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小話《焼き芋をしよう》

秋の味覚と言えば栗、柿、そしてお芋。


これは今から少し前のお話……。


 ハピネス事務所に、甘い匂いが漂っていた。

 その発生源は、

「美味しいね、このお芋♪」

「伊達に商売してる訳じゃないな。やっぱりプロの技だ」

 焼き芋だった。


 先程、

『いしや~きいも~』

 とお約束の声と共に、事務所の下を焼き芋屋さんが通った。

 丁度夕方のお腹が空く時間帯とあり、満場一致で購入を採択。

 手が空いていたハルがひとっ走りして、人数分を入手してきたのだった。


「ふふ、味覚の秋を実感出来ますね」

「ふかし芋も良いけどぉ、やっぱり焼き芋よねぇ」

「疲れた脳に、甘い物が染みる」

「はふはふ……美味しいです」

 全員が一旦作業を止め、秋の味覚を堪能する。

 鈴木が入れたお茶を飲みながら、のどかな一時を過ごすことになった。

「これが……石焼き芋か」

「あれ、紫音は初めて食べるのか?」

「うむ、煮たり蒸したりした芋は食した事があるが、石焼き芋は初めてだ」

 初めての焼き芋を、紫音は嬉しそうにぱくつく。

 甘い芋がお気に召したようで、何度も頷いてみせる。

「……素晴らしいな。また一つ、視野が広がった」

「大げさだな……まあ、気に入ってくれたのなら良かったよ」

 ハルは感激する紫音に苦笑を浮かべる。

「それにしても、焼き芋屋なんて久しぶりに見たよ」

「昔は多く見ましたが、最近は数が減っている様ですね」

「ええ、昔は良くおやつに食べてよね」

「二人が言うと凄い説得力が…………何でもありません」

 学習したようだ。

 凄い目で睨まれた奈美が、すごすごと引き下がる。

「でも焼き芋ってぇ、自分で作ってもここまで美味しくならないのよねぇ」

 妙な空気を振り払うようにローズは話題を切り替える。

 これ幸いと、ハルもそれにのる。

「そうなんだよな。オーブンとかでも、やっぱり自然の調理法には適わないよ」

「蒼井さんなら、そういった装置が作れるのでは?」

「吾輩も研究した事があるが……やはり天然に勝る事はできなんだ」

「……役立たず」

 柚子のぼそっとした呟きは、運良く蒼井の耳に入ることは無かった。

 といいますか、相当期待してたんですね。

「ふむ、では焼き芋を食べるには、お店が来るのを待つしか無いのか……」

「そんな事無いわよ。たき火でお芋焼けば良いんだし」

「ほう」

 奈美の言葉に、紫音の目が輝いた。

 こちらも相当焼き芋の虜になっているようだ。

「詳しく聞かせて貰えるか?」

「えっとね、落ち葉とか集めて、火を点けて、そこに芋を入れて焼くのよ」

「昔は良くやりましたよね」

「やったわねぇ」

「やりましたね」

「ふん、懐古するのは年寄りの……ごぶぅ!!」

 トリプルコンビーネーションにより、蒼井は致命的なダメージを負い倒れた。

 口は災いの元。

 奈美も学習したのだし、蒼井もそろそろ憶えるべきだろう。


「たき火で焼き芋か……小学校の時にやった以来かな」

「…………」

「……やってみたいのか?」

 コクリ、と紫音は頷いた。

「ん~でも今は、その辺でたき火とか出来ないしな……」

「あら、それは問題ありませんよ」

 どうして、とハルは千景の顔を見つめる。

「美樹に許可を取っておけば、合法的にたき火が出来ますから」

「千景さんナイスです♪」

「こ、国家権力……」

「大規模なたき火じゃ無ければぁ、結構大目に見てくれるわよぉ」

「だとすると、近所の公園が手頃ですかね」

「自治会長に公園掃除の名目で話を通しておきましょう」

 トントン拍子で話が進んでいく。

 普段の依頼以上に、アクティブに動いているのは気のせいだろうか。


「――――許可が取れました。明日は日曜日ですので、丁度良いですね」

