秋はとうに過ぎ去って
ハピネスに訪れた一人の来客。
その人物が告げた依頼とは……。
寒さが厳しくなってきたある日、事務所に珍しい来客があった。
「ほっほっほ、久しいのぅ」
「ええ、ご無沙汰しております。会長」
「…………ねえハル、誰だっけ?」
「気持ちは分かるが口には出すなよ。ほら、芍薬商店街会長の」
「ああ、格さん!」
おしい。
そっちは副会長だ。
「……うちの子が無礼を」
「構わん構わん。お嬢さん、儂の名前は水戸家光じゃよ」
「みっちゃんの方だったのね」
「「……うちの阿呆がとんだご無礼を」」
ハピネス一同は揃って頭を下げた。
「憶えて貰ってるだけありがたいのぅ。因みに格さんは別の仕事があって今回はおらんよ」
「それで、わざわざご足労頂いたと言うことは、何かの依頼ですか?」
「うむ……」
真剣な表情に切り替わったみっちゃん。
流石の貫禄で、ハル達の空気も一気に引き締まる。
「実はな、お前さん達に出て欲しい大会があるんじゃよ」
「大会……今度はサッカーですかね」
「ラグビーかもよぉ」
「ラクロスとか」
「ゲートボールなら少し嗜んでいるが」
「王道ならバスケだろう。因みに吾輩は全く出来ないがな」
好き勝手言うメンバーに、
「期待している所悪いが、スポーツでは無いぞよ」
みっちゃんは少し申し訳無さそうに告げた。
「となると、文化系ですか?」
「むぅ、分類するのが難しいが、どちらかと言えば身体を使う事になるのぅ」
まるでナゾナゾを出されたように、ハル達はあれこれ考える。
「それで、正解は?」
「うむ、実はは、お願いしたいのは、大食い大会への出場なんじゃ」
「……この時季にですか?」
外は寒々とした曇り空、今夜あたり雪が降るかも知れない。
「そうよねぇ、大食い大会ってぇ、大体味覚の秋にやるものだしぃ」
「わ、儂の心の中じゃ今は秋なんじゃよ」
紫音が無言で窓に歩み寄り、がらりと窓を開ける。
ヒュゥゥゥゥゥゥウ
暖房が効いた室内に、凍てつく空気が流れ込んできた。
「「ぬぉぉぉぉぉぉ!!」」
全員が身を縮こまらせ、慌てて暖房の前に移動する。
秋と言った手前、みっちゃんは応接ソファーから動かないが、
「…………冬、じゃな」
真っ青な顔でポツリと呟いた。
「結局、みっちゃんが開催するのを忘れてたのね」
「べ、別に忘れてた訳じゃないもん。ただ秋はイベントが多いから、みんな大変だろうと思って」
何故ツンデレ?
「いや、孫が何か困ったときは、こう言えば大抵好意的に解釈されると教えてくれてのぅ」
「……ケースバイケースですよ、それ」
「人も選ぶしねぇ」
「爺のツンデレなど、誰が喜………」
千景の手刀により蒼井はその場に倒れた。
「まあこの季節に開催する事情は分かりました。でも、大会に参加するだけではありませんよね?」
「ほっほっほ、流石に鋭いのぅ。お主達には、大会で優勝して貰いたいんじゃ」
「何故ですか?」
「実は……ここ数年、他の商店街から刺客が送り込まれてのぅ」
忌々しげに呟くみっちゃんを見て、ハル達は瞬時に悟った。
またいつものあれだと。
「優勝商品は、芍薬商店街の飲食店で使える十万円分の商品券なんじゃが、それをかっ攫われておるんじゃ。このままでは面子が丸潰れじゃよ」
「商品が随分豪華ですね」
「地域振興の為の企画じゃからな。食事のついでに買い物を、と期待してのことじゃが」
他の商店街の刺客が、そんな手に乗るわけもなく。
「純粋に損失だけが重なっていると」
「そうなんじゃ。このままでは企画自体が潰れてしまう。そこで、お主達の力を借りたい」
一同を見据え、深々と頭を下げるみっちゃん。
断る理由など何も無い。
何より、この依頼にうってつけの人材がいるのだから。
「ここは」
「勿論」
「誰が出るかはぁ」
「決まっているな」
「ハピネスで一番の大食いと言えば」
全員の視線は、ポカンとした表情を浮かべる奈美に集中した。
「へっ、私ですか?」
「あれ、乗り気じゃ無いのか?」
大食い大会と言われれば、真っ先に参加したがると思っていたが。
「えっとね、結局何をやる大会なのか分からなくて……」
「……ハル君」
頭痛を堪える千景に促され、ハルが簡単に説明する。
「どれだけ沢山ご飯を食べれるか競うんだ。勿論食べ放題で、優勝すればお食事券が貰える」
「やるわ!!」
理解してからは早かった。
瞳の奥に厚く燃える炎を宿し、奈美は力強く宣言する。
「……だ、大丈夫なのかのぅ」
「少なくとも、私達が出場するよりは、余程確実に優勝を狙えますよ」
一斉に頷く一同。
「よ~し燃えてきたわよ~。ハル、早速特訓よ」
「特訓?」
「今日の夕ご飯、いつもの十倍用意して!」
「……大丈夫そうじゃな」
かくして、奈美は芍薬商店街主催の大食い大会へ、出場する事となった。
そんなこんなで、大食い大会当日。
大会の会場では、まさに死闘と呼ぶに相応しい激しい戦いが繰り広げられた。
「両手に持ったフォークで、スパゲティを二皿同時に食べてるぞっ!!」
「あ、あれは……」
「知っているのぉ、千景ちゃん!?」
「古来よりイタリアに伝わる、『パスタ乱れ食い』。まさか使い手が居たなんて」
たんに両手利きなだけでは?
