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ヤンデレに勝つために狂愛者のフリをしたら、 義弟と王子にロックオンされました

作者: くるり

「……はぁ、はぁっ……」


焼けるような熱さの中で、私の脳内に濁流のような情報が流れ込んできた。

お洒落なカフェ、就活の悩み、そして徹夜でコンプリートした乙女ゲーム『深愛の檻』の全スチル……。


(……ここ、あの「全キャラヤンデレ」っていう狂ったゲームの世界じゃない!)


私はリゼット・ベルンシュタイン。

この世界のヒロインであり、どのルートを通っても最終的に誰かの「檻」に入れられる運命の令嬢。

そして、今まさに私の看病をしているこの美少年こそが――。


「お姉様、汗を拭きますね。……ああ、なんて熱いんだ。あなたの熱を、僕が全部吸い取ってあげられたらいいのに」


銀髪を揺らし、濡れた瞳で私を見つめる義弟のカイン。

孤児院から引き取られた「健気で優秀な弟」を完璧に演じているけれど、私は知っている。

彼は夜な夜な私の部屋に忍び込み、私の髪に口づけ、私が使った食器をコレクションする**「隠しヤンデレ」**だということを!


(逃げなきゃ。でも、このゲームのヤンデレは逃げれば逃げるほど『物理的な檻』の完成を早めるだけ……。なら、どうする?)


脳内の「ヤンデレ攻略Wiki」が弾き出した答えは、一つだった。


(……引かせるのよ。私を愛するとか以前に、『こいつ、生物としてヤバい』って思わせて、彼の本能に拒絶反応を起こさせるの!!!





真夜中のスケッチ大会

数日後、体調が回復した私は「寝たフリ」をして獲物を待っていた。

深夜二時。カチリ、と小さな音がして、本来は私が管理しているはずの予備鍵でドアが開く。


(……本当に持ってやがったわね、合鍵!)


カインは音もなくベッドサイドに腰を下ろすと、スケッチブックを取り出した。

さらさらと鉛筆を走らせる音。時折、私の頬を指先でなぞる、ひんやりとした感触。


「……可愛い、お姉様。起きている時は僕を拒絶するけれど、眠っている時はこんなに無防備だ。……いっそ、このまま一生、目覚めなければいいのに。そうすれば、僕だけのものだ……」


(怖っ!! セリフの解像度高すぎでしょ!!)


震えそうになるのを必死でこらえ、私は決意した。

明日よ。明日、私は彼を「絶句」させてみせる。


実践:DNA入り(偽)ハーブティー


翌朝。カインはいつも通り、爽やかな笑顔で私の朝食を運んできた。


「お姉様、体調はいかがですか? 特製のハーブティーを淹れました」

「ありがとう、カイン。……ねえ、ちょうどよかったわ。あなたに渡したいものがあったの」


私は机の下から、仰々しくリボンで飾られた小瓶を取り出した。

中には、カインの寝室からこっそり回収してきた「彼の銀髪」が数本。


「……お姉様? これは……僕の髪、ですか?」

「そうよ。愛しいあなたの体の一部だもの。……見ていてね」


私は震える手で(※演技である)、その髪の毛をティーカップに放り込んだ。

そして、狂気を感じさせる満面の笑みを浮かべ、カインの目をじっと見据える。


「あなたのすべてを、私の中に取り込みたいの。……ふふ、ふふふふ! これで私たちは、一つになれるわね……!」


(※注:袖に隠した別の茶葉入りのティーバッグを振って「髪が入ったように見せただけ」のハーブティーである。私は正気だ。)


ゴク、ゴク……と、私は執着の塊のような音を立ててそれを飲み干した。


さあ、カイン! 引け! 怯えろ! 「姉さんが壊れた、逃げなきゃ」って思いなさい!


しかし。


「…………っ」


カインは目を見開き、顔を真っ赤にして小刻みに震え出した。

膝をつき、私の手を両手で包み込む。その瞳には、恐怖ではなく、狂おしいほどの**「歓喜」**が宿っていた。


「……ああ、お姉様。なんという……なんという至福……! 僕を拒絶していると思っていたのは、僕の勘違いだったんですね」

「えっ、ちょ、カイン……?」

「僕たちは……最初から同じ種類の人間、『こちら側』の人間だったんですね! お姉様が僕を飲み込んでくれるなら、僕はもう、心臓だって差し出しますよ……!」


(待って。今の私、めちゃくちゃ気持ち悪かったよね!? なんでランキング1位の爆モテスマイルで喜んでるの!?)


