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かいしゅうやさんのおしごと  作者: ヒゲ博士


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6/15

生死の境

 担架に揺られている男の目には、天井と親父さんの汚い顎だ。


「なぁ。畠中の話は受けるでいいんだよな。」


 それは昨日話していた隔離地域協会の話である。男はその場で頷いたが、心ここにあらずだった。


「なんだそのしけッ面は。手術前だぞ。」

「いやまぁ…なんか思っても見ない方向に話が進んでて…色々と心ここにあらずだ。」

「隔離地域協会、扉を管理する自衛隊員の協力体制、それから大学の先輩。たしかにな。俺なら卒倒してるよ…間違いなく。」


 だがこれは好機だと、男は考える事にした。


「でも、これで次に進める。」

「あぁ…そうだな。」

「それはこの後の手術に耐えられたらの話だがな。」


 唐突に徳田医師が割って入る。


「やること山積みの改造しまくり。簡単に言えば、痛みを感じる部位に針で何個も穴をあけ_____」

「もういい、聞きたくなくなったから。」


 皮肉っけ無しの真っ向勝負。とはいいつつも、男はどうせそんな事ありはしないだろうと、高鳴る胸を抑え込んだ。









 意識は、熱せられた鉛の海に沈んでいた。


 男の視界は、どす黒い赤に染まり、鼓膜の奥では自身の心音が、まるで巨大なプレス機が鉄を叩くような轟音となって響いていた。


「血圧低下! ドーパミン、さらに20ミリ追加! 脳波が乱れている、このままじゃショック死するぞ!」


 徳田医師の怒鳴り声が、遠い宇宙の彼方から聞こえる。

 男は、自分の身体がどこにあるのかさえ分からなかった。ただ、右肩の付け根から、無数の熱い針を脳髄に直接突き立てられ、そのままかき回されるような激痛だけが、彼が「生きている」ことを証明していた。


(サフミも…これを忍んだんだな。)


 親父さんの工房から運び込まれた『零式ゼロ・タイプ』の移植手術。それは医学というよりは、もはや拷問に近い儀式だった。

 サイボーグ化技術。サフミが受けているような洗練された「義体化」は、AIが神経信号を調整し、人間が痛みを感じないようにフィルタリングを行う。しかし、この『零式』にはそんな甘えはない。

 男の生身の神経線維の一本一本を、鋼鉄の義手から伸びる金色の超伝導フィラメントと直接、物理的に「縫い合わせる」。

 AIというクッションを介さず、機械の駆動音、放電の唸り、金属の軋みを、男の脳は「自らの肉体の叫び」としてダイレクトに受け止めなければならないのだ。


「……ッ、が、あぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 男の意思など関係がない。喉から人間のものではない咆哮が漏れる。それは魂の奥から吐き出された、生存戦略による危険信号だ。

 拘束帯が筋力の暴走によって悲鳴を上げる。

 

「所長! 所長、しっかりして! 私を見て!!」


 サヤカが男の顔を覗き込み、必死に声をかける。彼女の視界にあるモニターには、男の脳細胞が焼き切れる寸前の、真っ赤なグラフが踊っていた。


(……逃げるな。この痛みから、目を逸らすな……!)


 暗闇の中で、男は必死に縋り付くものを見つけた。よく見もせず何かを掴み取るが、それは心を落ち着けた。


(こんな…温かいものが…)


 よく見ると、それはあの日北野病院で確認した転がっていた、裕二の「右手」の幻影だった。

 あの時、自分がもっと強ければ。この右腕が、機械の限界に負けなければ。

 

 悔恨が、怒りへと変わる。

 怒りが、熱を帯びた復讐心へと昇華される。

 

