第12話 最初の誘い
夜明け前の荒野は、薄く青みがかっていた。
星が消え、空と地面の境界が曖昧になる時間帯。
俺は歩きながら、昨夜の出来事を反芻していた。
選ばれなかった理由。
排除できなかった存在。
空白として残されたもの。
「……都合のいい言い方だな」
呟いても、答えは返らない。
だが、
考えれば考えるほど、
一つの事実に行き着く。
俺は、
何かを“得て”今の状態になったわけじゃない。
最初から、
この位置にいただけだ。
――だからこそ。
「力を与える、か」
その言葉が、
頭をよぎった瞬間。
空気が、変わった。
荒野の温度が、
一瞬だけ、ずれる。
風が止み、
音が消える。
「……来たな」
俺は足を止め、
周囲を見渡した。
何もいない。
だが、
“いる”。
その感覚だけは、
はっきりしている。
「無価値と断罪された者よ」
声が、
今度は外から聞こえた。
振り向くと、
そこに人影が立っていた。
白い外套。
顔は、光に包まれて見えない。
だが、
直感で分かる。
――神の側の存在だ。
「……神官じゃないな」
俺が言うと、
その影はわずかに首を傾げた。
「我は代理。
管理者の意思を伝えるもの」
管理者。
神像が言っていた言葉。
「用件は?」
俺は、距離を保ったまま問う。
影は、
一歩、前に出た。
「お前は、危うい」
「評価外でありながら、
世界に影響を与え始めている」
「このままでは、
歪みが拡大する」
「……だから?」
影は、
ゆっくりと両手を広げた。
「力を与えよう」
予想通りの言葉だった。
「制御された力だ。
枠の中に収める」
「お前に、
役割を与える」
役割。
その言葉に、
思わず鼻で笑ってしまった。
「……それが、
最初にできなかったから、
今があるんじゃないのか」
影は、
一瞬、黙った。
「状況が変わった」
「お前は、
想定以上に“安定している”」
「制御可能だと判断した」
なるほど。
俺を、
管理対象に戻したいわけだ。
「具体的には?」
俺がそう聞くと、
影は淡々と答えた。
「加護を与える」
「測定可能な形で」
「お前は、
Sランク以上の権限を得る」
「王国にも、
教会にも、
逆らえない存在ではなくなる」
「代わりに――」
影の声が、低くなる。
「世界の枠組みに従え」
静かな、
しかし明確な取引条件。
力。
地位。
安全。
そして、
自由の放棄。
「……なるほど」
俺は、
少しだけ考えるふりをした。
もし、
これを受け入れれば。
俺は、
“正しい側”に戻れる。
追放は撤回され、
名誉も回復されるだろう。
ざまぁも、
簡単にできる。
だが。
「……一つ、聞かせろ」
俺は影を見据えた。
「その力は、
俺のものか?」
影は、即答した。
「いいや」
「管理下のものだ」
その瞬間、
答えは決まった。
「なら、いらない」
影が、
初めて動揺した。
「……何?」
「借り物の力で、
世界を正す気はない」
俺は、
はっきりと言った。
「それに――」
一歩、前に出る。
影の輪郭が、
わずかに揺らぐ。
「今さら枠に戻れと言われても、
遅い」
「俺は、
もう“外”に立っている」
影の声が、強まる。
「拒否すれば、
お前は敵対存在になる」
「排除対象だ」
「……できるなら、
とっくにやってる」
俺は、
静かに返した。
その言葉は、
完全に本心だった。
影は、
しばらく沈黙した。
やがて、
低い声で言う。
「……後悔するぞ」
「しない」
即答だった。
「俺は、
自分で選ぶ」
「修正か、破壊か。
それも含めて」
影は、
それ以上何も言わなかった。
光が薄れ、
存在感が消える。
次の瞬間、
荒野の風が戻ってきた。
音。
温度。
現実。
すべてが、
元に戻る。
俺は、
深く息を吐いた。
「……最初の誘い、か」
安堵も、
恐怖もなかった。
ただ、
一つの確認ができた。
神は、
俺を恐れている。
だから、
枠に戻そうとした。
だから、
力を“与える”と言った。
――なら。
俺は、
もう引き返さない。
歩き出しながら、
空を見上げる。
朝日が、
地平線から昇り始めていた。
世界は、
何も知らずに回っている。
だが。
その回り方を、
変える可能性がある存在が、
ここにいる。
それだけで、
十分だった。
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