「お姉様、明日からは僕が、お姉様の髪の毛を煮出したお茶を淹れますね。……ああ、愛しています。僕たちの愛を、誰にも邪魔させない……!」


(……大・失・敗。ヤンデレを煽ったら、特級呪物に進化しちゃったんだけど!?)


リゼットの本当の戦い(と受難)は、まだ始まったばかりだった。





王城の輝く大広間。豪華なシャンデリアの下、着飾った貴族たちが談笑している。

本来なら令嬢たちが王子とのダンスを夢見る場所だが、私、リゼットの目的はただ一つ。


(今日こそ、この会場の攻略対象を……特にカインをドン引きさせて、私の『偽ヤンデレ』を世に知らしめるのよ!)


私の隣には、相変わらず影のように寄り添うカインがいた。

彼は周囲の令嬢たちの視線を浴びているが、その瞳は私以外を一切映していない。

重い。

視線の質量が鉄球並みに重いのよ。


「お姉様、そんなに周囲を警戒しなくて大丈夫ですよ。あなたに触れようとする不届き者は、影で処理しておきましたから」

「……え、処理?」


(怖いこと言わないで!!) でも、好都合だわ。


ここで一気に畳みかける!


私はカインの腕を、骨が鳴りそうなほど強く抱きしめた。

そして、周囲に聞こえるような大声で、あえて「壊れた」笑みを浮かべる。


「ああ、カイン! 今、あの令嬢があなたの靴を見たわ! 許せない……あなたの靴に付いた埃さえ、私だけのものなのに! むしろその埃を私が集めて、小瓶に詰めて一生愛でたいくらいだわ!!」


周囲の貴族たちが一斉に引きつる。

ヒソヒソという囁きが聞こえる。

『ベルンシュタイン家の令嬢は、狂っているのか……?』


よし、これよ! この反応を待っていたの!


「ねえカイン、今すぐここであなたの影を切り取らせて? それを私のドレスに縫い付けて、永遠に離れないようにするの。……ふふ、ふふふふふ!!」


さあカイン、恐怖に震えて私を突き放して!


「…………っ、お姉様っ!!」


カインは顔を覆い、感激のあまり膝をつきそうになっていた。


「影を縫い付けるなんて、なんて素敵な発想なんだ……! 僕も、お姉様の吐息を瓶に詰めるための魔道具を特注しようと思っていたところなんです。ああ、僕たちはどこまで高め合えるんだろう……!」


(ダメだ、この弟、燃料投下しかしてこない!!)


絶望する私の前に、一人の男性が歩み寄ってきた。


眩いばかりの金髪、燃えるような碧眼。


この国の第一王子、アラリック様だ。 ゲームでは「正義の執行者」として、悪人を容赦なく断罪する攻略対象。


(王子! 助けて! 私を不気味な女として、今すぐ国外追放とかにして!)


「……あまりに無惨だ。これほどまでに清らかな魂が、歪められてしまうとは」


アラリック様は沈痛な面持ちで私を見つめた。

……ん? 無惨? 清らか? 何の話?


「リゼット嬢。君がそのように狂気的な振る舞いをするのは……背後にいるその義弟に、何か卑劣な呪いでもかけられているからだろう?」


「えっ、いえ、これは私の自発的な狂愛で――」


「隠さなくていい。君の瞳の奥に、助けを求める涙が見える」


(見えない見えない。それ、ただのドライアイだから!!)


