表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/130

奈美の父親

ハピネス事務所に現れた一人の男性。

どうも依頼主ではないようだが……。


 とある日。

「失礼する」

 ハピネスに、一人の男性が訪れた。

 茶色の着物を着た、恰幅の良い男。

 綺麗に整えられた髭と、鼻筋に走る一筋の傷痕。

 鋭い眼光を放つ瞳は、明らかに堅気とは違う雰囲気を醸しだしていた。

「いらっしゃいませ。ようこそハピネスへ」

 鈴木が何時も通りの挨拶をする。

 例え相手が何者でも、対応を変えることはしない。

 ハピネスのルールだった。

「ご依頼でしょうか? それでしたら私がお伺いしますが」

「気遣いは無用だ。私は客では無い」

「……失礼ですが、当社にどの様なご用でしょうか?」

「ここで、早瀬奈美が働いていると聞いたが、本当か?」

 男は威厳溢れる声で、鈴木に尋ねる。

「はい、確かに早瀬奈美は当社の所員です」

「……今何処にいるか教えて貰おう」

「失礼ですが、どの様なご関係でしょうか?」

「答える義務はない」

 バッサリと男は鈴木の質問を切り捨てる。

 かなり横暴な態度だった。

「申し訳ありませんが、関係を証明して頂かなければ、お教えする訳には参りません」

「ほう、私にその様な口を聞くか」

 ギロッと男は鋭い眼光で鈴木を睨み付ける。

 しかし鈴木は動じない。

「はい。当人の関係者以外には、お教えする事は出来ません」

「良い度胸だな、娘」

 一触即発の緊迫した空気が事務所に流れる。

 その時だった。

「これはこれは、珍しいお客様ですね」

 所用で席を外していた千景が事務所に戻ってきた。

 途端に事務所員達が安堵の表情を浮かべる。

「君か……」

「ええ、ご無沙汰しております」

 千景は慇懃な態度で一礼する。

「こうして直接お会いするのは、何年ぶりになりますか……」

「君と世間話をするつもりは毛頭無い」

「それは失礼を」

 男と千景の間に、微妙な空気が流れる。

「あの、所長。この方は?」

「この人は、早瀬嵐蔵はやせらんぞう。奈美の父上です」

 ハピネスに、文字通り嵐がやってきた。



 応接スペースに、嵐蔵と千景が向かい合って座る。

「それで、どの様なご用件でいらっしゃったんですか?」

「父親が娘に会いに来るのに、理由が必要か?」

「では彼女の家に行かないのは何故ですか?」

 千景の問いに、嵐蔵は僅かに眉をひそめる。

 その様子を見て、千景は瞬時に理解する。

「どうやら、凪様には無断で来たようですね」

「そ、そんな事はないぞ。ちゃんと許可は貰ってきた」

 千景の発した言葉に、嵐蔵は分かりやすいほど動揺を露わにする。

 それが千景の言葉を肯定していた。

「凪様なら、奈美の住所を知っているはずなのですが……」

「ちょ、ちょっと聞き忘れただけだ」

「では今から聞きましょうか。何なら私から連絡を……」

「しなくていい! しなくて良いから!」

 身を乗り出して必死に千景を制止する。

 さっきまでの威厳は何処へやら。 

 すっかり情けない親父に早変わりしてしまった。


「では、奈美に会いに来た理由を改めて伺いましょうか?」

「だからさっきも言った通り……」

「貴方が理由もなく奈美に会いに来る筈無いですよね? それも凪様に黙って」

「むぅぅ」

「聞かせて貰いましょうか。理由を」

 千景は携帯電話をちらつかせて、嵐蔵に詰め寄る。

 何時でも連絡出来るんだぞ、と言う意思表示に、嵐蔵は観念した。

「実は……」

「こんにちわ~」

 バッドタイミング。

 嵐蔵が口を開いた瞬間、事務所に奈美がやってきてしまった。

 奈美は挨拶を交わしながら依頼掲示板へと向かおうとして、

「……お父さん?」

 ソファーに座る嵐蔵に気が付いた。

「おお奈美よ。久しぶりだな」

「どうしてお父さんがここに居るのよ」

 奈美は胡散臭そうな目で、父親を見据える。

「丁度その話をしていた所です。奈美もこっちに座りなさい」

 千景の言葉に従い、奈美は千景の隣に腰を下ろす。

「それで、一体何の用があって来たのよ?」

「……奈美よ。お前ももう十六才になったな?」

「?? 何よいきなり。まあ確かにそうだけど」