「朝からやればぁ、業務に支障も出なそうねぇ」

「なら今日中にお芋の調達をしておきますね」

 ハピネス年長三人組は、滅茶苦茶ノリノリだった。

 恐らく紫音以上に楽しみにしているのだろう。


 そして、日曜日にハピネス主催の焼き芋が開かれる事となった。



 この季節になると、朝は大分冷える。

 吐く息がうっすらと白くなる中、ハル達は公園に集合した。

「みんな集まりましたね」

「「は~い」」

 元気良く返事をするハピネス一同。

 数人の事務方以外は、全員参加していた。

「ではまず、この場所に落ち葉を集めましょう」

「結構ありますね」

 公園は、地面が見えないほどの落ち葉が敷き詰められていた。

 これを掃除するのはなかなか骨だろう。

「ん、てか千景さん、竹箒が見あたらないんですけど」

「持ってきてませんよ」

「へ? じゃあどうやって落ち葉を集めるんですか?」

「ハル君……こういう時は、裏技も許されるんです」

 どんな時なのだろうか。

 そんな疑問に答える事無く、千景は懐から扇子を取り出す。

「ふふふぅ、千景ちゃんの鉄扇術を見るのは久しぶりねぇ」

「て、鉄扇!?」

「鉄で出来た扇子?」

 その通りだ奈美。

 言葉通りだが。

「腕が鈍っていなければ良いのですが…………ふっ!!」

 千景が扇子をふわっと扇ぐと、周囲に風が巻き起こった。

 まるで舞うかの様に、千景は鉄扇を扇ぐ。

 風は徐々に強さと範囲を増していき、やがて公園中に竜巻が出現した。

「ななな、何だこりゃ?」

「千景さん凄~い」

 落ち葉は風に巻き込まれ、空中へと舞い上がる。

 そして、千景が動きを止めると、風は収まり、落ち葉は地面へとゆっくり落ちてくる。

 やがて公園内の落ち葉は、三つに分かれて積み重なった。

「ふふぅ、相変わらず見事ねぇ。秘技風殺陣ひぎふうさつじん

「ず、随分物騒な名前ですね」

「本来は葉っぱじゃ無くてぇ、刃をまき散らして広域の敵を殲滅する技らしいわぁ」

「……名前以上に物騒ですね」

「まあ、今はこんな事にしか使えませんけどね」

 千景は何事も無かったように鉄扇を懐にしまう。


「さて、自治会長との約束だった掃除は終わりました。次のフェイズに移行しましょう」

 ハル達は落ち葉の中に、芋を仕込む。

「結構です。では、最終フェイズです」 

「火を点ければ良いんですよね?」

「ええ。誰かマッチかライターを持っている人はいませんか?」

 しかし全員が首を横に振る。

「あれ、確か加藤は煙草吸わなかったっけ?」

「実はこの間から禁煙をしてまして」

 是非頑張って欲しい。

「ローズは何か火が着く物持ってないか?」

「う~んそうねぇ、チーフなら持ち歩いてるけどぉ」

 三十八口径の危険物など、絶対に使わないでください。

「柚子はどうだ?」

「爆発性の薬品なら携帯してますけど……」

 うん、それも絶対に止めてください。

 と言いますか、職質されたらやばい人ばかり揃ってますよね。


「ん~なんなら事務所までひとっ走り行ってきましょうか?」

「それには及びません。紫音、頼みます」

「……焼き芋のためだ、やむを得まい」

 不純な動機を口にしながら、紫音は懐からお札を取り出す。

「……南方の守護者よ……我が声に応えよ…………火気!」

 瞬間、ボッと札の先端に火が産まれた。

 それを積み上げられた落ち葉に着火させる。

「ふむ、これで良いだろう」

「紫音よ、今のは術なのか?」

「うむ。自然界の精霊から力を借りたのだ。今回は火の精だな」

 まさか火の精霊も、焼き芋の為に呼ばれるとは思わなかっただろう。


 何はともあれ、舞台は全て整った。

 立ち上る煙に、芋が焼ける良い香りが混じり、ハル達の食欲を刺激する。

 やがて程良く焼けた芋が、一同の手に渡る。

「それでは」

「「いっただきま~す♪」」