アラリック様は私の手を取り、カインを鋭い剣のような視線で射抜いた。

カインもまた、氷のような微笑を浮かべて王子を見返す。

一瞬で、会場の温度が氷点下まで下がった。


「カイン・ベルンシュタイン。君のような闇に住まう者が、彼女の美しい精神を汚すのは許されない。……彼女は、私が守る」


「守る……? 王子、お姉様は僕との融合ハッピーエンドを望んでいるんですよ。横槍を入れないでもらえますか」


「黙れ。彼女のような『聖女』には、清廉な光の檻こそがふさわしい」


アラリック様は私の腰を抱き寄せ、耳元で至極爽やかに、恐ろしいことを囁いた。


「安心しなさい、リゼット。私が君を、この邪悪な義弟から解放してあげよう。王宮の北側に、君のためだけの『聖域』を用意した。そこは鏡張りで、私が24時間君を監視し、悪から守り続けてあげられる特別な塔だ」


「…………はい?」


「誰の目にも触れさせない。君を汚す全てのノイズを排除し、私という『正義』だけを信じさせてあげる。……大丈夫、これは君を救うための、愛の執行だよ」


(いやあああ! 増えた! 別のタイプのヤンデレが増えたあああ!!)


右からは義弟の「融合したい」という闇の重圧。 左からは王子の「救済してやる(閉じ込める)」という光の重圧。


私は、カインを引かせるためにヤンデレを演じたはずなのに。

なぜか「狂愛の二大巨頭」による、私の奪い合いが始まってしまった。


「お姉様、王子に触れられているその腰……後で綺麗に消毒しましょうね?」

「リゼット、今すぐその男を忘れさせてあげるからね」


(前世の私へ。ヤンデレにヤンデレをぶつけると、逃げ場がなくなるだけで、1ミリも解決しませんでした……!)


私は遠のく意識の中で、さらに豪華になった「自分専用の檻(予定)」の幻影を見た。





≪「三人で血を混ぜた酒を飲もう」と提案したら、ヤンデレ二人が「愛の重さ比べ」を始めて庭園が更地になりそうな件……≫


侯爵家の庭園。百合の花が咲き乱れる優雅なティータイム……のはずが、そこはさながら最終決戦の戦場だった。


円卓を挟んで、右に義弟のカイン。

左に第一王子アラリック様。

私は真ん中で、震えそうな手でティーカップを握りしめている。


「リゼット、君のような清らかな女性には、私のような『正義』こそがふさわしい。カイン、君のような出自の知れない男が彼女の側にいるのは、もはや『不浄』だ。即刻、彼女を私に引き渡せ」


アラリック様が、一点の曇りもない完璧な笑顔で言い放つ。

清らか。不浄。正義。……彼の言葉はすべて「俺の思い通りにする」という独占欲のオブラートだ。


「正義……? 笑わせないでください、王子」


カインが低く、地を這うような声で応戦する。

その手元では、銀のスプーンがみしりと音を立てて曲がっていた。


「お姉様が望んでいるのは、僕との『心中しんじゅう』ですよ。不確かな未来なんていらない。今この瞬間に、二人で永遠に時を止めたい……そうですよね、お姉様? さあ、僕に首を絞めてほしいと言ってください。あなたの喉を指で塞ぐ時、僕たちはようやく、誰にも邪魔されない一つになれる」


(……言えるわけないでしょ!? 死んじゃう! 物理的に死んじゃうから!!)


二人からの視線が、レーザー光線のように私を焼き焦がす。

このままじゃ、「王宮の塔(監禁)」か「心中(物理的終了)」の二択。

逃げ場はない。なら、やるしかない。

二人が「こいつ……関わっちゃダメなタイプの狂人だ」と理解して、冷めるほどの異常性を!!


私はガタッと椅子を蹴り上げ、立ち上がった。

わざとらしく髪をかき乱し、虚空を見つめ、不敵な、そして絶望的な笑みを浮かべる。


「……ふふ、ふふふふ! 甘いわ、二人とも甘すぎるわ!!」

「リゼット……?」

「お姉様……?」


「『引き渡す』? 『心中』? そんな生ぬるいことで私の愛が満足するとでも!? 私が求めているのは、もっと……もっとドロドロに混ざり合った地獄よ!!」


私はテーブルの中央に置かれたクリスタルのデキャンタを掴んだ。


「いい? 今からここに、私たちの三人の血を流し込みましょう。 それを混ぜたカクテルを、今ここで三人で飲み干すのよ! あなたたちの血管を流れるすべてを、私の胃袋に収めたい。そして私のすべてを、あなたたちの体内で腐らせたい……! ほら、早くナイフを出して! 早く、早くううう!!」


(※注:もちろんナイフなんて持ってないし、出されたら全力で逃げる。でも今は「血を飲ませろ」と喚く狂女を演じきるのよ!!)


