プロローグ1《御堂家の人々》
本小説をご閲覧頂き、誠にありがとうございます。
この作品は、とある便利屋の日常を描いたコメディー作品です。
実在する便利屋ではなく、何でもやるぜ、と言うフィクションですので、現実感やシリアスを求める方にはお薦め出来かねます。
オッケーだよ、と言う方は、どうぞ末永くお付き合い下さい。
注:本作品のキャラクターは、作者の前作「悪の組織はじめました」と大部分被っております。設定などを一新しておりますので、初めての方でも問題なくお読み頂けますが、興味がおありでしたら、そちらも読んで頂けたら幸いです。
ハルは困っていた。
とてつもなく困っていた。
どれくらい困っているのかというと、
「お金もねぇ、家もねぇ、食料もねぇ、携帯もねぇ……」
某歌手も真っ青なほどだった。
途方に暮れ、一人行く宛もなく街を歩くハルを、風は容赦なく吹き付ける。
寒い。
身体を縮こませながら、ハルは寒さに耐える。
「何で……こんな事に」
本当なら、今頃暖房の効いた家で、だらだらとテレビを見て、ご飯が出来るのを待つ。
そんな何不自由ない生活を送っているはず……だったのだ。
だが、運命の歯車は急に反転を始めた。
ハルの意思を完全に無視して……。
一時間前。
大学の講義を終えたハルが家に戻ると、
「ハルちゃんお帰り~」
「おう、戻ったか」
「お兄ちゃん、お帰りなさ~い」
何故か家族全員にお出迎えされた。
「あ、ああ、ただいま。……今日、何かあったっけ?」
戸惑いながらハルは尋ねる。
ハルの家、御堂家は大変なお祭り好きだった。
家族の誕生日や、クリスマスなどのイベントには必ず盛大なパーティーを開く。
だが、ハルの記憶では、今日は何も無かったはずだが。
答えを得られぬまま、ハルはリビングへと連れて行かれた。
「それで、一体なんなのさ?」
リビングのソファーに座り一息つくと、ハルは家族に尋ねた。
「実はね~、パパからちょっと大切なお話があるらしいのよ~」
ほんわか間延びした口調で、母親の菜月が答える。
栗色のショートヘアに、大きな瞳。非常に小柄な身体。
小学生じゃないか、と良く思われるが、歴とした二児の母親だ。
「大事な話?」
菜月の言葉に、ハルは訝しむ様に目を細める。
「な~に、そんなに心配するな。大したことじゃない」
笑いながら答えるのは、父親の冬麻。
海賊か山賊、と言われれば納得してしまう風貌。
二メートルを超える筋骨隆々の肉体。気は優しくて力持ち、がピッタリの漢。
「ふ~ん、でなにさ」
冬麻の言葉に、ハルはいささか気楽に尋ねる。
「うむ、実はな…………ハル、お前家を出ろ」
「…………は?」
非常に大したことだった。
「ちょちょ、ちょっと待ってよ。一体どういうことさ」
混乱したハルは、思わずソファーから立ち上がる。
聞かされていなかったのか、菜月と秋乃も驚いた様に目を見開く。
「少し落ち着け。男がそう簡単に取り乱すんじゃない」
「簡単な事じゃ無いから取り乱してるんだよ」
「分かったから。とにかく座れ。そんなんじゃ説明も出来ない」
冬麻に諭され、ハルはひとまずソファーに座る。
「全く、落ち着きが無いのはガキの頃から変わらんな」
「もう~、パパがいきなり過ぎるからよ~」
「そうか? うむ、少々性急だったかもしれんな。では、順を追って話そう」
菜月に窘められた冬麻は、コホンと咳払いを一つ。
「ハル、お前ももう二十歳になったな」
「……お陰様で」
「二十歳と言えば、名実共に大人だ。もう一人暮らしをしても良い頃合いだ」
「……うん、それは分かる。でも、何でこのタイミングで言うの?」
ハルの誕生日は九月。
今は二月。
何故に半年近く経った今、そんな話が出るのか、ハルは理解できなかった。
