小話《授業参観に行こう》
千景からハルへの頼み事。
それは紫音の授業参観に出て欲しいというもので……。
「参観日、ですか?」
ハルは今し方言われた事を聞き返す。
「ええ。明日は紫音の授業参観日なのですが、大切な会議が入っていまして」
「それで俺に?」
「正直、適任者が他に居ないので」
千景の言葉はもっともだ。
ハピネスの面々は一風変わっている。
中学校の授業参観に出席して、違和感のない人物というと大分限られてしまう。
事務の人は比較的まともだが、仕事もあるため都合が付かないのだろう。
「俺は構いませんけど……」
「何か問題が?」
「いえ、紫音の両親は来ないのかなって思いまして」
ハルの言葉に、千景は僅かに表情を曇らせる。
「ひょっとして、聞いちゃ不味い事でしたか?」
「……私の口から話すことではありませんので。聞くならば、本人にしなさい」
やんわりとだが、それ以上の追求を拒否する言葉。
それを察し、ハルは軽く頷くと、
「分かりました。授業参観に行くのは問題ありませんよ」
話題を切り替え、千景の頼みを了承することにした。
そして翌日。
ハルは紫音の通う中学校へとやってきた。
授業参観と言うこともあり、親御さん達の姿が大勢見える。
それを見て、ハルはスーツ姿で行くように言われた理由を納得する。
「……何処のパーティーに行くんだよ」
平日と言うことで母親が多いが、その殆どが豪華に着飾った服を着ていた。
化粧も気合いが入っており、何しに来たのか聞きたくなる程だ。
冬麻から貰ったイタリア製のスーツも、正直霞むほど。
ハルは苦笑いを浮かべながら、正門をくぐろうとして、
「受付?」
正門脇に設置してある机と、待機している教員の姿に気づいた。
首を傾げながら、ハルはその場所へ近づく。
「あの~、ここで何かやるんですか?」
「はい。防犯上の理由で、授業参観に参加される父兄の方には、参加状のご呈示をお願いしてます」
物騒な世の中になったものだ。
確かに、誰でも彼でも学校の中に入れるというのは、不用心だが。
「参加状……これかな?」
「ありがとうございます。どうぞ中にお進み下さい」
千景から渡されていた紙を渡すと、直ぐさま許可が出た。
本格的なチェックではなく、明らかな不審者対策という事なのだろう。
「最近の学校は大変だな」
ハルはご苦労様です、と呟くと紫音の教室へと向かった。
授業参観というのは、学生にとっても大きなイベントだ。
成績表やテスト以外で、自分の学校生活を親に見られる機会。
緊張する子や、興奮する子、関係ないねと強がる子など様々だ。
紫音はと言うと、
「随分落ち着いてるね、紫音ちゃん」
友人が驚くほど普段通りだった。
「ふむ、確かに周りの皆は少々浮ついているな。それ程授業参観というのは大事なのか?」
「だって、授業を親に見られるんだよ。緊張するよ~」
「霞は母親が来るのだったな」
「うん。紫音ちゃんは……」
言いかけて、霞と呼ばれた友人の女性とは言葉を止める。
親元を離れて親戚の家に住んでいる、と以前話をしてくれた。
だとしたら、この話題は紫音にとって触れて欲しくないに違いない。
「ふふ、気を遣わせてしまったな」
そんな友人の心を察し、紫音は優しく笑いかける。
「親は来ないが、代わりに親戚の者が来てくれるよ」
「そうなんだ」
二人が雑談をしている間に、教室の後ろに保護者が続々と現れた。
「まーくん、お母さん来たわよ」
「止めろよ母さん、みんな笑ってるだろ」
「ゆみちゃん、くれぐれも授業中寝たりしないでね」
「…………ぐー」
「おう、健児。バッチリ良いとこ見せろよ」
「……どうして社会の時間が参観日なんだよ」
「うちのとしちゃんが、窓際なんて。紫外線で健康を害したらどう責任を取るつもりなのかしら!」
「ママ、それモンスターペアレントって言うんだよ」
「……賑やかだな」
「ホントだね。あ、ママだ」
霞は母親の姿を見かけると、軽く手を振って合図する。
紫音が視線を追うと、上品そうな女性が微笑みながら手を振り返している。
「あのご婦人が、霞の母君か」
「うん、とっても美人で、優しくて、料理が上手で……」
「ふふ、自慢の母君なのだな」
満面の笑みで霞は頷いた。