さあ、引け! 恐怖しろ! 王子も義弟も「うわぁ……」って顔をして、スッと身を引いて……!




一瞬の静寂。 私は勝ったと思った。さすがにこれはやりすぎた。引かない男はいない。


しかし。


「「…………っ!!」」


二人の顔が、同時に「法悦」に染まった。


「……リゼット。君は、そこまで私を……。私という存在を、血の一滴まで取り込みたいと……。ああ、なんて深く、慈悲深い愛なんだ……!」

アラリック様が、感動に打ち震えながら自分の胸元をはだけさせる。


「お姉様……僕、負けました。お姉様の執着は、僕の想像を遥かに超えていた。……三人の血で一つになる。それこそが、僕たちの新しい『家族の形』なんですね……!」 カインが、心酔しきった目で私を拝むように見つめる。


(……は? 嘘でしょ? なんで二人ともナイフを探し始めてるの!? 止めて! 誰かこの「特級呪物」たちを止めて!!)


私の予想を宇宙の彼方まで突き抜けて、二人の対抗心は斜め上の方向へ大爆発した。


「王子、どいてください。お姉様に最初に血を捧げるのは僕です。僕の方が、彼女と過ごした時間が長い」

「黙れ。私の血は王家の血筋、リゼットの胃を満たすにふさわしいのは最高級の正義だ。……リゼット、安心しなさい。君の愛の重さに応えられるよう、私は今日から、君を世界一甘やかす『究極の番人』になる競い合いにエントリーしよう」


「……面白い。お姉様がどちらの『重さ』を好むか、勝負ですね」


二人はなぜか固く握手を交わした。


その目は、「リゼットにどれだけ異常な愛を注げるか」という、地獄の選手権を勝ち抜こうとする戦士の目だった。


(終わった……。引かせるどころか、ヤンデレの『やる気スイッチ』を全開に入れちゃった……)


私の「偽ヤンデレ」作戦は、最強の二人を「リゼット・オタク」へと進化させてしまった。

もはや、逃げるどころか、一歩動くたびに「愛の重さ比べ」に巻き込まれる未来しか見えない。





逃げても、逃げても、そこは「愛」という名の行き止まりだった。


私は今、王宮の最上階に新設された、世にも恐ろしい場所に立っている。 床にはふかふかの絨毯、壁には一流の絵画、窓には最高級のシルクカーテン。

一見すればただの超豪華なスイートルームだが、ドアには鍵穴がなく、窓の外は雲の上だ。


「……あ、あはは。すごいわね。ここ、出口がないわ」


私の後ろで、二つの影が静かにドア(壁と同化した自動施錠式)を閉めた。


「気に入ってくれましたか、お姉様? 僕と王子、二人で設計図を引いたんですよ。お姉様が二度と、逃げるなんていう『無駄な努力』をしなくて済むようにね」


「リゼット、怖がらなくていい。ここは君を守るための聖域だ。君を汚す外の世界からは、私が……いや、我々が、完全に遮断してあげたからね」


カインとアラリック様。 光と闇のヤンデレが、今、手を取り合って私を追い詰めている。


もう、限界だった。 ヤンデレのフリをして彼らを引かせるつもりが、逆に「ヤンデレの教科書」みたいな行動を私が連発したせいで、彼らの学習能力を異常に高めてしまった。


私はその場にへたり込み、堪えていた涙を一気に溢れさせた。


「……もう嫌! 無理! 全部、全部嘘なのよ!!」

「……お姉様?」

「カインに引いてほしかっただけなの! 髪の毛を飲むフリをしたのも、血のカクテルを提案したのも、全部、あなたが怖くて……逃げたくて、狂った女のフリをしてただけなの! 私はヤンデレじゃない! 普通の、ただの怖がりな女なのよ!!」


