな、今ならまだ間に合う」
「色々な世界を知って、自分で幸せに繋がる道を探して欲しいんじゃ」
「……それであの子が退魔師以外の道を選んだら、無理矢理連れ戻すつもりですか?」
「「そんな阿呆な事はせんっ!!」」
「む、無駄にシンクロして……」
「さっきも言ったとおり、儂らの望みはあの子の幸せじゃ」
「退魔師以外の道を選んだとしても、あたしらはそれを喜んで見守るつもりよ」
「……結城家の後継者が居なくなると、大変なのでは?」
「ん、ならそん時は結城家は終わらせて、他の家に退魔を任せれば良いじゃろ」
「幸い関東には他にも退魔の家は沢山あるからのぅ」
「嫌がるあの子に無理矢理後を継がせる位なら、家を終わらせる事を儂らは選んだんじゃ」
「紫音が笑顔で居られる最善の選択肢として、お主の所を選んだわけだ」
「過分な評価どうも。ただ、私がどう言った人間かはご存じの筈ですが?」
「承知の上で言っておる。それに、もう足は洗ったんじゃろ?」
「それは……まあそうですけど」
「なら何も問題あるまい。紫音もお主の事を気に入ってるみたいだから」
「どうじゃ千景。あの子を預かって貰えんか?」
「………………幾つか条件を付けますが、それで良ければ」
「勿論じゃ。一応聞かせてくれるか?」
「一つ、私の仕事の手伝いを、あの子にさせる事の了承」
「構わん」
「一つ、私はあの子の叔母として接し、過度の干渉はしません」
「それも構わん。親代わりをしろ、等と無理を言うつもりは毛頭無いからのぅ」
「一つ、あの子には普通の中学校に通って貰い、普通の学生として生活して貰います」
「変な条件じゃのぅ。何故確認する必要があるんじゃ?」
「普通の学生は、当然異性との出会いや、恋愛、交際を行う可能性がありますので」
「「なっっ!!!!」」
「人の心は分からないもの。心を制限するような真似をしたくはありませんから」
「ぬ、ぬぬぬぬぬ」
「儂らの紫音が、何処の馬の骨とも知れん奴と……」
「こ、交際と言うことはじゃ、まさか、せ、接吻とかも……」
「有り得ますね。最近の子供は進んでますから、それ以上の関係も」
「「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
「紫音が、儂らの紫音が汚れて……」
「おじいさん落ち着きなさい。ちー坊はあくまで可能性の話をしているだけじゃよ」
「そうとも。交際は両者の合意が必要、あの紫音が間違っても男と交際などと……」
「じゃがもし、もしもじゃ、運命の相手と出会ったりしちゃったら……」
「言うな! 頼むから想像させんでくれ……涙が出て来ちゃう」
「以上の条件を飲んで頂けるなら、紫音を預かりましょう」
「「ん~~~~~~~~~」」
「私は忙しいのでこれにて失礼。答えが出たら、ご連絡下さい」
「と、まあこんな事があったのです」
長く話して喉が渇いたのか、千景はコーヒーを一気に飲み干し、お代わりを頼む。
「何と言いますか……過保護、いや、親馬鹿ですね」
「まさしくその通りです」
「紫音が千景さんの所に来た経緯は分かりましたけど、どうして厄介払いなんて言ったんでしょう」
今の話を聞く限り、どう考えても厄介払いではない。
なら何故紫音の認識が違っているのだろうか。
「今まで退魔師として修行を積んでいたのに、突然家を出ろと言われたからでしょうね」
「だって、今の話を聞けば…………まさか」
「老人達が何も言わなかったのでしょう。多分、面と向かって言うのは恥ずかしいのでしょうね」
ツンデレだ。
酷いツンデレがそこにいた。
「色々納得しました」
「何よりです。ああ、この事は紫音には話さないで下さい」
「どうしてです?」
「話せば優しいあの子の事、きっと結城家と今の生活で悩むでしょうから」
「……なるほど」
「ハル君は今まで通り、紫音の兄貴分として接してくれれば充分です」
「奈美は姉貴分ですかね?」
「どちらかというと、妹分でしょう」
二人はどちらからともなく笑い、暫し穏やかな時間を楽しむのだった。
後日。
「ねえハル、私はどうすれば良いの?」
「……どうしてこうなった」
缶詰の重量に耐えきれず、奈美の部屋の床が抜けたのは、また別の話。
紫音の厄介払い発言の真相は、まさかのツンデレでした。
間違いなく実家の老人たちからは、溺愛されています。
両親については、退魔の仕事中に殉職してます。故に老人たちは紫音を強く育てようとしていました。
今の紫音を見たら、きっと老人たちは号泣する勢いですね。
年末年始は、ネット環境のない場所におります。
投稿は恐らく年明け少ししてからになるかと。
予約投稿が間に合えば、いつもどおりのペースで投稿いたします。
今年一年、お付き合い頂きありがとうございました。
来年はこの小説を完結させ、また新たな物語に取り組みたいと思います。
よろしければ、これからもお付き合い頂けたら幸いです。