第18話 増え始める人影
朝の空気が、少しだけ賑やかだった。
音が増えた、というほどではない。
だが、
人の気配が重なり合っている。
焚き火の周りには、
昨夜からの五人がいる。
ユグ。
それから、昨夜来た三人――
皆、落ち着かない様子で朝を迎えていた。
「……本当に、
一晩無事でしたね」
小さくそう言ったのは、
三人組の中で一番年若い女だった。
「魔物の声、
全然聞こえなかった」
「……静かすぎて、
逆に怖かったくらいだ」
だが、
その表情は、
恐怖よりも安堵に近い。
俺は、
彼らの会話に口を挟まない。
ただ、
火を起こし、
水を用意する。
「……あの」
ユグが、
少し躊躇いながら声をかけてきた。
「名前、
聞いてもいいですか」
俺は、
一瞬だけ考えた。
そして、
首を振る。
「今は、
いらない」
ユグは、
驚いたように目を瞬かせた。
「……え?」
「ここでは、
名がなくても困らない」
それは、
本心だった。
名前は、
役割と一緒に付いてくる。
ここでは、
まだ役割を決めない。
「……分かりました」
ユグは、
それ以上聞かなかった。
それも、
この場所の空気だった。
午前。
昨日作った水場を、
少しだけ広げる。
一人でやるつもりだったが、
気づけば、
皆が自然と動いていた。
「……ここ、
もう少し掘った方がいいかも」
「石、
こっちに置いたら、
流れ止まるんじゃない?」
誰かが提案し、
誰かが試す。
失敗しても、
責める者はいない。
「……妙だな」
年配の男が、
ぽつりと呟いた。
「今まで、
何かやるたびに、
誰かが怒ってた」
「段取りが悪い、
加護が低い、
役に立たない……」
その言葉に、
場が一瞬、静まる。
だが、
誰も否定もしなければ、
同調もしない。
ただ、
作業が続くだけだ。
それが、
妙に心地よかった。
昼過ぎ。
遠くに、
また人影が見えた。
今度は、
六人。
距離はあるが、
迷いながら歩いているのが分かる。
「……また、
来ますね」
誰かが言う。
「……追い返しますか?」
別の誰かが、
不安そうに聞いた。
俺は、
首を横に振った。
「判断するのは、
俺じゃない」
皆が、
俺を見る。
だが、
そこに期待はない。
ただ、
“どうするか”を
一緒に考えている。
「……じゃあ」
ユグが、
一歩前に出た。
「昨日と、
同じでいいんじゃないですか」
「火はある。
水もある」
「座るかどうかは、
自分で決めろ、
って」
俺は、
何も言わなかった。
それでいい。
六人は、
しばらくこちらを見ていた。
やがて、
一人が荷を下ろす。
次に、
もう一人。
全員ではない。
二人は、
そのまま立ち去った。
だが、
誰も追わない。
「……減るのも、
自然だな」
俺は、
そう呟いた。
集まることも、
離れることも、
選択だ。
夕方。
人は、
九人になっていた。
名前も、
肩書きもない。
だが、
役割は、
自然に生まれている。
水を見る者。
火を見る者。
周囲を警戒する者。
命令はない。
だが、
空白は埋まっていく。
「……不思議だ」
若い女が、
小さく言った。
「ここにいると、
自分が……
邪魔じゃない気がする」
その言葉に、
誰も返事をしなかった。
だが、
否定する者もいない。
夜。
焚き火の光が、
少し大きくなった。
それは、
火を足したからではない。
人が増え、
影が増え、
空間が満たされたからだ。
俺は、
少し離れた場所に腰を下ろし、
その光景を見ていた。
ここは、
まだ集落じゃない。
規則も、
指導者も、
理念もない。
だが。
“戻りたいと思える場所”
になり始めている。
それで、
十分だ。
遠くで、
風が吹く。
だが、
この場所には、
届かない。
まるで――
外側と、
切り離されているかのように。
俺は、
静かに息を吐いた。
ここから先、
王国は、
必ず気づく。
教会も、
放っておかない。
だが。
「……まだ、
先の話だ」
今は、
芽が育つ時間だ。
数字に縛られない場所は、
ゆっくりと、
しかし確実に、
形になっていく。
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