第26話 再会
その日、空白地に一人の来訪者が現れた。
武装も、護衛もない。
ただ、王国式の外套だけを身に纏った女。
見回り役が、少し緊張した声で報告する。
「……女性です。
王国から来たと」
俺は、焚き火から目を離さずに答えた。
「通せ」
驚いた顔が向けられるが、誰も反論しない。
ここでは、来る者を測らない。
しばらくして、彼女が姿を現した。
――エリス。
かつての婚約者。
俺が「無価値」と断罪された場に立っていた女。
目が合った瞬間、彼女の表情が揺れた。
驚き。
戸惑い。
そして、かすかな安堵。
「……久しぶりね」
その声は、昔より少し掠れていた。
「そうだな」
それだけ答える。
感情は、動かない。
怒りも、悲しみも、既に過去だ。
彼女は周囲を見回した。
焚き火。
簡素な家屋。
人々の落ち着いた表情。
「……ここが、
噂の場所なのね」
「噂?」
「数字を聞かれない場所」
一瞬、唇を噛む。
「……本当に、
存在していたんだ」
俺は、肩をすくめた。
「見ての通りだ」
沈黙。
彼女は、意を決したように一歩前に出る。
「……助けてほしいの」
その言葉に、場の空気が止まった。
誰も声を出さない。
ただ、様子を見ている。
「王国が、
おかしくなってる」
「加護値が、
安定しない」
「教会も、
説明できてない」
彼女の声は、少し震えていた。
「……私も」
一瞬、言葉に詰まる。
「私も、
測定が狂った」
「Sだったはずの加護が、
Aに落ちて……」
「周りの目が、
変わったの」
それは、
この世界で最も分かりやすい恐怖だ。
価値が、下がる恐怖。
「……だから?」
俺は、静かに促した。
「だから……」
彼女は、こちらを見る。
かつて、見下ろしていた視線。
今は、すがるようだ。
「あなたなら、
何か知ってるんじゃないかって」
「……戻ってきてほしい」
「あなたがいれば、
王国は立て直せる」
「教会も……」
そこまで言って、
言葉が途切れた。
俺は、少しだけ考える。
そして、首を横に振った。
「それは、できない」
即答だった。
彼女の目が、大きく見開かれる。
「……どうして」
「私たち、
間違えたのは分かってる」
「でも、
今からでも――」
俺は、言葉を遮らない。
最後まで聞く。
そして、静かに告げる。
「間違えたんじゃない」
「……え?」
「君たちは、
正しい選択をした」
彼女の顔が、凍りつく。
「加護値という基準を信じ、
無価値なものを切り捨てた」
「王国の秩序を守るために」
「それは、
あの世界では正解だ」
一歩、距離を取る。
「だから――」
目を見て、言う。
「助けられない」
「君たちは、
正しさを選んだ」
「僕は、
選ばなかっただけだ」
彼女の唇が震える。
「……じゃあ、
私たちは」
「戻れない」
即答だった。
「ここは、
正しさで立つ場所じゃない」
「選択で立つ場所だ」
長い沈黙。
やがて、彼女は俯いた。
「……あなた、
変わったわね」
「いや」
俺は、首を振る。
「最初から、
こうだった」
ただ、
測られていただけだ。
彼女は、何も言わずに踵を返した。
振り返らない。
引き留める者もいない。
その背中は、
王国へ戻っていく。
数字の世界へ。
去り際、彼女は一度だけ呟いた。
「……羨ましいわ」
その言葉は、
風に溶けて消えた。
夜。
焚き火のそばで、ユグが小さく言った。
「……あれで、
よかったんですか」
俺は、炎を見る。
「よかった」
「助ければ、
楽だった」
「だが――」
顔を上げる。
「ここは、
逃げ場じゃない」
「選び直せる場所だ」
誰かが、静かに頷いた。
王国は、
もう頼みに来た。
それは、
終わりの合図だ。
次に来るのは――
神の側。
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