 男は、自分の中に流れ込んできた『零式』の冷徹な電子信号を、拒絶するのではなく、むしろ自らの血肉として貪り始めた。

 神経が鋼鉄を喰らい、鋼鉄が神経を侵食していく。

 監視を怠らないサヤカは驚きの報告を声に表す。


「……信じられない。神経のシンクロ率が、上昇を続けている。AIの補助なしで、義体を『自分の腕』だと認識し始めたの……!?」

「予想外だが、いいぞ。流石アイツの息子だ。」


 徳田医師の驚愕の声と共に、最後の一撃が男の脳を焼いた。

 閃光。

 そして、男の意識は深い、静かな静寂へと墜ちていった。














   頑張れ。おじさん













 どれほどの時間が経過しただろうか。

 男が再び目を開けたとき、そこには窓から差し込む、冬の冷たく白い陽光があった。

 徳田医院の特別病室。空気中には消毒液の匂いと、微かなオゾンの香りが混じっている。


 男は、仰向けに寝たまま、ゆっくりと自分の右側を見た。

  そこには、かつての自分の「肉」はなかった。代わりにあったのは、鈍い銀光を放つ、美しくも禍々しい「鋼鉄の腕」だった。

 人工筋肉を包むチタン合金のフレーム。

 関節部には、複雑なギアと油圧シリンダーが密集し、男の呼吸に合わせて微かに脈動しているように見える。

 それは、単なる義手ではなかった。男の肉体の一部として「受肉」した、純粋な暴力の結晶だった。

 男は震える左手で、その右腕の掌に触れた。

 冷たい。

 だが、その掌の奥に、確かな「重み」を感じた。

 

 親父さんは約束を守ったのだ。

 この鋼鉄の拳はちょうど中手骨にあたる部分。内部空洞に裕二の遺灰と、砕けたドッグタグの破片が封入されている。

 

「……一緒だな。さっきはありがとう裕二。」


 男が掠れた声で呟き、意識を右手に集中させる。カチリ、と小さな機械音がした。

 鋼鉄の指が、一本ずつ、ゆっくりと曲がっていく。

 人差し指、中指、薬指……。

 

 自分の意志が、電気信号となってコードを走り、シリンダーを動かす。その感覚は、生身の腕よりも鋭敏で、かつ暴力的だった。

 

 グッ、と拳を握りしめる。

 

 その瞬間、男の脳内に、情報の嵐が吹き荒れた。

 スカイフック・零式が捉える「世界の解像度」が、これまでのキャッツアイとは比較にならないほど跳ね上がったのだ。

 空気の振動、湿度、電磁ノイズ。

 右腕が感知するすべてのデータが、AIの検閲を通らずに脳へ直撃する。

 

「……ッ、はぁ、はぁ……」

 

 情報過多による眩暈。だが、男はそれを笑って受け入れた。

 

「目覚めたみたいですね。キャッツアイをかけると情報処理のバックストレージになる。貴方は名実ともに、日本初のサイボーグですよ。」


 病室の入り口に、畠中良一1佐がニヒルに笑って立っていた。

 その傍らには、徹夜明けで目の下に隈を作ったサヤカと、どこか誇らしげな親父さんの姿があった。


「あんたの孫の骨は、しっかりここに収まってる。……畠中1佐」


 男は重い右腕を持ち上げ、畠中に見せた。

 畠中良一は義手をじっと見つめ、一歩前へ出ると、その鋼鉄の拳を自らの大きな掌で包み込んだ。


「……私の孫を、息子をよろしく頼む。」


 義手から伝わる心からの願いが、頭の奥を貫く。腕に収まる魂が催促しているのだと男は感じて、優しく頷いた。

 

「準備はできてる。……リハビリなんて必要ねぇ。この腕が、早く地獄へ戻せと、俺の脳を叩き続けてるんだ」 


 やる気に満ちた声に反応をくれたのは、カシワギサヤカだった。


「それなら丁度いい所がありますよ。ね?徳田」




 退院の許可が出るはずもない容態だった。だが、男(3908)にとって、清潔なベッドで死を待つ時間は、隔離地域のドブ川で溺れるよりも苦痛だった。


「なんだここ?」


 男の疑問にはカシワギサヤカが答える。本程の幅もあるタブレットを持ちながら楽しそうに答えた。


「空き室ですよ。徳田医院に地下の空き室があるので、リノベーションしたんですよ。所長の為に。」

「私が情報統制を敷いている。ここの場所も君の身体の秘密も外に漏れることはないよ。」


 徳田医院の地下三階。かつて防空壕として使われていたという巨大なコンクリートの空洞が、男の新しい戦場となった。


「それとおもちゃも用意した。」


 畠中1佐が指を指し示す方向にそれがある。自衛隊の演習用から「廃棄処分」として密かに回した、自律稼働型の旧式戦闘ドローンが数体配置されている。

 畠中から司会を取り上げるように親父さんが割って入る。


「……いいか。零式はAIの補正を一切受けない。お前の脳が『右へ十センチ動かせ』と思えば、その通りに動く。だが、もしお前の意志がコンマ一ミリでも揺らげば、そのパワーはお前自身の骨を砕く凶器になる。」