これだ。これなら、二人は「なんだ、演技だったのか。冷めたわ」となるはず。

詐欺師を見るような目で私を見捨てて、この部屋から去ってくれるはず――。


沈黙が流れる。 だが、返ってきたのは、予想していた拒絶の言葉ではなかった。


カインが膝をつき、私の涙を、熱を帯びた指先で優しく拭い去った。

その口元には、三日月のような、酷く歪で美しい笑みが浮かんでいる。


「……知っていましたよ、お姉様」

「え……?」

「あなたが僕の部屋から髪の毛を盗む時、手が震えていたことも。ティーカップの中身をこっそりすり替えていたことも。……全部、僕の特等席から見ていました」


アラリック様もまた、慈愛に満ちた(ように見える)瞳で私を見下ろし、私の肩に優しく手を置いた。


「私もだよ、リゼット。君が一生懸命『悪女』を演じようとして、必死に怖いセリフを考えている姿……。あんなに健気で、愛らしい誘惑アピールが他にあるかな?」


「ゆ、誘惑……? 私は逃げようとして……」


「ええ。僕から逃げるために、僕のことを四六時中考え、僕の好む『狂愛』を必死に勉強して、僕の目の前で披露してくれた。……それって、僕への最大級の愛の告白以外の何物でもないでしょう?」


カインの瞳の奥で、どろりとした執着が渦巻いている。


「お姉様の演技は、僕たちの独占欲を刺激するのに十分すぎた。あんなに可愛く『縛り合いたい』なんて言われたら、……本当に応えてあげるのが、男の責任だと思いませんか?」


(……嘘。私の作戦、1ミリも効いてなかったどころか、最高の『餌』になってたの!?)


自分の「逃走作戦」が、彼らにとっては「もっと激しく捕まえて」という甘いおねだりに変換されていた。

前世の知識が、乙女ゲームの経験が、すべて最悪の形で裏目に出たのだ。


「さあ、リゼット。もう疲れただろう? 演技なんてしなくていい。これからは、我々が君を、望み通り……いえ、それ以上に、重く、深く、一生をかけて愛してあげる」


アラリック様が私の手を取り、金の腕輪(魔力封じ&位置把握機能付き)を嵌める。

カインが反対側の手を取り、私を抱き寄せた。


「お姉様、安心してください。ここには僕たちしかいません。あなたが演じる必要もないし、逃げる必要もない。……ただ、僕たちの愛を、骨の髄まで味わってくれればいいんですから」


私は二人の腕の中で、ガタガタと震えながら悟った。

ヤンデレを上回るヤンデレになろうとした結果、私は*「世界で一番、ヤンデレに愛されるための最高の獲物」として完成してしまったのだ。


「……ふふ、お姉様、いい顔だ。その絶望した瞳……最高に僕好みですよ」


逃げ場のない黄金の檻の中で。

私の偽りの狂愛は、本物の、一生解けない呪愛じゅあいへと書き換えられてしまった。


(……あ、でも、このベッド、めちゃくちゃ寝心地いいわ……)


絶望のどん底で、ふとそんなことを思う自分。

……どうやら私も、彼らの狂気に、少しずつ侵食され始めているらしい。





「……あ、もう無理。逃げるのやめる。疲れた」


王宮の「黄金の檻」……もとい、超豪華スイートルーム。 私はふかふかの特注ソファに寝そべり、天井を見上げて宣言した。

左右には、私の言葉を一言も聞き漏らすまいと目を血走らせた二人の男がいる。


「お姉様! 今、なんとおっしゃいましたか? 『疲れた』? つまり、僕がもっと足腰をマッサージして、一歩も歩かなくていいように骨抜きにしろという合図ですね!」


「カイン、君は甘いな。リゼット、君が疲れたのはこの部屋の酸素が薄いせいかもしれない。今すぐ王宮の庭師を100人動員して、この部屋を最高の植物園に作り替えよう」


カインが私の足を揉み、アラリック様が庭師への命令書を書き始める。


……うん、知ってた。この人たち、話が通じない。


当初は怖かったヤンデレ包囲網も、数ヶ月経てばただの「過剰すぎるサービス」に思えてきた。


「ねえ、お腹空いたわ。ステーキ食べたい」


私がそう呟いた瞬間。


「最高級の和牛を今すぐ仕留めてきます。僕がお姉様の好みの焼き加減……いえ、僕の体温と同じ温度で焼き上げましょう!」

「待てカイン。私の領地で育った、毎日クラシック音楽を聴かせて育てた牛の方がふさわしい。リゼット、私が一口サイズに切り分け、さらに君が咀嚼しやすいように魔法で柔らかくしておこう」


