第16話 辺境の空白地
荒野を抜けて、さらに二日ほど歩いた。
景色は似たようなものだが、
足元の感触が、少しずつ変わっている。
砂が減り、
土が増え、
風が柔らかくなる。
「……ここだな」
俺は、立ち止まった。
特別な目印があるわけじゃない。
石碑も、境界線も、
誰かが定めた名前もない。
だが――
違和感が、ない。
荒野では常に感じていた、
「拒絶されていない」という感覚が、
ここではさらに強い。
むしろ。
「……落ち着く」
空気が澄んでいる。
耳鳴りのような圧もない。
呼吸が、自然に深くなる。
王国の地図で言えば、
この辺りは“価値なし”。
資源なし。
魔物多発。
人の居住には向かない土地。
だから、
誰も来ない。
「……都合がいい」
俺は、辺りを見渡した。
小さな丘。
その向こうに、浅い谷。
水の流れ――
細いが、確かにある。
「水、土、風……全部あるな」
生活に必要なものは、
最低限そろっている。
それでいて、
王国も、教会も、
気に留めない。
まさに、
空白地。
俺は、
その丘の上に腰を下ろした。
風が、
ゆっくりと流れる。
この場所には、
名前がない。
だから、
価値も、
役割も、
決められていない。
「……悪くない」
そう呟いた瞬間、
ふと、気づく。
――音がない。
正確には、
不自然な音がない。
魔物の気配。
威嚇。
遠吠え。
それらが、
完全に消えている。
「……やっぱり、
近づかないか」
俺が意識していなくても、
世界の方が調整している。
この場所を、
“安全側”に。
「……望んだ覚えはないんだが」
苦笑しつつ、
立ち上がる。
それでも、
利用しない理由はない。
俺は、
ここを拠点にすることを決めた。
支配しない。
命令しない。
国を作らない。
ただ――
生きられる場所を作る。
それだけだ。
まずは、
簡単な寝床。
岩陰に、
風を避ける配置を考える。
石を運び、
枝を集め、
外套を広げる。
作業は、
驚くほど捗った。
疲れにくい。
集中が切れない。
「……効率がいいな」
魔法は使っていない。
力も込めていない。
なのに、
最適な位置に、
最適な形で、
物が収まっていく。
まるで。
「……“間違えない”感じか」
失敗しない、
ではない。
最初から、
正しい動きしか選ばれていない。
それは、
少しだけ、
背筋が寒くなる感覚だった。
だが。
「……だからって、
使わない理由にはならない」
夕方には、
簡単な寝床ができた。
焚き火を起こし、
水を煮沸する。
周囲を見回す。
静かだ。
だが、
孤独ではない。
この場所そのものが、
一つの“受け皿”のようだった。
夜。
火を見つめながら、
俺は考える。
王国は、
この土地を“無価値”と切り捨てた。
だから、
誰も来ない。
だが。
「……無価値、か」
その言葉は、
もう俺を縛らない。
むしろ――
可能性が、
誰にも奪われていない状態。
空白地。
無価値の土地。
無価値と呼ばれた俺に、
これ以上似合う場所はない。
火が、
ぱちりと音を立てる。
その向こうで、
小さな動きがあった。
人影。
俺は、
ゆっくりと立ち上がった。
警戒はする。
だが、
敵意はない。
影は、
こちらを伺うように、
距離を保っている。
「……誰だ?」
声をかける。
しばらく、
沈黙。
やがて、
かすれた声が返ってきた。
「……すみません。
ここ、
人がいるとは思わなくて」
若い男だった。
痩せていて、
服も古い。
加護値が高い人間の、
佇まいではない。
「……通りすがりか?」
俺が聞くと、
男は小さく頷いた。
「行く場所がなくて……
この辺りなら、
誰も来ないって」
――なるほど。
俺は、
小さく息を吐いた。
「……そうだな。
誰も来ない」
それから、
少し間を置いて言う。
「だが、
追い返すつもりもない」
男が、
驚いたように目を見開く。
「……え?」
俺は、
焚き火を指差した。
「火はある。
水もある」
「座るかどうかは、
自分で決めろ」
それだけ言って、
腰を下ろす。
しばらくして、
男は、
恐る恐る火のそばに座った。
この場所に、
初めて“人”が加わる。
だが、
それは始まりでも、
勧誘でもない。
ただ、
選択肢が置かれただけだ。
空白地に。
そして俺は、
確信していた。
ここは、
いずれ人が集まる。
命令しなくても。
宣言しなくても。
数字に縛られない場所は、
自然と――
人を引き寄せる。
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