第32話 越えさせない方法
それは、予告通りだった。
数日後、
丘の向こうに人が集まり始めた。
前回より多い。
二十人ほど。
だが、
陣形は整っていない。
旗も、武装もない。
「……攻めては来ない」
見回り役が、そう言った。
「だが、
去るつもりもない」
俺は、頷いた。
分かっている。
これは、
試しだ。
「……どうします?」
誰かが、聞く。
俺は、
焚き火の火を整えながら答えた。
「何もしない」
「……え?」
「迎えない。
追い返さない。
拒否もしない」
「ただ――」
立ち上がる。
「越えさせない」
丘の向こうから、
彼らが近づいてくる。
だが、
ある地点で止まった。
足が、止まる。
見えない線。
以前、
教会の調査団が止められた場所。
だが、
今回は違う。
力で止められているわけではない。
彼らは、
自分から立ち止まっている。
「……何だ、
ここ」
前に出た男が、
周囲を見回す。
「境界は、
張られていない」
「魔力反応もない」
「……なのに」
足が、進まない。
正確には、
進む理由が、
見つからない。
「……行けるだろ」
誰かが言い、
一歩踏み出す。
だが、
その動きは途中で止まる。
恐怖ではない。
威圧でもない。
ただ――
「今、ここを越える意味がない」
と、体が判断している。
「……これは」
前回の男が、
静かに呟いた。
「あなたが、
やったんですか」
俺は、
丘のこちら側から答える。
「違う」
「俺は、
何もしていない」
「ただ――」
風が、
ゆっくりと吹く。
焚き火の煙が、
一瞬だけ揺れ、
境界線のようなものを描いた。
「ここに来る理由を、
置いてきただけだ」
男は、
眉をひそめる。
「……意味が分からない」
「制度を作らなかった」
「旗を立てなかった」
「名前を付けなかった」
「正しさを宣言しなかった」
一つずつ、
淡々と言う。
「だから、
ここには“従う理由”がない」
「命令も、
報酬も、
守られる約束もない」
「それでも来るなら――」
少し間を置く。
「自分の足で、
選んで来るしかない」
沈黙。
彼らは、
互いの顔を見る。
目的が揺らいでいる。
「……我々は」
男が、
言葉を探す。
「ここを、
守ろうとした」
「壊れないように」
俺は、
首を横に振った。
「守ると、
壊れる」
「未完成なものは、
完成させようとした瞬間に
歪む」
「だから、
何も与えない」
「……残酷ですね」
男が、
低く言う。
「そうだな」
否定しない。
「優しくはない」
「だが、
嘘はない」
長い沈黙の末、
一人が、荷を下ろした。
「……帰ろう」
別の者が、
それに続く。
全員ではない。
だが、
大半は踵を返した。
残った数人は、
丘のこちら側を見つめている。
俺は、
彼らに言った。
「ここに来たいなら、
一人で来い」
「誰かの言葉じゃなく」
「自分の判断で」
それ以上、
何も言わない。
夕方。
焚き火のそばで、
ユグが呆然と呟いた。
「……戦ってないのに、
勝ったみたいですね」
「勝ってない」
俺は、即答する。
「越えさせなかっただけだ」
「勝敗を作ると、
次が始まる」
夜。
焚き火の火は、
いつも通りだ。
何も変わらない。
だが、
確かに一つ、
線は守られた。
力でも、
制度でもなく。
理由を与えなかったことで。
俺は、
空を見上げた。
星は、
今日も数えられない。
だが、
越えてこなかった。
それで、
いい。
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