第5話 国外追放
夜が明ける前、王都は静まり返っていた。
まだ日も昇らぬ時間帯だというのに、王城前の広場には人が集まっている。
貴族、神官、騎士、そして――見物人。
処刑ではない。
だが、この国においてはそれに近い意味を持つ儀式が、今から行われようとしていた。
国外追放の宣告。
俺は、騎士二人に挟まれ、広場の中央に立たされていた。
手枷はない。
だが、それは慈悲ではない。
逃げられないことが、前提だからだ。
朝靄の向こう、王城の正門がゆっくりと開く。
現れたのは、王――
ハインリヒ・グランディオス。
重厚なマントを纏い、王冠を戴いたその姿は、威厳に満ちている。
だが俺の目には、ひどく現実的な男に見えた。
王は玉座に腰を下ろし、場を見渡す。
「始めよ」
短い命令。
大神官ユリウスが進み出る。
「本日ここに、
レイ・クロウゼンに対する王国最終裁定を下す」
その声は、よく通った。
「既に神殿による再測定、および無価値認定は完了している。
また、クロウゼン家より正式な保護放棄の届け出も受理済み」
淡々と、事実が積み上げられていく。
「よって王国法に基づき、
当該人物の王国籍を剥奪。
全権利を失効させ、
本日をもって国外追放とする」
宣告は、一瞬だった。
それだけで、俺という存在はこの国から“消えた”。
周囲がざわめく。
「これで決まりか」
「元貴族とはいえ、0はな……」
「当然だろう」
当然。
この国では、それがすべてだ。
王が、俺を見た。
視線が合う。
そこに、憐れみはなかった。
「レイ・クロウゼン」
王は、俺の名を呼ぶ。
いや――元の名だ。
「最後に言い残すことはあるか」
形式的な問いだ。
ここで何を言っても、決定は覆らない。
俺は、一歩前に出た。
騎士が動こうとしたが、王が手で制した。
「構わぬ」
許可。
俺は王を見上げ、静かに口を開いた。
「ありません」
その答えは、少し意外だったのかもしれない。
王は、わずかに眉を動かした。
「……そうか」
それ以上、何も言わなかった。
王にとって俺は、
“処理済みの案件”でしかない。
大神官が続ける。
「追放先は、北西境界――
通称《灰の荒野》」
その地名に、周囲がどよめく。
魔物領に隣接し、王国の管理が及ばない土地。
生存率は、限りなく低い。
「護送は国境まで。
それ以上の保護は行わない」
つまり――
「生きるかどうかは、自己責任ということです」
大神官の声に、感情はない。
王が立ち上がる。
「以上だ」
それだけ言うと、踵を返した。
――終わりだ。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
騎士が合図を送り、俺はそのまま歩かされる。
王城を背に、街の外へ。
通り道、民衆の視線が突き刺さる。
「無価値」
「神に見捨てられた」
「かわいそうに……」
誰かが小さく、そう呟いた。
だが、その“かわいそう”は、
助ける意思を伴わない言葉だ。
城門を抜け、街道に出る。
そこには、簡素な馬車が一台待っていた。
屋根もなく、座席も硬い。
「乗れ」
騎士の命令に従い、俺は馬車に乗る。
振り返ると、王都の城壁が見えた。
生まれ育った街。
だが、不思議と未練はなかった。
――もう、あそこに居場所はない。
馬車は走り出す。
王都が遠ざかる。
途中、誰かの姿が視界に入った。
……母だった。
遠くから、城門の影に隠れるように立っている。
こちらを見ているのが分かった。
だが、俺は手を振らなかった。
振れば、
彼女をこの国に縛り付けてしまう気がしたから。
馬車は走り続け、やがて舗装された道が途切れる。
「ここまでだ」
国境標が立っている。
風化した石柱。
その向こうは、王国の地図では“空白”。
騎士が言う。
「これ以上は送れない」
「……分かりました」
俺は馬車を降りた。
荷物は、背中の小さな袋一つ。
中身は水と乾いたパン、それに簡単な外套だけ。
騎士たちは、すぐに馬車を返した。
一度も、振り返らずに。
――完全に、一人。
風が吹き、砂が舞う。
目の前には、灰色の大地が広がっていた。
《灰の荒野》。
生き残った者は、ほとんどいない。
俺は、一歩、前に踏み出した。
その瞬間――
背後で、誰かが言った。
「……おい」
振り返る。
そこには、見覚えのある騎士が一人、残っていた。
「これ」
彼は、小さな革袋を放って寄こした。
「規定違反だが……
せめて、これくらいは」
中身は、簡易治療薬と火打ち石。
「……なぜ?」
俺が問うと、騎士は目を逸らした。
「俺の弟もな。
加護が低くて、似たような扱いを受けた」
それだけ言うと、彼は馬車に戻った。
俺は、革袋を握りしめた。
小さな、しかし確かな“人の意思”。
それが、胸に残った。
やがて、馬車の音も消える。
本当に、誰もいない。
俺は荒野を見つめ、静かに呟いた。
「……これでいい」
声は、風に流された。
この国では、
俺は無価値だった。
だが。
足元の大地は、俺を拒まなかった。
空は、何も言わず、広がっている。
胸の奥で、あの違和感が、確信に変わりつつあった。
――ここから先は、
誰にも測られない。
誰にも裁かれない。
俺は、前を向いて歩き出す。
追放された男の背中を、
王国は、もう二度と見ることはない。
だがいずれ――
この荒野の先から、
“答え”が戻ってくることになる。
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