幸福をもたらす呪い
事務所で何やら悩んでいる紫音。
どうやら、とある道具が原因らしいが……。
とある日。
ハルと奈美がハピネス事務所を訪れると、
「む~」
難しい顔をしている紫音が居た。
腕組みをしながらソファーに座り、何やら考えている様だ。
「お~い紫音、どうしたんだ?」
「む、ハルと奈美か」
「考え事?」
「……少々厄介事があってな」
そう言うと紫音は、机の上に載せられた木箱を指差す。
「何これ?」
「除霊の依頼とかか?」
「当たらずとも遠からず、だな。曰く付きの品には変わりないが」
紫音は木箱の蓋を取る。
中に収められていたのは、
「うわ、何それ。動物の手?」
「猿……かな?」
猿人類の物によく似た、二十センチほどの腕だった。
「ああ。……二人は、『猿の手』という物を知っているか?」
「背中を掻いたりする奴?」
「そりゃ孫の手だ」
こんな物で掻いた日には、背中が血まみれになるだろう。
「古から伝わる、呪いの品だ。持ち主の願いを、どんな物でも三つ叶える事が出来る」
「凄いじゃない。でもどうして呪いなの?」
「願いを叶える為に、大きな代償を払う事になるのだ。それも、自他問わずな」
「……昔、そんな名前の怪談を聞いたことがあるぞ」
ハルは朧気な記憶を探り、簡単に話す。
ある夫婦の元に、猿の手が渡った。
夫婦は願い事に、お金を求めた。
願いは叶った。が、それは息子が事故で死んだ慰謝料としてだが。
悲しんだ妻は、息子を蘇らせてくれと願った。
願いは叶い息子は蘇った。事故でぐちゃぐちゃになった身体で。
夫婦は絶望の中、息子を墓に戻してくれと願った。
願いは適った。そして全ての願いを叶えた猿の手は、何処に消え果てていた。
残ったのはお金と、絶望だけだった。
「こんな感じだったと思うけど」
「……その通りだ。恐らくこの『猿の手』から作られた、実話なのだろう」
「何というか、救いようの無い話ね」
「願いを叶える為に対価が必要と言うのは、良くある話だ。だがこれは、少々悪質でな」
紫音は嫌悪感を露わにして告げる。
「今に至るまで、数え切れぬ願いを叶え、そして同じ数だけ不幸をまき散らしてきた」
「……で、どうしてそんなやばい代物がここに?」
紫音が願いを叶える為に用意したとは思えない。
ならば当然、その疑問が浮かぶ。
「とある大富豪から押しつけられた。処分して欲しいと」
何でも、その家は遺産相続でドロドロだったらしい。
その中の一人の男が、猿の手を得て願った。
『遺産を独り占めしたい』
願いは叶った。
男以外の相続者が、奇妙な事故死を遂げたという形で。
そして男は猿の手を処分しようと考えた。
あらゆる方面で情報を集め、ハピネスに依頼をしたのだった。
「その人、罪に問われないの?」
「警察も調べたが、原因不明の事故死として処理されたらしい」
「何ともやりきれない話だな」
結果的に、ずるをした人間が得をする形になった。
あまり気分の良い話ではない。
「でも反省したんじゃない? 処分したがったんだし」
「……だと良いけど、聞いた感じじゃ違うだろうな。恐らく……」
「ああ。願いを叶えた猿の手が自分の元を去り、いつか誰かが叶えた願いが、自分を不幸にするんじゃ無いかと不安に思ったらしい」
依頼人と直接会った紫音が言うなら、多分そうなのだろう。
ますます持ってやりきれない。
「紫音は受けたの?」
「経緯はどうであれ、こんな呪われた品が存在する事は、何としても止めたいからな」
それにはハルも賛成だ。
願いを叶えると言うより、不幸を呼ぶ呪いの品。
一刻も早く、消してしまった方が良い。
「じゃあパパっとやっちゃえば?」
「……そう思ったのだが、無理だった。私の力が及ばぬ程、恐ろしい力が込められている」
「燃やしたらどうだ?」