騒がしくも和やかな空気が教室に満ちる中、
「…………あれは」
紫音は思いがけない人物を目にした。
教室に入ってきたその姿は、並ぶ親たちの中で一際目立つ。
若いこともそうだが、女性的な容姿とスーツ姿のギャップがその要因だろう。
気が付けば紫音だけでなく、クラス中がハルに視線を向けていた。
「誰だろあの人。随分若いし…………なんか可愛いね」
「……本人が聞けば、さぞ悲しむだろう」
紫音は苦笑しながら、視線を浴びて居心地悪そうな、その人物に声を掛けた。
「ハル!」
教室に入った時から、何とも言えぬ視線を受けていた。
保護者と言うには若すぎると自覚しているので、多少は覚悟していたのだが。
(……何でここまで見られるんだ)
白百合女子高校潜入の時と違い、一切負い目はない。
無いのだが、ここまでじろじろ見られると流石に居心地が悪い。
(参ったな……一旦外に出た方が良いか)
そんなことを考えていると、
「ハル!」
不意に聞き覚えのある声が掛けられた。
視線を向けると、そこには友人と並ぶ紫音の姿があった。
「あ、紫音。良かった、やっぱりここで間違い無かった」
ひょっとしたら来る場所を間違えたかと、本気で思い始めていた。
「お前が来たと言うことは……」
「うん、千景さんは急用が入ったらしくて、俺が代理だよ」
「そうか……」
ガッカリさせてしまっただろうか。
ハルは不安に思うが、
「来てくれて嬉しいよ、ハル」
笑顔で歓迎してくれた紫音に、ハルは少し安堵した。
「ねえねえ紫音ちゃん、あの人紫音ちゃんの親戚の人?」
「ん、……私の兄のような存在だよ」
嘘は言ってない。
本当の事を言って、混乱させる事も無い。
「えっ、じゃあ男の人なの?」
「そうだが」
「うわ~信じられない。あんなに可愛いのに」
驚く霞の同調するように、クラス中がうんうんと頷く。
「…………」
横目で見ても、ハルが凹んでいるのが分かる。
「正真正銘の男だ。頼りがいがあり、優しく勇気がある男だよ」
「えへへ、あのお兄さんは紫音ちゃんの自慢のお兄さんなんだね♪」
先程言ったことをそのまま返されてしまった。
紫音は少し言葉を止め、小さく頷いた。
教師が教室に入り、チャイムが鳴ると流石に騒がしさは収まった。
妙な緊張感が漂う空気の中、授業自体は滞りなく進む。
張り切りすぎて失敗する子等も居たが、それはそれで微笑ましい光景。
ハルが見守る中、紫音も積極的に手を挙げて授業に取り組む。
一時間の授業は、あっという間に終わった。
この時間が本日最後の授業。
保護者が見守る中ホームルームが終わると、
「え~この後保護者会がありますので、お時間のある方は是非ご参加下さい」
担任の先生が保護者に呼びかけた。
「ハルはどうするのだ?」
「俺の役目は授業参観代理。流石に保護者会は遠慮するよ」
「ふむ、なら一緒に帰るか」
紫音の提案に頷き、ハルは紫音と一緒に学校を後にする。
「しかし、参観日というのは面白いものだな」
「面白い?」
「家族の前では、友人達の何時もと違う姿が見れる。それが私には面白い」
「……悪かったな」
「何がだ?」
「家族が、千景さんが来れなくて、俺が代理で来ちゃって」
「……どうやら、私が勝手に思っていただけのようだな」
寂しそうに呟く紫音に、ハルは首を傾げる。
「私はもう、ハルや奈美、ハピネスのみんなを家族だと思っていたのだが……」
「……悪かった、妹よ」
ハルはポンと紫音の頭に手を乗せる。
それは、紫音の言葉を肯定するものだった。
「……そうだな、丁度帰り道に美味しい今川焼きが売っているのだが?」
「へいへい、俺の妹分は抜け目が無いね」
二人は微笑みを交わしながら、少し寄り道して事務所へと帰るのだった。
本当にオチのない(最近そうですが……)日常話でした。
授業参観って今もあるんでしょうか。
私が学生の頃は結構頻繁にあった気がしますが。
時代も変わってますからね。
ところで、すっかり寒くなりましたね。
作者の所では降雪+凍結の最強コンボが猛威を振るっております。
思い切り転んで打った肘が痛い痛い……。
皆さんもお気を付け下さい。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。