「あ!私がバイタル確認してるんで、危なそうならいいますね!」


 サヤカがタブレットを叩き、彼女の指先は、男の神経データと義肢の出力波形を同期させるために、休む暇もなく動いていた。


「……よし!やるぞ!」

「ではまず1体目から。」


 男が呟くと同時に、サヤカがドローンの起動スイッチを入れた。

 三体の内にいる1体のドローンが、不気味な赤外線アイを点灯させ、天井や壁を跳ねるようにして男に迫る。


 男は目を閉じた。

 キャッツアイの情報に頼れば、AIの予測軌道という「答え」に甘えてしまう。

 今の男に必要なのは、右腕と神経が完全に溶け合う感覚だ。


(……来い)


 右から風を切る音。

 男の意識が、脊髄を伝って鋼鉄の義肢へと流れ込む。

 

 そして右拳を振り抜いた。


 これまでのスカイフックのような、一拍置いた機械的な駆動音ではない。男の筋肉の収縮と同時に、鋼鉄のシリンダーが爆発的な圧力を生み出した。

 

 ドローンの一体が粉々に砕け散り、破片は壁へと激突する。

 

「なかなかてこたいか……ッ、ぐぅあッ!」

 

 衝撃が右肩を伝い、痛みが男の脳を焼く。

 零式は衝撃のフィードバックさえも減衰させない。ドローンを叩き潰した「手応え」が、骨を砕くような激痛となって直接脳に届くのだ。

 

「所長! 神経負荷が限界値です! 一旦休止を……!」

「黙ってろ……! まだだ、まだ足りねぇ!」


 右腕から紫色の電光が漏れ出しながら、男は残りの二体に向けて突進した。

 親父さんが調整したプラズマ出力装置が、男の「怒り」に呼応するように輝きを増す。

 まるで神話のような光景に、親父さんが感嘆した。


「こりゃ…えらいもんつくっちまったな。」


 男は、空中を飛ぶドローンに向かって右拳をその中心核へ叩き込んだ。

 

 紫色の放電が地下室を埋め尽くす。


 ドローンは火花を散らしながら溶け落ち、男の右拳は赤熱したまま、空へ掲げている。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 男は、立ち上る白い煙の中で、自身の右腕をじっと見つめた。

 指先が、微かに震えている。

 それは拒絶反応の震えではない。

 もっと多くの獲物を、もっと強い敵を喰らわせろという、鋼鉄の渇きだった。


「……信じられん。もう適応している。」


 徳田医師が、防弾ガラスの向こうで震える声で呟いた。その横にいる親父さんはその呟きに答える。


「問題はこれからだ。」











 リハビリを終えた男の生活は少しだけか変わってしまった。

 徳田医院の地下から、まだ夜が明けぬうちに這い出し、サヤカのナビゲートに従って隔離地域へ潜る。それが男の新しい日課となった。





 ある朝、男は自身の右腕――『零式』のメンテナンスを行いながら、鏡に映る自分の姿を見ていた。

 右肩から先が、無機質な銀色の鈍い光を放っている。人工筋肉の束が、男の呼吸に合わせて微かに脈動し、装甲の隙間からは排熱のための蒸気が細く立ち上っていた。


「……おはよう、裕二。」


 男は右拳の、ちょうど少年の遺骨が封入されている部分を左手で軽く叩く。

 返事はない。だが、拳を握りしめれば、内部のギアが噛み合う「カチリ」という音が、まるで少年の返事のように聞こえる気がした。


(たしかに…俺の助力になるんだが、何かが擦り減ってる気がする。大切な何かが)


