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遠い、理想郷。




 「ここは……どこだ?」



 ふと目を覚ますと、奇妙な場所に立っていた。そこは白黒で、温度がない。木々を避けていく淋しい風の音以外、何も感じることはできなかった。



 「随分と、寂しい場所だな。ホントに何もない。……でも、なぜか懐かしいな。」



 何かを感じた訳でも本能で察した訳でもない。ただ何もなかったからそのような独り言を呟いただけ。そこになんの感情も想いもありはしなかった。



 「つまんないな……どうして俺はこんな場所に?今まで俺は何をして………ん?あれ、何してたっけ。────────まぁ、いっか。」



 ただ草木が生い茂っている林を歩いていく。何もありはしない、生きてもいない。ただそこに存在しているだけ。その証拠として、風が吹いている筈なのにそれらは一切反応を示さない。存在と、陰があるだけ。


 退屈だったがしばらく真っ直ぐ歩いていた。鬱蒼としているため、迷いそうになったが、時折温かさを感じる風が俺を導いていてくれた。

 

 そのため、この場所に辿り着くことが出来た。



 「これは……ログハウスか。こんなところに建てるなんてアホか……?」


 

 特徴のない家。しかし銅色の温かな光を灯しているランタンを玄関にさげているため他のものよりは存在感があった。

 戸を叩くか迷っていると、急にそれが開いた。



 「お帰り、随分と遅かったね。あかりを渡していたのに迷ったのかと思って焦った。」


 「ん、ただいま。ただ適当に歩いてただけ。迷うわけないだろ。」



 いつもの様に返事をした。そう、いつものように。



 「今日は丁度、あなたと出逢った記念碑。おいわいをしたいから一緒に、ね。」


 「もうそんなに経つのか。じゃあいつも通り……ん?あれ、なんの記念日だ……?ってかなんで俺は普通に会話して……。」


 「?どうしたの、ほら。早く家に入って?せっかくの出来立てのお菓子があるのに。まぁ、少し冷めちゃってるけど。」


 「あ、あぁ……。そう、だよな?うん、何もおかしくない。じゃあ、一緒に……。」


 

 一緒に唄おうか。歌が下手なのは分かってるけど今日は絶対唄わせるから。記念碑、だから。

 

 そうだな、今日は記念碑。俺たちの、記念碑。なんとか頑張って唄うよ。





 悍ましくて気味が悪くて寒くて温かくて、赤子をあやす様な、慈愛を込めた唄。聴いてるだけで眠くなる。そんな綺麗じゅんあくな唄が風に揺られこの場所を仄暗く照らしていた。




★☆★☆




 腹を貫くと、そのまま私に全体重を預けるようにしてもたれかかってきた。すぐに気絶してしまったが、その一瞬に彼は良い表情をしてくれた。



 「全く……油断はいけないな?攻撃しないとは一言も、言っていないからね。それにしても、さっきの速さには驚かされたな。……まぁ、それだけだが。」



 彼の体から甘くて淫猥なが溢れてくる。ものすごく温かく、私の心を彼の熱が包んでくれているような感じがした。

 だが、彼の熱を私が吸収しているせいで、体はどんどん冷たくなっていってしまった。恐らく絶命する寸前であろう。



 「さて……君はそのまま死んでしまうのか……それともまた私に『あれ』を魅せてくれるのか。」



 このまま殺してしまいたかったが、残念ながらそれはできなかった。彼とは婚約を約束している。それを為す前に反故させることなど許せる訳がない。

 

 約束は、絶対だ。何があっても約束は必ず果たされなければならない。人が約束を蔑ろにするとき、いつしか約束という鎖は腐っていき、その人物もまた腐っていくことになる。

 だからこそ、彼を飾ることは出来ないのだ。彼を腐らせる事など絶対に赦しはしない。体は穢れたとしても彼の根源は純白でなければならない腐ってはならない。私以外に、何事にも穢されてはいけないのだ。



 「仕方ない……二重人格らしきものを見たかったのだが、今回は無理そうだ……。さぁ、目覚めろ。」



 彼の体を存分に弄り、穴に手を当て治療を施す。勿体無いが、彼の熱も同時に戻していく。なぜならその紅はあまりに甘美で、官能的で。そして美しい匂いであったのだから。堪らぬ血で誘われてしまう。

 私は吸血鬼ではないが、彼に対しては吸血貴になっても良いかもしれない。


 そのような事を考えていた時だった。また、あの感覚が私を襲ってきた。悍ましく、穢れていて爛れているあの感覚だ。側は彼であるのに質は全くの別。


 