「……あ、フォーク持つのも面倒だわ」


「「!!」」


次の瞬間、私の口には左右から最高級の肉が突っ込まれていた。

……うん。美味しい。悔しいけど、めちゃくちゃ美味しいわ。



たまには外の空気が吸いたくて、私は窓からバルコニーへ出た。 一応、逃げるフリをしてシーツを窓に結んでみる。


「よし、これで逃走よ!(棒)」


すると、下で待機していた騎士団(王子の私兵)と、影に潜んでいた工作員(カインの配下)が、一斉にネットを広げて歓喜の声を上げた。


「リゼット様が飛び降りるぞ! どけ、私が受け止める!」

「王子、下がってください。お姉様が落ちる場所には、僕が綿毛のクッションを敷き詰めておきましたから!」


私はシーツを掴んだまま、地上10メートルで静止した。


(……この人たち、私が『逃げる』ことを『ファンサ(ファンサービス)』だと思ってない?)


「あ、やっぱりやめるわ。寒いし」


「「ですよね!! すぐに毛布を10枚と、暖炉の魔石を最大出力にしておきます!!」」



結局、私は悟ったのだ。


ヤンデレの執着を逆手に取れば、これほど楽な人生はない、と。


「カイン、次はあのドレスが欲しいわ。宝石がジャラジャラついてるやつ」

「お姉様、宝石が重くて肩が凝るといけないので、僕がずっと後ろからドレスを支えて歩きますね」


「アラリック様、あっちの国のお菓子が食べてみたい」


「分かった。今すぐその国を経済封鎖……いや、友好的に買収して、菓子職人ごと君の元へ届けよう」


彼らの愛は、相変わらず重くて、暗くて、激しい。

時々「血の誓約」とか「一生出られない魔法の足枷」とか不穏なワードが飛び出すけれど、「でも、ご飯美味しいし……」で全てを流せるようになった私は、ある意味、彼ら以上に最強のヤンデレ(物理)かもしれない。


「お姉様、幸せですか?」


「リゼット、私を選んでよかっただろう?」


左右から頬に口づけされながら、私はあざとく微笑んだ。


(……ふふ、これよ。これこそが正しい『ヤンデレ』の取り扱い説明書だわ)


