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四月一日、目を閉じたまま

作者: ロレ
掲載日:2026/04/01

三月三十一日、午後八時。

別に意味なんてないのに、日付だけはやけに意識していた。

明日になれば、嘘をついていい日になる。

だからなんだって話だけど。


コンビニの前で、スマホをいじりながら時間を潰す。


既読のつかないトーク画面。

何回目だよ、これ。

送って、消して、また送って。

「元気?」とか「久しぶり」とか。

どれもこれも薄っぺらく感じて、結局全部消した。


……未練がましいのは分かってる。

でも、仕方ないだろ。

あいつは、俺のものだったんだから。

そう思ってしまう時点で、もう終わってるのも分かってる。


数ヶ月前に初めて手を繋いだ帰り道を1人で歩いていた。

「……あ」

視界の端に、見覚えのある後ろ姿が映った。


反射的に顔を上げる。

見間違えるはずがない。

あいつだ。


髪、短くなってる。

俺が好きだった少し長めの髪ではなくなってた。


隣には——自分よりも顔が良い男。

しかも、普通に距離が近い。


笑ってる。

あんな顔、俺の前でしてたっけ。

……いや、してた気がする。

してたから、余計に腹が立つ。


胸の奥がぐちゃっとする。

「……はは」

思わず、笑いが漏れた。


なんだよそれ。

もう次かよ。

切り替え早すぎだろ。


俺なんか、まだ——

いや、違う。

違うだろ。

あいつは悪くない。

別れたのは俺のせいだ。

束縛して、疑って、勝手にキレて。


「なんで他の男と話してんの」とか、

「俺のこと好きじゃないだろ」とか、

……思い出すだけで、吐きそうになる。


なのに。

なのに、だ。

「……ふざけんなよ」

小さく、吐き捨てた。


勝手に終わらせといて、

勝手に幸せそうにしてるのが、

どうしようもなく、気に食わなかった。


気づいたら、足が動いていた。

距離を詰める。

見られないように、でも見失わないように。

……我ながら気持ち悪い。

こんなところが良くないことは自分でも分かってる。

でも止められない。


「ねえ、それ似合ってる」

彼女の声が聞こえる。

ああ、やっぱりあの声だ。

あの日から変わってない。


「ほんと?ありがと」

男が笑う。

軽い声。

軽いやつ。

なんであんなやつなんだよ。

俺の方が——


「……っ」

思考が、どんどん濁っていく。

俺の方が長く一緒にいた。

俺の方があいつのこと知ってる。

俺の方が——


「……だからなんだよ」

小さく呟く。

そんなの何の意味もない。

今、隣にいるのは俺じゃない。

それが全部だ。


二人が立ち止まった。

信号待ち。

距離は、ほんの数メートル。

逃げるなら今だ。


でも、動けなかった。

見たくないのに、目を逸らせない。


彼女がふとこっちを見た。

一瞬、目が合う。

たぶん何秒か時間が止まった。


「……あ」

自分の口が、わずかに動いた。

たぶんあっちも気づいた。

思わず一瞬だけ目を瞑ってしまう。


でも——

すぐに、逸らされた。

何事もなかったみたいに。

隣の男に向き直って、

また、笑った。


……ああ、そういうことか。


もう、俺は「元カレ」ですらない。

もう、俺は「知り合い」ですらない。


ただの、過去だ。

ただの、他人だ。


「……はは」

笑うしかなかった。

勝手に期待して、勝手に傷ついてる。

ほんと、どうしようもない。


四月一日、零時。

スマホの画面の上で日付が変わる。

今日はエイプリルフール。

嘘をついていい日。


「……じゃあさ」

誰に言うのでもなく、呟いた。

「まだ好きってのも、嘘にしてくれよ」


指が動いてしまう。

久しぶりにメッセージを打つ。

『もう未練ない』

少しだけ考えて、最後に一言付け足した。


『これ、嘘だから』


送信してしまう。

既読はすぐには付かない。

当たり前だ。

……我ながら気持ち悪い。

もう俺の事なんて——


その時、画面が震えた。

新着メッセージが2件。


『じゃあ、ほんとのこと言ってよ』

『嘘つかないでよ』


心臓が強く打つのが分かる。

なんだよ、それ。

今さら。

今さら何を——


震える指で画面に打ち込む。

『まだ、好き』


送信してからの数十秒間がやけに長く感じた。


そして——

『そっか』

それだけだった。

たった三文字。


しかし続けてもう一通。

『でも、ごめん』


画面がやけに明るく見える。

その後しばらくしてから次のメッセージが送信された。


『さっき目が合った時、私も気づいてたよ』

一瞬、呼吸が止まった。

なんでその話が出てくる。

さっきの光景が頭をよぎる。


『なんであの時すぐに目、逸らしたの?』

こいつは何を言ってるんだ。

目を逸らしたのはそっちだろ。


『自分で気づいてないでしょ』

一拍、間があった。

『嫌なことがあった時、すぐに目を瞑るのあんたの癖なんだよ』


あぁ、そっか。

すぐに目を逸らしたのは俺だったか。

ずっと現実から目を背けて、逃げ続けてきたのは俺だったか。


視界が少し歪む。

あの時、自分から目を逸らした理由。

すぐに目を閉じた理由。


『私、好きな人できたよ』

——知ってるよ。

まだ淡い期待を抱いている。


『でも』

指が止まらない。

読みたくないのに、目が離せない。

続きが来てしまう。

もう逃げられない。


『もうあなたじゃない』


スマホを持つ手に力が入る。

嗚咽と涙が止まらない。

分かってた、分かってたはずなのに。

こうして言葉にされると、どうしようもない気持ちでいっぱいになってしまう。


四月一日。

今日は嘘をついてもいい日。

「未練なんてないよ」

誰もいない部屋で呟いた。

少しだけ目を瞑る。


「これ……嘘だよ」

もうそれを聞く相手はいなかった。

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