第24話 王国の選択
王城の会議室は、重苦しい沈黙に包まれていた。
長い楕円形の机。
王、宰相、軍務卿、そして教会代表の高位神官。
誰もが資料を前にしているが、
視線は紙ではなく、互いの表情を探っている。
「……教会の報告は以上か」
王が、低く問う。
高位神官が一礼する。
「はい。
北西境界における加護測定の誤差は、
環境要因による一時的なものと判断しました」
「……誤差、か」
宰相が、紙をめくりながら呟く。
「随分と都合のいい誤差だな」
神官は、表情を変えない。
「測定水晶は万能ではありません」
「神の意志を読み取る器に過ぎない」
「……つまり」
軍務卿が、腕を組んだ。
「実態は分からないが、
今すぐ軍を動かすほどではない、
ということだな」
「その通りです」
王は、しばらく黙っていた。
窓の外に広がる王都。
秩序だった街並み。
人々の生活。
その上に、
「理解できない空白」が存在する。
それを、
王として認められるか。
「……放置する」
王は、静かに言った。
全員の視線が集まる。
「地図上の扱いは?」
宰相が確認する。
「空白地は、
空白のままでいい」
王は、言葉を選ぶことなく続けた。
「いや――
消せ」
一瞬、空気が止まる。
「……消す、とは」
「王国地図から削除する」
「存在しないものとして扱う」
「行政区分も、
税も、
管轄も――
すべて無効だ」
それは、
干渉しない、という選択ではない。
存在を否定する選択だ。
「……それで、
問題は起きませんか」
軍務卿が問う。
「起きる可能性はある」
王は、正直に答えた。
「だが、
理解できないものを
無理に抱え込む方が、
よほど危険だ」
高位神官が、
小さく頷いた。
「賢明な判断です」
「教会としても、
それが最善だと考えます」
宰相は、
一瞬だけ目を閉じた。
「……口止めは?」
「当然だ」
王は、即答する。
「調査団、
周辺の役人、
流言を流した者――」
「関係者全員に、
厳命する」
「違反者は?」
「反逆罪だ」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
会議は、
それで終わった。
結論は、
迅速で、冷酷で、
王国らしい。
その日のうちに、
新しい地図が刷られた。
北西境界。
かつて、
薄く色分けされていた区域は、
完全な空白になった。
注釈も、
記号も、
何もない。
「誰も住んでいない土地」
そう、
定義された。
役所では、
関連書類が破棄される。
帳簿から、
報告書から、
名前が消える。
「……これで、
なかったことになる」
誰かが、
そう呟いた。
同じ頃。
空白地では、
朝の準備が始まっていた。
水場に人が集まり、
火が起こされる。
畑の試し耕しが始まり、
土の匂いが立ち上る。
誰も、
王城で何が決まったかを知らない。
だが、
その決定は、
確実に影を落とし始めていた。
「……王国地図、
持ってきた人がいましたよ」
見回り役の女が、
そう報告する。
「ここ、
完全に消えてます」
ユグが、
不安そうに聞く。
「……大丈夫なんですか」
俺は、
地図を一瞥した。
空白。
何も描かれていない。
「……都合がいい」
そう答えた。
「向こうから、
干渉しないと決めた」
「それは――」
「最悪の選択だ」
俺は、
はっきりと言った。
「存在を否定した以上、
責任も放棄した」
「だが、
現実は消えない」
皆が、
俺を見る。
「……どうなるんですか」
「向こうが、
壊れる」
即答だった。
「前提が、
崩れ始める」
王国は、
空白を消したつもりだ。
だが。
消えたのは、
地図の上だけ。
人は、
今日も増えている。
作物は、
芽を出している。
数字に縛られない生活が、
確かに、
ここに根を張り始めている。
俺は、
地図を畳み、返した。
「……王国は、
最も楽な選択をした」
「だが、
楽な選択は、
後から必ず
高くつく」
その夜。
焚き火の炎が、
静かに揺れていた。
誰も、
王国の決定を恐れていない。
それが、
何よりの証拠だった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




