第38話 誰の責任でもない失敗
それは、本当に小さな失敗だった。
第三の集落の倉庫で、
保管していた穀物が傷んだ。
湿気対策が、
少し甘かった。
それだけだ。
「……想定より、
早かったですね」
相談役の一人が、
記録を見ながら言う。
「気候の変化でしょう」
別の者が、
穏やかに答える。
「誰の判断ミスでもありません」
その場にいた全員が、
頷いた。
誰も、
異を唱えない。
「では、
今後の対応を」
「備蓄を減らし、
配給量を調整しましょう」
「推奨行動一覧も、
更新します」
会議は、
淡々と進む。
合理的だ。
責める声もない。
だが――
誰も、
失敗を引き受けていない。
配給が減った。
大きくではない。
ほんの少し。
だが、
生活に余裕のない者ほど、
その差を感じる。
「……前は、
こんなことなかった」
誰かが、
ぽつりと漏らす。
「仕方ないよ」
「誰のせいでもないんだから」
その言葉は、
集落の合言葉になった。
数日後。
別の問題が起きる。
作業の割り振りが、
重なった。
誰も命令していない。
だが、
掲示板の推奨が
微妙に食い違っていた。
「……これ、
誰が決めたんだ」
若い男が、
相談役に尋ねる。
「皆で、
決めました」
即答だった。
「……俺は、
聞いてないけど」
「代表者を通して」
「代表?」
男は、
困惑する。
「誰が?」
相談役は、
一瞬だけ言葉に詰まる。
「……全体です」
不満は、
すぐには爆発しない。
代わりに、
沈殿する。
「相談したのに」
「従ったのに」
そんな言葉が、
小さく交わされる。
だが、
誰も怒鳴らない。
怒鳴る相手が、
いないからだ。
夜。
相談所の奥。
年長の相談役が、
机に肘をついていた。
「……おかしいな」
「制度は、
うまく回っているはずだ」
若い相談役が、
不安げに言う。
「皆、
推奨に従っています」
「混乱も、
最小限です」
年長者は、
しばらく黙り――
やがて、
小さく呟いた。
「……不満が、
見えない」
それが、
一番の異常だった。
空白地。
噂は、
少し遅れて届いた。
「……あっち、
配給減ったらしいです」
ユグが、
焚き火のそばで言う。
「揉めてないみたいですけど」
「揉めてない、
というより――」
俺は、
言葉を探す。
「向ける先がない」
焚き火の火が、
静かに揺れる。
「責任を分散すると、
安心は生まれる」
「だが、
失敗も分散する」
「結果――」
少し、間を置く。
「誰も、
自分の失敗だと
思わなくなる」
ユグが、
息を呑む。
「……それって」
「学べない」
即答だった。
第三の集落では、
静けさが増していた。
笑顔は、
変わらない。
助言も、
続いている。
だが、
一つ一つの選択が、
軽くなっていく。
失敗しても、
誰のせいでもない。
成功しても、
誰の手柄でもない。
残るのは、
「従った」という事実だけ。
夜。
空を見上げながら、
俺は思う。
争いは、
起きていない。
崩壊も、
していない。
それでも――
これは、
崩れ始めだ。
選択を預けた先で、
人は何も失わないように見えて、
何も得なくなっていく。
次に起きるのは、
もっと分かりやすい歪みだ。
そしてその時、
人は初めて
「誰か」を求める。
それが、
最も危険な瞬間になる。
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