男嫌いを治しましょう(3)
今回は後日談となります。
依頼の報告を千景にするハル。
果たして無事に達成できたのか。
「……と言う事です」
「なるほど、少し驚かされました」
「男性恐怖症じゃ無かったことですか?」
「それもありますが……まさかこんなに早く解決してくるとは思いませんでした」
「まあ、幾つかの偶然が重なりましたから」
ハルは苦笑いで答える。
依頼を受けてから一週間後。
ハルはハピネス事務所に出向き、依頼の報告をしていた。
予想外のスピード解決に、流石の千景も驚きを隠せないようだ。
「それにしても、早瀬の家にも困ったものです」
「確かに。娘を守るためとは言え、男性を無条件で攻撃する様に仕込むなんて」
「まあ、あの父親ならやりかねませんね」
「知り合いなんですか?」
「少々付き合いがありましたので」
千景は呆れたように言うと、コーヒーを啜る。
それに合わせるように、ハルも手元の緑茶を傾ける。
「では確認しましょう。奈美のアレは治りましたか?」
「……定義にもよりますが、少なくとも男を無意識で攻撃する事は無くなりました」
あの日から、ハルは奈美の訓練に奔走した。
まず男と近づいても大丈夫なように、繁華街を歩き慣れていく。
二日かけて、男が近づいても攻撃を抑えられるようになっていった。
その後は触られても平気にするため、ハピネスに男性所員を借りる依頼を出した。
ハルは問題ないが、流石に他の男は抵抗があったらしい。
かなりの数の犠牲を出しながら、訓練は続けられた。
そして一週間が経った頃には、ほぼ完全に条件反射を抑えられるようになっていた。
「先程、私の方でも確認しました。確かに男性に触れられても攻撃しませんでしたね」
「……俺の報告では信用出来ませんでしたか?」
「気を悪くしたのならごめんなさい。どうも用心深い性格ですので」
「別に気にしてませんよ。でもこれでハッキリしましたね。奈美はもう普通の女の子です」
「ええ。私の依頼は見事完了となります。ご苦労様でした」
千景の言葉に、ハルはホッと胸をなで下ろす。
色々あったが終わりよければ全てよしだ。
「それにしても……ハル君もなかなかやりますね」
「? 何がです?」
ニヤリと笑いかける千景。
「あの子の為に一週間付きっきりだったんでしょ? 大学があるのに」
「大学は今冬休みですから。精々ゼミの講義がたまにあるくらいですよ」
「それに、いつの間にかあの子の事名前で呼んでますし」
「……訓練を通じて打ち解けたんです。友達を名前で呼ぶのは普通ですから」
「友達、ね~」
嫌らしい笑みを浮かべる千景。
どうにもマズイ方向へ話が向かっているようだ。
ここは流れを変える必要がある。
「それよりも、この依頼の報酬ってどうなってるんです?」
確か成功報酬は要相談となっていたはず。
この一週間他の仕事をしていなかったので、そこそこの額を期待したい所だが。
「勿論ありますよ。色々考えたんですけど……これなんかどうでしょう」
千景はそっとハルの前に一枚の写真を差し出す。
一体なんだとそれに視線を向けて、ハルは硬直した。
「よく撮れてるでしょ?」
「な……ど、どうして……」
「駄目ですよハル君。壁に耳あり障子に目あり、何時でも周囲に気を配らなければ」
「ずっと……見張ってたんですか?」
「さて何の事やら。とにかく今回の報酬は、この写真で如何ですか?」
「俺がこんな脅しに屈するとでも?」
「ご家族は欧州旅行中らしいですね。今は確か……イギリスにいるそうですよ」
「報酬、確かにお受け取りしました!」
ハルは全力で頭を下げて写真を懐に仕舞い込んだ。
もしこれが家族の目に触れたら、と言うより秋乃の目に触れたら、洒落にならない。
下手をしなくても生命の危機が訪れる。
「はい、では確かに。これからも頑張って働いて下さいね」
「……努力します」
千景の悪魔のような微笑みに、ハルは力無く頷くしか無かった。
「……まだまだ甘いですね」
ハルが事務所を出ていった後、千景は自分の執務机で小さく呟く。
引き出しを開けると、そこには一つのネガが入っていた。
「写真とネガはセットで受け取るのが定石ですのに」
取り引きする際、重視するのは寧ろネガだ。
ネガがある限り写真など幾らでも現像出来るのだから。
「まあこれを使う機会なんて無いとは思いますけど、一応ね」
用心深い性格だとは自他共に認めている。
役に立つか分からないが、手元に置いておきたくなってしまうのだ。
「それにひょっとしたら、大切な思い出になるかも知れませんし」
そっとネガを蛍光灯に透かしてみる。
うっすらと映し出される光景。
そこには、ハルと奈美が抱き合っている姿がハッキリと写っていた。
こうして「奈美の男性恐怖症改め、条件反射克服」は無事解決した。
その為に払った犠牲が予想以上に大きかったことを、ハルはまだ知らないのだが。
奈美がメインの話なのに、最後にまさかの未登場。
ひとまず、これで奈美の条件反射は無事に解消されました。
他のキャラと絡ませ易くなって助かりました(本音)。
小話を一つ挟み、次のキャラ紹介へ入ります。
投稿ペースは少々不定期になってます。
予定しているキャラが全部登場するまでは、一気に行きたいと思います。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。