 この腕は男の意志をダイレクトに反映する。だが、その代償は「神経の摩耗」だった。

 AIによる制御を排したことで、右腕が受けるあらゆる衝撃、摩擦、熱、そして敵を叩き潰した際の「生命の感触」までもが、神経を逆流して男の脳を焼く。

 任務から戻るたび、男は徳田医師から強い鎮痛剤と神経安定剤を処方されなければならなかった。


【君は今、自分の神経を無理やり『拡張』させているんだ。いずれ脳が焼き切れる。そうなる前に、腕を自分の肉体だと、完全に『誤認』させなきゃならない。】


 徳田の言葉を思い出しながら、男は重い防護服に袖を通した。













 今日の任務は、淀川沿いに堆積した放置コンテナ群の中にある「通信暗号化モジュール」の回収だった。

 このエリアは、狂暴化した野犬の群れの縄張りとなっている。


【所長、風向きが変わりました。奴ら、こっちの匂いを嗅ぎつけましたよ。……正面から二十、右から十。】


 サヤカの緊迫した声がキャッツアイに響く。AIのサポートシステムをオフにする性質上、生の声が必要となった。

 ゴーストラインと畠中1佐の計らいにより、秘匿回線を使えるようになったのだ。

 男はスカイフックを左腕に持ち替えて、右腕の零式を起動した。

 

「了解。ログの記録は頼むぞ。」

【はいはいはい…私の仕事は増えるばかりですよってね。】

「怒るなよ。すぐに事務員雇うからしばらくまってくれよ。」

【ぜっつつつつつたいですからね!】


 ラフなやりとりを終えて、義手に向かって意識を集中した。紫色の放電が男の周囲の霧を焼き払う。

 闇の中から、赤い眼光がいくつも浮かび上がった。犬たちは咆哮を上げながら一斉に襲いかかる。


「……来い。」


 男は一歩、踏み出した。

 これまでの彼なら、地形を利用して戦っただろう。だが、今の男にはその必要はなかった。

 

 最前列の一体が跳躍する。


 男はそれを避けない。右拳を、最短距離で突き出す。 

 するとシリンダーが爆発的な圧力を生み、拳が犬の頭部を貫通。そのまま背後のコンテナまで吹き飛ばし、鉄板を大きく凹ませた。


(やっぱり…ダメージがかえってくるな。)

 

 右肩に凄まじい反動が突き抜ける。脳が揺れる。歯の根がガチガチと鳴る。

 だが、男はその激痛を「心地よい」とさえ感じていた。

 

「……これでいい。……もっとだ。」

 

 二体目、三体目。

 男は狂ったように右腕を振り回した。敵を見るたび思い出す裕二の顔が、痛みによって霞んでいくからだ。

 左手のスカイフックで敵の脚を焼き切り、動きが止まったところに、零式の必殺の一撃を叩き込む。

 

 プラズマの閃光が闇を切り裂くたび、肉が焼ける悪臭と、鉄が軋む音がコンテナ街に響き渡る。

 それは戦闘というよりは、一方的な「破砕」だった。

 

 全てのハウンドを沈めたとき、男の周囲には死体の山が出来上がっていた。

 男は返り血を拭うこともせず、目標のモジュールをコンテナの奥から引きずり出した。

 

「回収した。これから次の地点に向かうよ。」

【……所長、バイタルが……。血圧が異常です。……本当に大丈夫なんですか?】

 

 サヤカの声には、明らかな「恐怖」が混じっていた。

 彼女には見えている。男のキャッツアイを通じて送られてくるデータ。男が今、激痛に耐えるのではなく、激痛を「エネルギー」に変えて、狂気的な高揚感の中にいることを。










 男が壁の中で「死神」としての腕を磨いている頃、壁の外では政治的な嵐が吹き荒れていた。

  自衛隊司令部の一室では畠中1佐と佐藤は、山積みの報告書を前に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「佐藤君。私はやりすぎかね?」

「アドバイザー的な意見をお求めなら、そうかもしれないって感じですね。」


 『隔離地域協会』の設立認可。畠中1佐の強引な根回しにより、それはもはや決定事項となりつつあった。その結果が目の前の疑義を受けた書類の山なのだから。

 だが、佐藤の懸念は別にあった。

 