私は最高級のシルクのクッションに身を沈め、跪く二人の男を見下ろした。

カインは私の右足を、アラリック様は私の左足を、それぞれ神聖な儀式のようにマッサージしている。


かつては「監禁される!」と怯えていた私だけれど、今は違う。

彼らの「逃がしたくない」という弱みを握った私が、この檻の真の支配者なのだ。


「ねえ、二人とも。明日のことなんだけど」


「はい、お姉様。明日は朝から晩まで、僕がお姉様の瞳に映る景色をすべて手書きの絵画に差し替えて、不快なものが一切入らないようにする予定ですが?」


「リゼット、私は君の吐息を集めて、王宮の噴水を香水に変える工事を命じたところだよ」


……相変わらず、やってることが重すぎて馬鹿すぎて面白い。


私はあざとく首を傾げ、二人を試すように微笑んだ。


「そんなの飽きちゃった。もっと私を**『ゾクゾク』**させてほしいの」


「「ゾクゾク……!?」」


二人の顔に緊張が走る。

私は、二人の顎をクイと持ち上げ、至近距離で囁いた。


「明日、私はこの塔のどこかに隠れるわ。……もし、日没までに私を見つけられなかったら、『私、明後日は一日中、一人で街にお買い物に行っちゃう』から。……いい?」


「「……っ!!!(絶望)」」


二人にとって、リゼットが「一人で外出する」という言葉は、世界滅亡の予言よりも恐ろしい。


カインの顔から血の気が引き、アラリック様の碧眼が激しく揺れる。


「そんな……お姉様が一人で外に!? 悪い虫がついたら? 誰かに見つめられたら? ……いいえ、させるものか! 部屋中の隙間をすべて僕の魔力で埋めてでも……!」

「リゼット! それはあまりに過酷な罰だ! 日没まで!? そんなの、一分一秒でも君を見失えば私の心臓は止まってしまう!」


「ふふ、頑張って? あ、でも、もし私を見つけられたら……その時は、『二人まとめて、私と一緒に一晩中、手を繋いで寝てあげてもいいわよ』」


次の瞬間。


「「…………っ(歓喜の限界突破)!!!!」」


二人の瞳に、見たこともないような狂信的な光が宿った。 絶望から一転、彼らの頭の中は「いかにしてリゼットを1秒で見つけ出し、一晩中の密着権を得るか」という軍事作戦並みの思考回路に切り替わる。


「カイン、悪いが協力はここまでだ。リゼットを見つけるのは私だ」

「王子こそ、僕の影の追跡を舐めないでください。お姉様の体温、匂い、衣擦れの音……すべてを把握している僕が勝つに決まっています」


バチバチと火花を散らしながら、互いを牽制し合うヤンデレ二人。


それを見ながら、私は優雅にハーブティー(もちろん、カインの毛髪なんて入っていない最高級品)を啜る。


「……さあ、明日は忙しくなるわね」


ヤンデレに愛されて逃げられないなら、誰よりもわがままに、誰よりも彼らを振り回してやる。 世界一重い愛を、世界一贅沢な遊びに変えて。


リゼット様の「黄金の檻」での女王生活は、今日も絶好調に狂い、そして輝いている。



【エピローグ】


「「リゼット(お姉様)! 次はどの角度から愛でられたいですか!?」」


鼻息荒く迫りくる、キラキラした光の王子と、ねっとりした闇の義弟。


二人からの執拗な「かまって攻撃」を受け流しながら、私はふと、この部屋の隅に積み上げられた異様な光景に目を留めた。


それは、もはや芸術的に積み上がった、膨大な量の『未決済書類』の山。


「ねえ、二人とも。ちょっと聞いてもいいかしら?」


「「何でしょう、愛しい我が君(お姉様)!!」」


「あなたたち、さっきからずっと私の足揉んだり、髪の毛のキューティクル数えたりしてるけど……仕事、どうしたの?」


一瞬、部屋が静まり返る。


アラリック王子は優雅に視線を逸らし、カインは急に自分の爪の形を熱心に観察し始めた。


「……リゼット、国家の安寧あんねいも大切だが、君の心の安寧こそが最優先事項だ」


「お姉様、実務なんて僕の影の配下に適当に丸投げしてありますから、大丈夫ですよ。……多分」


(いや、多分じゃないわよ。さっきから影の部下さんたちが、窓の外で泣きそうな顔して書類の束を振ってるのが見えるんだけど……)


特にカイン。あなた、侯爵家の次期当主候補として「優秀だから」って引き取られたのよね? 今のあなたの仕事、私の朝食の温度を0.1度単位で調整することだけになってない?


「……はぁ。このヤンデレ共、愛を囁く暇があるなら、その100倍の速度でペンを動かしてほしいわ。……っていうか、働け。税金泥棒(王子)と給料泥棒(義弟)になってどうするのよ」


心の中で毒を吐きながらも、私は二人の背中をパシパシと叩いた。


「いい? その書類を全部片付けたら、今夜は特別に隣で本を読んであげてもいいわよ。……さあ、デスクへGO!」


「「……っ!! 一時間で終わらせてきます!!!」」


音速を超えたスピードで机に飛びつき、猛烈な勢いで書類を裁き始める二人。


羽ペンから火花が出そうなほどの熱量。……なるほど、彼らの異常な集中力は、こうやって使うのが正解だったらしい。


(ヤンデレの使い道、間違ってなかったみたいね)


私は一人、優雅に高級ティーカップを傾ける。


恋と仕事の両立を無理やりさせる、最強の支配者ヒロインとして。


コミカルなヤンデレっていいですよね。

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