「無論理由がある。……秋乃だ」
「秋乃?」
ハルは先程から沈黙を続けている妹へ、視線を向けた。
秋乃はハルの五つ下の妹だ。
黒髪のロングヘアー、漆黒の瞳に、白く透き通った肌。
紛れもない美少女だろう。
子供の頃からハルとそっくりで、それはこの年になっても変わらず、双子と良く間違われる。
秋乃に比べハルは若干中性的な顔立ちで髪も短いが、背格好も殆ど同じだった。
そんな妹が、何故ハルが家を出る理由になるのだろうか。
「秋乃がどうしたんだよ?」
「お前も知っての通り、秋乃は先日女子高に見事合格した」
勿論知っている。
何せ合格発表の日は、夜通しで祝勝会が開かれたのだから。
「知ってるけど、それが何?」
「それで、だ。今日俺とママは、秋乃の制服あわせに行って来た」
「うん。それで?」
「可愛かった」
「…………はい?」
思わず聞き返してしまう。
この親父は何を言っているのだろうか。
「可愛かったんだよぉぉぉ。誰が何と言おうと可愛かったんだぁぁぁぁ…………ぐべぇ」
「パパ、少し落ち着いてよ~」
菜月が手に持っていたお玉がへし曲がる程の力で、冬麻の喉元を強打する。
……母さん、そこ人体急所です。
「うむ、すまんな。少し思い出して興奮してしまったようだ」
「も~パパったら、相変わらず秋乃ちゃんの事大好きなんだから♪」
ケロッとした様子の冬麻の鼻先に、菜月はそっと人差し指を当てる。
夫婦のいちゃつきぶりと、人外ぶりにハルはすっかり辟易する。
「さて何処まで話したか…………とにかく、お前出ていけ」
「話飛びすぎだよっ! てか今の話と何が関係あるんだよ!」
「……ふ、分からんのか?」
急にきざったらしく冬麻はハルに問いかける。
勿論分かるはずもない。
「いいか、秋乃は可愛い。それはお前も認めるところだろ」
「ん……まあそうだな」
自分とそっくりなので若干複雑な気分だ。
だが、世間様から見えば充分可愛いと呼ばれるだろう。
「そう、秋乃は可愛い」
「大事なことでも二度言うな」
「……だからこそ問題なのだ」
ハルを華麗にスルーして冬麻は続ける。
「そんな可愛い秋乃と、お前が一つ屋根の下で生活する。……どうなると思う?」
「どうもしないだろ」
「い~や、何も無いわけが無い。お前も若い男。年頃の秋乃に劣情を……」
「ある訳ねえだろ!! 秋乃は血の繋がった妹だぞ!!」
何より今日の今日まで一緒に生活していたはずだ。
ハルは父親に良い病院を紹介しようと、真剣に思い始める。
「だがお前はさっき可愛いと認めたではないか」
「それは妹としてだ。大体妹に欲情する奴なんていねぇよ」
「…………ふっ。これを見てもそう言えるか?」
意味深に鼻で笑う冬麻は、ソファーの影から大きな袋を取り出す。
そして、机の上で袋を逆さにし、中身を机に出していく。
机の上に現れたのは、エロビデオとエッチなゲームの数々。
それも全て、妹を性の対象としたものだった。
「このクソ親父!! 何てもの出してんだよっ!!」
「見ての通り、十八才未満お断りの品々だが」
「十八才未満の秋乃が居るだろがよっ! とっとと片づけろ!」
「お兄ちゃん……これって……」
「見ちゃいけません!!」
まるでお母さんのような口調で、秋乃の目を遮るハル。
当の秋乃は顔を真っ赤にしながらも、興味津々の様子だった。
冬麻はそれらを再び袋に戻すと、ハルに向き直る。
「と、言うことだ」
「全然わかんねえよっ!!」
「何時、これらの様な事が起こるかわからん。ならば、悪い芽は摘んでおくに限る」
「芽どころか、種も埋まってねえよっ!!」
ぜえぜえと肩で息をするハル。
「ならば、どうしても出ていくつもりは無い、と?」
「一人暮らしはいいよ。でもこんな急に、しかもこんな理由じゃ嫌だね」