 初冬の青空に、ハピネスの元気な声が響き渡った。


 昔ながらの手法で焼かれた芋は絶品。

 あっという間に平らげて、次の落ち葉で再び芋を焼く。

 寒空の中だが、身体も心もポッカポカだった。


 そして、最後の落ち葉に火が点けられた時だった。

「あ、そうだ。私家から持ってきた食べ物あったんだ。入れちゃうわね」

 奈美は鞄から何かを取り出すと、落ち葉の中に放り込んだ。

 ガサガサガサと細かい物が複数投入される。

「何を入れたのだ?」

「えへへ、家から送られてきた秋の味覚よ♪」

 微笑む奈美だが、紫音以外は嫌な予感がしていた。

「あのな、奈美。一応聞くけど、今入れたのって……」

「聞いて驚きなさい、秋の味覚の代表格、栗よ!」

「「何だってぇぇぇぇ!!」」

 絶叫するハル達。

 だが、全ては遅かった。


 シュポォォォン

「ぐわぁぁ!!」

 シュポポォォン

「ぬおぉぉぉ!」

 シュポォォン

「ふげぇぇ!!」

 たき火から弾け飛ぶ栗の攻撃に、ハピネスの面々は次々に撃沈していく。

「加藤ぉ、吉田ぁ、佐伯ぃ!」

「「む、無念です……」」

 ハピネス若手男子三人集が、最初に犠牲となった。

 それでも栗の猛威は止まらない。

 シュポポポポン

「ぐふぅぅ、げへぇぇ、がはぁぁ、ごぶぅぅ、ひぎぃぃ、めたぁぁ、ひでぶぅぅ!」

 次に狙われたのは蒼井。

 これでもか、とばかりに集中砲火を浴びている。

「ぐ、ぐぅ、ここまでか…………がぁぁぁ、ごぉぉぉ、ひぃぃぃ」

 倒れた蒼井に、容赦なく栗は襲い掛かる。

「もう止めろ。蒼井のライフはもうとっくにゼロだ!」

「あ、甘く見るな。この蒼井賢、たかが栗ごときに敗北など……ぐわぁぁぁぁ!!」

 本当に口は災いの元だ。

 調子に乗って立ち上がろうとしたために、蒼井はマシンガンの様な一斉射をその身に受けた。

 今度こそ、完璧に、蒼井賢は大の字に倒れた。

「倒れるときは仰向けに……ドクターも男の意地を見せましたね」

「んな呑気な事言ってる場合じゃないでしょ!」

 蒼井を満足行くまでうち倒した栗は、周囲にいる全員に攻撃を仕掛けてきた。

 全方位に栗が弾け飛ぶ。

「「うわぁぁぁ!!」」

 襲い掛かる栗に、右往左往する所員達。

 そんな中、

「……ふっ!」

 千景が鉄扇で栗を弾き飛ばし、

「ていやぁ!」

 ローズがサバイバルナイフの柄で栗を防ぎ、

「はぁ!」

 奈美に至っては拳で熱された栗を殴り飛ばし、

「守護障壁展開!」

 紫音はチートな術を使って完全防御をしていた。


 ハル達は匍匐前進をしながら、四人の後ろに逃げ込む。

 まるで戦場の最前線さながらの防衛戦は、栗の球切れを持って終わりを告げるのだった。


「失神四名、軽傷六名、焼き栗二百七十五個。これが貴方の行動の結果です」

「あれ、二十五個どっか行っちゃいましたね?」

「「反省しろ!!」」

 ハル達は焼き栗を食べながら、一斉に奈美へ突っ込んだ。



 こうして、ハピネス主催の焼き芋は、多大な犠牲を払って終了した。


「なあハルよ、私は今、とても楽しいよ」

「そんなに芋美味しかったか?」

「……それもあるが、こうして皆で騒ぐのが、とても楽しいのだ。おかしいのだろうか」

「いや…………それで良いよ」

 ハルは優しく微笑むと、紫音の頭をポンポンと叩くのだった。

 


はい、そんな訳で一つ前の季節、秋のお話でした。

実は夏に執筆して以来、何故か放置されておりまして。

この機会に投稿させて頂きました。


焼き芋、美味しいですよね。

味覚の秋は増量の秋でもあるので、あまり食べられませんが(苦笑)。



次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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