第11話 選ばれなかった理由
荒野の夜は、思ったよりも寒かった。
火を起こし、外套を体に巻き付ける。
それでも、冷気は骨の奥まで染み込んでくる。
俺は火を見つめながら、
自然と、昔のことを思い出していた。
――子供の頃。
クロウゼン家の次男として生まれ、
特別扱いされることも、
逆に期待されることもない立場。
だが、不思議と「問題児」にはならなかった。
剣の訓練では、
突出して強くも弱くもない。
魔法の適性検査では、
いつも平均以下。
それなのに。
致命的に失敗することは、一度もなかった。
高所から落ちても、
擦り傷で済む。
暴走しかけた魔力にも、
巻き込まれない。
「運がいいな」
周囲は、そう言った。
俺自身も、
それ以上深く考えなかった。
だが今なら、分かる。
――運じゃない。
選ばれていなかっただけだ。
「……なるほどな」
俺は、火に小枝をくべながら呟く。
この世界は、
人を“役割”で見る。
戦う者。
癒す者。
治める者。
そして、
その役割を決めるのが――
加護値。
だが、
役割を与えられなかった者はどうなる?
答えは簡単だ。
存在しないものとして扱われる。
俺は、
ずっとその枠にいた。
目立たず、
だが消されもしない。
「……だから、今まで問題にならなかった」
無価値と断罪されたのは、
“測定の場”に立ったからだ。
再測定の儀。
あれは、
“役割を確定させる儀式”。
想定外が混じる余地は、
本来ない。
――だから、
無理やり数字を与えた。
0という、
理解できる形に。
火が、ぱちりと音を立てた。
その音に、
もう一つの記憶が引きずり出される。
神殿。
まだ、俺が幼かった頃。
父に連れられ、
初めて加護測定を受けた日のこと。
あのときも、水晶は沈黙した。
だが、
今ほど大きな騒ぎにはならなかった。
「……あの時」
俺は、はっとした。
確か――
測定を担当していた神官が、
一度だけ、別室に呼ばれていた。
戻ってきたとき、
彼の顔色は悪かった。
そして、
こう言った。
「……再測定は不要です」
結果は、
Cランク相当。
曖昧な評価。
今思えば、
不自然すぎる。
「……そうか」
教会は、
あの時点で“気づいていた”。
完全ではないにせよ、
水晶が反応しない理由を。
だが、
表に出さなかった。
理由は、
想像がつく。
混乱を避けるため。
権威を守るため。
そして何より――
管理できないものを、
存在させないため。
「……汚い話だ」
吐き捨てるように言う。
だが、
怒りは湧かなかった。
むしろ、
妙な納得がある。
教会も、
王国も、
父も、
婚約者も。
皆、
“正しい選択”をしただけだ。
この世界の枠組みの中で。
――だからこそ。
「歪んでる」
小さく、だがはっきりと呟いた。
正しさが、
嘘の上に積み上がっている。
それを、
誰も疑わない。
いや。
疑えない。
加護という“答え”が、
最初から用意されているから。
俺は、
火を見つめたまま、
目を閉じた。
すると――
微かな感覚があった。
遺跡で感じたものと、似ている。
「……来るか」
目を開くと、
火の向こう側に、
人影が立っていた。
いや――
立っている、ように見えるだけだ。
輪郭は曖昧で、
実体がない。
「……誰だ」
警戒して問いかける。
影は、
一歩も近づかず、
静かに応じた。
「記録保持者の一つだ」
声は、
神像よりも、さらに淡い。
「……また、記録か」
「干渉はしない。
だが、一つだけ、補足を」
影は言った。
「お前が“選ばれなかった”理由」
俺は、黙って聞く。
「この世界は、
“安定”を最優先する」
「想定外は、
排除されるか、
無害化される」
「お前は――
排除できなかった」
その言葉が、
胸に落ちる。
「無害化のために、
役割を与えようとした」
「だが、
役割が与えられなかった」
「だから、
空白として残った」
影は、
少しだけ、揺らいだ。
「それだけだ」
「……それだけで、
人生が壊れるのか」
俺が言うと、
影は答えなかった。
ただ、
静かに消えた。
火だけが、残る。
俺は、
深く息を吐いた。
「選ばれなかった理由……か」
それは、
才能がなかったからじゃない。
無能だったからでもない。
ただ。
世界が、
俺を扱えなかっただけだ。
そして。
「……なら」
俺は、立ち上がった。
「俺は、
世界に合わせる必要はない」
火を踏み消し、
外套を整える。
夜明けは近い。
次に進む時だ。
選ばれなかった存在として。
――だが、
選び直す存在として。
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