 ハピネス全員で盛大にパーティーをして貰ったので、忘れる筈がない。

「十六と言えば、もう結婚できる歳だ」

「……まさか」

「単刀直入に言おう。お前、お見合いをしろ」

「嫌よ!」

 即答だった。

「奈美、私はお前に命令しているのだ」

「だれが聞くかって~の。べ~っだ」

 アッカンベーをして奈美は明確に否定の意思を示す。

「何故だ。この縁談は、お前にとって良い話なのだぞ」

「何言ってるんだか。私にじゃなくて、早瀬家にとってでしょ」

「……否定はしない。だがやがてお前の為にもなるんだ」

「嫌ったら嫌。絶対にお見合いなんかしないもんね」

 徹底抗戦の姿勢を取る奈美に、嵐蔵は顔をしかめる。

「どうしてそこまで嫌がる…………まさか」

 ふと何かに気が付いたように嵐蔵はハッと目を見開く。

「お前、誰か好きな人でも出来たんじゃ無いだろうな?」

「なっ、何言ってるのよ。別にそんな事……」

 顔を赤くしてもじもじする奈美。

 バレバレの態度だった。

「何という事だ…………幼少より男を寄せ付けぬよう、手を打っていたというのに……」

「残念ながら、貴方の仕込んだそれは、既に修正してますから」

「何だとぉぉ! 貴様か、貴様がやったのか!」

「いえ……違います。とある男の子、とだけ言っておきましょうか」

「ぬぉぉぉぉぉぉ!!!」

 嵐蔵は髪の毛をかきむしり絶叫する。

「認めん、認めんぞ。私は絶対に認めないからなぁぁぁ!!」

「別にお父さんに認められなくてもいいし」

「こうなったら、早瀬家の総力を結集してその男を……」

 瞬間、空気が変わった。

 嵐蔵は背筋がゾッとするほどの、威圧感を感じる。

「……お父さん。もしハルに手を出したら………本気で潰すよ」

「ぬ、う……うう」

 奈美の純粋な怒りを受けて、嵐蔵は何も言葉を紡げなくなってしまう。

 長い無言の時間。

 それを破ったのは、千景の携帯電話だった。

「あら、ちょっと失礼…………どうもご無沙汰しております」

 千景は電話の相手と二言三言会話を交わして、

「嵐蔵さん、貴方に変わって欲しいと」

 冷や汗を垂れ流す嵐蔵に携帯を手渡した。

 怪訝な顔で携帯を受け取ると、嵐蔵は耳にあてる。

「もしもし……」

『私です』

 受話器から声が聞こえてきた途端、嵐蔵の顔が恐怖に引きつる。

『色々聞きたいことがありますので、至急戻って来なさい』

「い、いや……その、こっちにも事情が……」

『聞こえませんでしたか? 戻ってきなさい』

 有無を言わせぬ絶対的な声。

 嵐蔵に出来ることは、

「……はい、直ぐに」

 素直に従うことだけだった。



 嵐は去った。

「全く、あの人は変わりませんね」

「本当ですよ。里帰りしなくて正解でした」

「その事ですが……凪様が会いたがっていましたよ」

「お母さんが? じゃあさっきの電話は」

 頷く千景。

「黙って来たみたいですし、相当お仕置きは激しくなりそうですね」

「良い薬ですよ。寄りにも寄ってハルに手を出すなんて……」

 ご立腹の奈美。

 自分のこと以上に怒りを憶えているようだ。

「まあ、当分は平気だと思いますよ。凪様もご立腹の様でしたから」

「そうですね。お母さんが本気で怒ったら、お父さんなんてイチコロですもん」

「ええ」

 こうして、奈美のお見合い未遂は終わりを告げた。




 

奈美の父親初登場です。

話題自体は、大分前から出ていましたけども。


イメージは某美食倶楽部のあの人です。それを大分柔にした感じで。

本編で分かると思いますが、弱いです。

立場的な意味もありますけど、実力的にも圧倒的に弱いです。

多分、ハルとガチンコしたら負けるんじゃないでしょうか。


奈美が抱えていたアレは、全てこの親父が原因です。

娘が大切と言うのもありますが、それ以上に良い縁談を結ぶまで男に近寄らせない目的がありました。

とんだ迷惑親父ですね。


奈美の母親についても、名前が出てきました。

物語の転換期に登場願うつもりです。



丁度今頃から、十二月中旬くらいまでが、仕事の忙しさのピークです。

それを過ぎてしまえば、更新ペースもあげられるかと。


次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