「物理的な方法は効果が無い。霊的に消滅させる必要があるが……」
数百年以上も願いを叶え続け、人に不幸を与えた呪い。
それは、負の力となって猿の手に力を与え、人が祓える力を遙かに超えていた。
「と言うわけで、どうしたものかと考えていたのだ」
「ん~~」
一緒になって考えるが、素人のハルが妙案を思いつく筈もなく。
良い案が出ないまま、時間だけが過ぎていった。
「…………本家に頼るしかないか」
「本家って、紫音の実家か?」
「ああ。結城の家は退魔の総本山でな、私よりも優れた退魔師が居る」
「随分嫌そうな顔してるけど?」
「あまり良い思いは無いし、私は厄介払いされた身だからな。少々考える事はある」
紫音は平静を装うが、望んで居ないことは明らかだ。
詳しい事情を聞いてみたいが、興味本位で聞くことでもないとハルは話題を切り替える。
「それで、その本家の人達なら除霊出来るのかな?」
「……厳しいだろうな。だが、本家には大量の文献があるから、あるいは良い方法があるかも」
紫音は険しい顔で答える。
それが望み薄な事を分かっているのだろう。
「現状で打つ手が無い以上、あらゆる手段を試すしかないだろうな」
「そうか……オカルトの話じゃ、俺達は力に無いな」
「いや、話を聞いて貰っただけでも助かった。お陰で頭が整理できたからな」
気遣う様に紫音はハルに告げる。
「ねえ、そんな難しい事なの?」
「お前は何を聞いてたんだよ」
「ようは、この手を消しちゃえば良いんだよね?」
「そうだが、物理的には無理だ。霊的な力でも除霊は難しい」
今までの話を理解して無かったのだろうか。
「あのね、この手はどんな願いも叶えてくれるんだよね?」
頷くハルと紫音。
「だったらさ……」
奈美は猿の手を右手に持つと、
「二度とこの世に出てこない様に、消滅しちゃえ」
制止する間もなく願いを告げてしまった。
すると、
ジュワァァァァァァ
猿の手は青白い炎に包まれ、あっという間に消滅してしまった。
「ほら、簡単でしょ?」
「な……こんなのアリかよ……」
「他者の不幸によって、持ち主の願いを叶える……確かにその願いなら……」
盲点だった。
最もシンプルな手段故に、見落としていた。
「これにて一件落着ね♪」
ニコっと笑う奈美。
呪いの道具『猿の手』は、自らの力によってその存在を消滅したのだった。
「でも、数百年もどうして誰も気づかなかったんだろうな?」
「願いを何でも叶えてくれる、と言われたら、普通の人は私欲を優先するだろうからな」
「ああ。それが他人の不幸の上に成り立つとしても……」
「気にしないだろう。人間の大罪に、強欲と言うものがあるくらいだ」
七つの大罪。
人間は生きている限り、それから逃れる事は出来ない。
「私は奈美を賞賛するよ。数百年の呪いを、あっさりと終わらせたのだから」
「……脳天気なだけだよ」
「ふふ、かも知れないな。まあ、無事依頼は完了した。お礼にご飯でも奢ろう」
「…………やっぱり、七つの大罪からは逃れられないみたいだよ」
七つの大罪の一つ、暴食。
それを奈美は、これから体現することになる。
猿の手は結構有名なオカルト話ですね。
色々なアレンジをされて、あちこちに顔を出しているので、似たような話を聞いたことがある方も多いのでは?
根本で同じなのは、『他者の不幸によって幸せがもたらされる』の一点です。
想像では何とでも言えますが、実際自分の手元にあったとしたら……。
私は奈美の様な行動は取れないでしょうね。
そろそろ仕事が落ち着いて参りました。
少しずつですが、更新ペースを上げていこうと思います。
連日更新は先になると思いますが、少しずつ……。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。