「やはり問題は世論ですね。内の問題を外に出さないを鉄則にしてきましたから、『隔離地域協会』を外で作るとなると必要性がいるでしょうね。」


 最終的なゴーサインの書類は返納されてしまったのだ。


「提示された条件はあるのかい?」

「まず活動実績です。資料として、アイツのログを提示、差別化を図るため他の登山家のログも用意してます。」

「後は人数か…」


 協会として認可するには、まず賛同者を募る必要がある。というのが国のお達しである。

 指で机を叩きながら、畠中1佐は思案する。


「事務員は大丈夫なんだですが、問題は。」

「そうだな…アイツとほぼ同じポテンシャルのある、回収屋が1人必要ってことだ。」


 畠中は、モニターに映し出される3908――男の戦闘ログを見つめる。

 この1ヶ月間で65件の回収を済ませた男の勇姿。紫色の電撃には、畠中の孫と息子の意思が孕んでいる。


「孫の骨も、息子の意思も、私が全て果たさねば。」

 

 畠中が冷えたコーヒーを飲み干したその時、佐藤はある人の顔を思いついた。


「畠中1佐…3908を回収した回収屋がいるんですがどうでしょうか?」

「なに?なかなかいい人材じゃないのか?なぜ黙ってた」


 思いがけない案件に驚きつつ、畠中はちょっとした書類を持って立ち上がる。


「……性格です。」

「そんなに破綻しているのか。」

「3908とは相容れないと言うことです。アイツは楽観視しすぎる。」

「…まぁそれもまた必要な要素かもしれん。呼んでおいてくれ。」

「了解しました。」


 その資料は机の脇にあるシュレッダー食わせる。音を立てながら吸い込まれていく書類の題目に、『デッドスポットにおける不明エネルギー』というタイトルだった。













 

 近年稀に見る降雪に景色を帰る隔離地域。男は単身、北野病院跡地に到着していた。

 かつて自分が腕を失い、少年が命を落としたその中庭は、今は静寂に包まれていた。

 

 男は、瓦礫の山の中央で立ち止まった。

 

「……待たせたな。……ここは寒いだろ。」

 

 男は、左手で土を掘り始めた。

 零式の腕を使えば一瞬だが、彼はそれを拒んだ。

 土を掴み、小石を退け、爪の間に泥が詰まる感覚。

 その「生々しさ」だけが、今、裕二への弔いにふさわしい気がした。


「身元引受け人はいないし、中での事案が露見する事はできない。だからこんな所でしか埋葬してやれないんだ。ごめんな。」

 

 膝をつき、泥だらけの手で一時間。

 ようやく掘り起こした穴の底に、男はケースを置いた。

 さらに懐から取り出したもの。それは、あの日北野病院で見つけた、裕二の小さな靴だ。

 

「……畠中1曹、裕二、君達のお父さんは今、外で一生懸命戦ってる。俺もあの人の口車に乗ることにした。………言い方が悪いか」

 

 男はケースの上に靴を添え、丁寧に土を被せていった。

 最後の一掴みの土を置いたとき、雪は激しさを増し、全てを白く塗り潰していった。


「君達がどんな意思を持っていたか知らない。なんなら裕二くんにあったのだってほぼ1日しかない。でもね。」

 

 男は、埋めたばかりの小さな盛り土の上に、そっと右手を置いた。


「無念を晴らすのが弔いだ。君達から奪われたものは俺が回収してやる。回収は俺の仕事だからな。」


 言葉を手向けていると、土に重ねた機械の掌に少しだけ異変が起こる。

 

 ジジッ……。

 

 零式の内部から、温かな微弱電流が流れた。それは、少年の「頑張れ」という声が、機械を通じて伝わってきたかのようだった。

 

「……ああ。……頑張るよ。」

 

 男は立ち上がった。

 埋葬を終えた彼の顔から、悲しみは消えていた。

 あるのは、一つの目的のために研ぎ澄まされた、冷徹な回収屋の眼差しだけだ。

 

「……サヤカ。聞こえるか。……戻るぞ。次の仕事を用意しておけ。」

 

 通信の向こうで、サヤカが小さく、しかし確かな声で「了解、所長」と答えた。

 

 雪の中、男の足跡が、病院の廃墟から「壁」の方へと続いていく。

 それは、過去を埋め、新たな地獄へと歩み出す、一人の男の葬列のようでもあった。

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