「こっちの奴は、ピザを丸ごと飲み込んだぞっ!!」
「あれは……」
「知ってるんですか、千景さん!?」
「古来よりイタリアに伝わる、『ピッツァ躍り食い』。既に途絶えた技術の筈ですが……」
途絶えたままでいて欲しかった。
「カレーをご飯ごと口に流し込んでるぞっ!!」
「あれは……」
「知っているのか、千景?」
「古来よりインドに伝わる、『カレーは飲み物』。都市伝説の類と思っていましたよ」
それ日本発祥では?
「豚の丸焼きを、一頭丸々いったぞっ!!」
「あれは……」
「知ってるの、千景ちゃん!?」
「古来より中国に伝わる、『中国四千年って言えば何とでもなる』。まさかこの目に出来るとは」
それは禁句ですって。
「か、かき氷を一切躊躇せず食べ続けてるぞっ!!」
「あれは……」
「知っているのか、女!?」
「古来よりマゾに伝わる、『痛みやがて快感に変わる』。理解できない感覚ですが」
貴方はSですものね。
他の商店街からの刺客、そして奈美。
人類の限界をおおよそ超えた化け物達の戦いは、熾烈を極めた。
あまりに馬鹿馬鹿しく、しかし極限まで鍛えられた技の数々に、観客達は呆れと関心が入り交じった(九割が呆れだが)歓声を送る。
「……大食い大会って、こんな凄いものだったんですね」
「正直甘く見てたわぁ。奥が深いわねぇ」
「だが、だがあり得ん。明らかに食べてる奴よりも、食べた量の方が体積が大きい」
「脳からの満腹信号を無視するなんて……なんて危険な」
「見事だな。一つの物を極めると言うのは」
奈美の応援に来たハル達も、目の前の光景に完全に圧倒されていた。
制限時間六十分以内に、多く食べた人が優勝。
シンプル故に、純粋な大食い力が試される。
そんなガチンコバトルを制したのは、
「もぐもぐもぐもぐ、美味しいな~♪」
ひたすら幸せそうな顔をして食べ続けた、我らが奈美だった。
優勝トロフィーと、食事券を誇らしげに掲げる奈美。
「俺は、正直今日ほどあいつが恐ろしいと思ったことはありません」
「多分だけどぉ、食べた量はトンを軽く超えるわよぉ」
「み、見てるだけでこちらが胸やけしそうだぞ」
「あり得ん…………何処にあれだけの質量を溜めると言うのだ……」
「胃下垂とか、そんなちゃちな物じゃ断じてないです。もっと恐ろしいもの……」
「もう私達には、奈美を止めることは出来ません」
諦め、恐怖、畏怖、絶望。
様々な感情が入り交じった視線で、ハル達は奈美を見つめるしか出来なかったのだった。
「ねえねえハル」
「何だ?」
「折角お食事券貰ったんだし、一緒に食事に行かない?」
「こ、これからか?」
「勿論よ」
「お前、あれだけ食べてまだ食べるのかよ!」
「ほら、昔から言うじゃない」
「何て?」
「美味しい物は別腹って♪」
ウインクする奈美は、本当に幸せそうだった。
因みに、来年以降大食い大会が開かれなかった事は、言うまでもない。
奈美の胃袋は宇宙……と言うと某方と被ってしまいますが、底なしです。
夕食だけとは言え、食事の面倒を見ているハルの財政が心配なところですが。
後半は、大分多くのパロディを入れてみました。
全部分かった方は……一緒に酒でも飲みながら語り合いたいです。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。