 「この感覚……『あれ』か……。私の予想は正しかったらしい。死か、また死の寸前が引き金となって別の人格が呼びされるのか……。」


 「んっ……ぐっ。また呼び出されてしまった……。私をもっと労わって欲しいんだが…………。まぁ良いでしょう。」



 彼、いやこいつは気怠そうに起き上がった。殺されそうになったばかりだというのに、あっけらかんとしていて気持ちが悪かった。

 なぜそこまで無で居られるのか私には解らない。人間は死を感じた時何者であっても無ではいられないし、ましてや死の淵から蘇った者が無で居られるはずがない。

 つまり私は、こいつが恐ろしかったのだ。



 「貴様は一体誰なんだ……彼の側を使って何をしている?私の許可なく彼を使うなど……あまりに烏滸がましい。死を以て贖って貰いたいものだが……。」


 「そう怒らないで下さい。彼は今眠っているだけです。彼が眠ったら私が起きる、ただそれだけのこと。私にはどうしようもないのです。」


 「今人生で初めて後悔したよ。私は貴様に殺されるべきではなかった。屈辱だ、彼に殺されるなら本望でもあるが貴様に殺されるなど……嗚呼、殺してやりたい。」


 「無理ですよ。私は死にません、絶対に。体が死んでも私は死にません。治療されなかったとしても体が勝手に再生されます。呪いの様なモノでしょうか。」


 「ッ………腑が煮えくりかえそうだ。このままだと再び殺しかねない。単刀直入に聞く。貴様は誰だ。」



 こいつは間違いなく彼ではない、とはいえ全てが彼でないわけではないのだ。一部がこいつによって支配されている、といった感じであろうか。その実、瞳だけは彼のままだったからだ。私を見る目は彼ではないが海底の瞳は彼のままだ。前は穢黒あいこくに染まった最悪な瞳であったが、今は違った。

 その奇妙な混在が、私を不快にさせる。今まで恐怖など感じたことはなかったのに、こいつにはその感情を持ってしまう。



 「私が知りたいところです。気付いたら彼の中に居ました。その場所は凄く暗くて綺麗で、温かい場所なんです。彼の全てを知ることができる。思い出が、痛みが、快感が。全てを私に与えてくれる、そのような場所です。私には何もないはずなのに。」



 その発言で、私がこいつに恐怖している理由が分かった。こいつは空白だ。だからこそ悍しくも彼に寄生し、彼の全てを吸収しているのだ。彼をそこまで穢そうとするその心に、恐怖した。


 ──────なんと卑しい、悍しい、淺ましい。そしてなんとも嗚呼、妬ましい、羨ましい、怨めしい。私が彼の中に入って支配してあげたい。

 


 「……あぁ、今、分かった。私がこの感情を抱く理由。貴様が何も持っていないのに彼を穢しているからだ。」


 「嗚呼嘆かわしい!嫉妬なんですか?それはそれはなんと婀娜婀娜しいことでしょうか!まさか貴女が嫉妬……これは大変に僥倖だ!その感情、私に取り入れさせていただきます。」


 「気持ち、悪い。」



 口から内臓全てを吐き出してしまうほど、気持ちが悪い。なぜ気持ち悪いか、それはこいつがあまりに最低という理由もあるが……一番は。



 「どうやら貴女と私は似ている。私も同じ感情です。彼と共に話せる方がなんとも妬ましい。貴女に初めてお逢いした時、殺したのはそれが理由です。───そうですね、所謂ただの、嫉妬。」


 「ッ………。」



 私も感じていた。こいつと私は似ている。それこそ同一人物かのように。それが気持ち悪かったのだ。認めたくない訳でも理解したくない訳でもない。ただ、私のような者がもう一人いる。しかも彼の中に。その事実が、本当に気持ち悪かったのだ。



 「もう、良い。二度と出てくるな。お前との話はここで終わりだ。そして今約束しよう。必ずお前を剥いで潰して抉って刻んで。削って裂いて、壊す。」


 「……まさか、私とそこまで似ているとは。同じことを考えていました。……では、また逢う日まで。」



 ようやく、去った。本当に気持ちが悪かった。もしこいつが彼の別人格であるというのなら許容も出来る。だがこれは無理だ。別人格などではなく、全くの別人が彼に寄生していたのだ。それをどうして赦すことができようか。しかも、こいつは私と似ている。話し方に違いはあれど他は全て私と瓜二つだ。一体どうして彼が呪われる羽目になったのか、なぜ私以外に依存されてしまったのか。その事実にどうしようもない憤りを感じた。

 彼は、私だけのモノ。他の屑が彼との逢瀬に針を刺すことなんてあって言い訳がないのに。




 緩やかな寝顔を魅せてくれながら、私の胸に倒れこんでくる。この雰囲気は間違いなく彼であった。だから優しく、あやす様に抱き、接吻をした。

 味は、なかった。ただ情欲を唆る彼の温かさのみ。だがそれだけで充分であった。私の吐き気と怒り、寂しさを埋めるためには。



 「んぅっ……さぁ、私たちの部屋まで帰ろうか。……大丈夫、心配しないで。私だけがずっと君を穢してあげるから。おっと、そんなに震えて、怖いのか?んっ……ほら、抱っこだよ。この方がずっと安心できるだろう?」

 


 余計に震えが酷くなってしまった。おそらく怖いのではなく寂寥感、孤独感から来る寒さによるものだろう。そのためもっと強く抱きしめ、私の体温を彼に譲渡する様にあやす。

 しかし彼の顔は次第に青くなっていく。余程恐いのだろう、呼吸が浅くなっていった。

 

 そんな彼が愛おしくて、艶かしかった。



 「先ほどは初めての接吻だったが、満足した。これからはずっと今のままの君でいて欲しい。そうやって何かに怯えて、震えている方がずっと、可愛い。」



 そして、彼の体温に、表情に快感を覚えながら私たちの未だ遠い、理想郷へ一歩二歩と歩き始めた。

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