徹底抗戦の構えを見せるハルに、冬麻は思案顔。
「……どう思う、ママ?」
「大丈夫だと思うわよ~。二人ともとっても仲良しだし~」
「それが心配なんだ。いつ最後の一線を越えてしまうか、考えただけで……」
頭を抱える冬麻。
寧ろ貴方の頭が心配です。
「大体、この年になって一緒の部屋というのが、そもそもおかしいだろう」
「……それは俺も思うけど」
ハルと秋乃は、同じ部屋で生活していた。
秋乃が小学校に入る頃、別々の部屋になるはずだったのだが、
「お兄ちゃんと一緒じゃなきゃやだやだやだ~」
と秋乃が大泣きしたため、やむなく中断。
そのまま今に至っていた。
「部屋のことは秋乃に言えよ。俺は別々の部屋になるのは賛成なんだから」
「……秋乃。お前も高校生になるんだし、そろそろ部屋を……」
「いや」
即答だった。
だが冬麻は挫けずに説得を続ける。
「いいか、同じ部屋って事はだ。お前の着替えをこいつが見る可能性もあるんだぞ」
「別に気にしないもん。だって兄妹だよ」
「ぐ……寝顔だって見られちゃうかもしれないぞ」
「?? 見られちゃいけないの?」
「ぬぅぅぅ、な、なら、お前がいない間に下着を漁ることだって……」
「ねえよっ!!!」
この親父は、どうあってもハルを変態にしたいらしい。
即座に否定するハルだが、秋乃は頬を赤らめて、
「別に……お兄ちゃんだったら……いいよ」
とんでもない爆弾発言を口にした。
その後はもう無茶苦茶だった。
暴走モードに入った冬麻は、ハルをリビングから中庭に引きずりだし、
「お前のような愚息は、世間の荒波で性根を鍛え直してこぉぉぉぉいぃぃぃぃぃぃ!!」
ジャイアントスイングで、ハルを空高く吹き飛ばした。
そうしてハルは着の身着のまま、実家を追い出されることとなった。
二月の寒空を、ハルはトレーナーとジーパンの薄着で歩く。
吹き飛ばされる前に辛うじてサンダルを履いていたのが、不幸中の幸いか。
「あのクソ親父め……。危うく死ぬところだったぞ」
ハルが飛ばされたのは、実家から遠く離れた公園。
木がクッションにならなければ、その時点で話は終わっていただろう。
身体のあちこちが痛むが、今はそれどころではない。
「マジでこれからどうするか……」
日はすっかり暮れて、寒さは徐々に厳しさを増していく。
現在地が分からないので、歩いて家に帰るのは難しい。
かといってお金が無ければ何処にも泊まれず、携帯が無いので誰にも連絡が取れない。
正に八方塞がりだった。
「……仕方ない。交番で事情を話して泊めて貰うか」
恥ずかしいが、背に腹は変えられない。
怪しまれるだろうが、事情を話せば何とかなるだろう。
「よし、それじゃあ交番に………………」
そこでハルは気づく。
ここは何処だと。
周囲を見回せば、まるで見覚えのない町並み。
右も左も分からないとはこの事だった。
「俺は一体……何処まで飛ばされたんだ」
全く見覚えのない光景。電車で数駅なんてレベルじゃなかった。
途方に暮れるハル。
そんな時だった。
「……ねえ、あんた」
不意に背後から声を掛けられ、ハルは振り返る。
そこには、一人の少女が立っていた。
「何か困ってるの?」
首を傾げながら尋ねる少女。
この出会いが、ハルの運命を大きく変えることになる。
良い方向にかは、分からないが。
はい、タイトルに偽りアリです。
初っぱなから便利屋が出てきておりません(苦笑い)。
主人公であるハルが、便利屋ハピネスで働くまでを、プロローグという形で描かせて頂きます。少し長くなりますが、ご容赦下さい。
更新は10日前後を目安に行って参ります。
誤字脱字や表現のご指摘、ご指導、また感想なども絶賛受け付けております。
皆様のお言葉を頂けたら有り難いです。
次回もまた、お付き合い頂けたら幸いです。