第25話 崩れ始める前提
異変は、王都から始まった。
最初は、小さな報告だった。
「……加護値が、
合わないんです」
測定局に勤める若い神官が、
困惑した顔で記録板を差し出す。
「昨日までDだった者が、
今日の測定でCになっています」
「能力向上の訓練記録は?」
「ありません」
「奇跡的な覚醒は?」
「……確認できません」
上官は、
苛立ったように眉をひそめた。
「再測定しろ」
「しました」
「結果は?」
「……同じです」
その日、
その報告は“誤差”として処理された。
だが、
翌日。
さらに翌日。
同じような報告が、
別の部署からも上がり始める。
王都中央神殿。
会議室に集められた神官たちは、
皆、疲れ切った顔をしていた。
「誤差の頻度が、
多すぎる」
「測定器具の更新時期では?」
「交換しました。
それでも変わりません」
「……原因は?」
誰も、答えられない。
「……北西の件と、
関係があるのでは?」
誰かが、
小さく言った。
一瞬、
室内が静まり返る。
「その話は、
終わったはずだ」
年配の神官が、
鋭く言う。
「地図から削除した。
存在しない」
「……ですが」
若い神官が、
震える声で続ける。
「測定が狂い始めた地点を
線で結ぶと――」
記録板が、
机の中央に置かれる。
簡易地図。
誤差発生地点が、
点で示されている。
その点は、
北西境界を中心に、
波紋のように広がっていた。
「……あり得ない」
誰かが呟く。
「存在しないものが、
影響を与えるはずがない」
「……存在しないと、
決めただけだ」
その言葉は、
誰にも聞かれなかった。
王都の街では、
別の変化が起きていた。
「……俺、
加護値Eだったはずだよな?」
「昨日、
Cって言われた」
「仕事、
増えすぎじゃないか?」
一部の者は、
困惑する。
一部の者は、
期待する。
「これって、
出世じゃないか?」
だが、
その期待は長く続かない。
数日後。
「……今度は、
Dに戻ってる?」
「どういうことだ?」
数字が、
安定しない。
それは、
加護が“祝福”ではなく、
管理指標であることを
白日の下に晒していく。
一方、空白地。
朝の準備は、
いつも通り進んでいた。
水路の整備。
畑の世話。
簡単な家屋の補強。
「……芽、
増えてません?」
ユグが、
畑を見ながら言う。
「昨日より、
明らかに」
「……土が、
いいんでしょうか」
誰かが、
そう言う。
俺は、
土を掴み、
軽く握った。
湿り気。
粒の揃い。
匂い。
「……整ってる」
それ以上は、
説明しない。
説明しても、
意味がない。
ここでは、
数字を見ない。
結果だけを見る。
「……外の村から、
来た人がいました」
見回り役が報告する。
「王国で、
仕事が減ったって」
「加護値が、
当てにならなくなったらしいです」
皆が、
顔を見合わせる。
「……それ、
大丈夫なんですか」
誰かが、
不安そうに聞いた。
俺は、
首を横に振った。
「大丈夫じゃない」
「向こうの前提が、
崩れてる」
だが、
言葉を続ける。
「だからこそ、
ここは崩れない」
加護がなくても、
序列がなくても、
回っている場所。
王国が、
最も恐れていた形。
その夜。
王城の執務室で、
王は一人、
報告書を見つめていた。
加護測定誤差。
民の不安。
教会の言い訳。
宰相が、
低い声で言う。
「……放置は、
失策だったかもしれません」
王は、
答えなかった。
代わりに、
窓の外を見る。
王都は、
まだ整然としている。
だが、
その秩序は――
数字を信じることに
依存している。
「……まだ、
引き返せる」
宰相が、
そう言った。
王は、
ゆっくりと首を振る。
「いや」
「今さら、
存在を認めれば、
我々が嘘をついたと
認めることになる」
それは、
王国の死だ。
「……なら」
宰相は、
言葉を選ぶ。
「最終手段を?」
王は、
目を閉じた。
「……ああ」
「最後の“誘い”だ」
同じ頃。
空白地の夜は、
変わらず静かだった。
焚き火のそばで、
人々が笑っている。
数字の話は、
誰もしない。
俺は、
空を見上げ、
小さく息を吐いた。
「……前提が、
壊れ始めた」
王国は、
理解できない。
教会は、
認められない。
だが。
現実は、
もう戻らない。
次に来るのは――
頼み事だ。
それだけは、
確信していた。
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