因果の鎖
くらい、くらい。ここ。くらくてキモチがいいの。私のハコニワ、ここがリソウキョウ。おいで、さむいけど、ずいぶんとあったかいの。あなたも、気にいるとおもうから、ね?だから、だからだからまた、アイましょう?待ってるから、いつまでも──────────────あなただけを。
私が先におむかえするから、あなたも次にむかえにきてね。でも不安だから、あなたにこの糸をムスんであげる。オマジナイだから、切ったり外したらしたらダメ。
また、ね?──────────あなた。
★☆★☆
「んっ……?ここは………俺、また気絶したのか。」
意識が覚醒し、自身が再び気絶していたことを認識し、そして周囲を見渡した。先ほどのベッドに寝かせられており、彼女の仕業であった。だが、今回は浴衣のようなものを着せられており、肌寒くはなかった。無音、冬の儚さのような静かさであった。この空間には自分1人しかいないと感じさせるほどに。
だが、そこに雪の訪れかのような温かさが、俺に語りかける。
「おはよう、また随分と眠っていたな。寒そうであったから夜衣を着せてあげといたよ。君の服は私の方で洗濯しておいたから安心しておいてくれ。」
彼女は、俺が寝ている場所のすぐ側に白と金で飾られた椅子を置いて、俺に語りかけた。
先ほどの涙を感じさせない、温かな声であった。微笑んでおり、慈愛に満ちた表情であった。だが、目頭と鼻頭が未だ赤く光っている。長い間、泣いていたのだろう。
この時は、彼女がどういった存在であるのか全く理解できなくなっていた。立ち振る舞いは淑女であり、異常な言動と行動。そこに垣間見えるあまりに可憐な少女。そんな異常に満ち溢れた彼女に、戦慄していた。
「なんで、どうして俺を気にかけるんだ?俺はあんたを完全に振ったんだぞ?俺を殺すんじゃないのか。俺はあんたが分からないよ……。」
「断られたことを、私は是としていないさ。いつか正式に私と結婚させる。だが今は諦めるよ、この感情と想い出の余韻に浸りたい。これもまた、『初めて』だから。」
汚れなど感じさせない天使のような笑みであった。そんな彼女が、堪らなく恐ろしい。
人は、必ず二面性を持っている。表と裏、どちらかがその人物の根幹を為している。そして、この二つは必ず対になる性質を持つ。例えば表が嫉妬であるならば裏は慈愛となる。二つは表裏一体、互いに表を見ることも裏を見ることもできないのだ。なのに、彼女はその二面性を同時に表として持っている。
その奇怪な混在が、俺には恐ろしかった。だが、気絶したことによる身体の回復、意識・記憶の整理によって先ほどの自分が自分ではないような気色の悪さは一先ず去った。
彼女の瞳をしっかりと見つめ、再びはっきりと発する。
「それは無理だ。俺の中からあんたへの想いは完全に消え去った。できるなら諦めてくれ。」
「無理だ。逆に君が諦めろ。」
彼女も、またこちらを真っ直ぐに見つめ即答してきた。彼女の蒼い瞳《視線》が俺の瞳を貫く。あまりにも純粋なその瞳に俺の心が揺さぶられそうになった。
そんな瞳に、ついに俺は折れてしまった。何もかも、考えることを止めた。
「はぁ……分かった分かった。俺が諦めるしかないか……。あーなんか疑問とか全部吹っ飛んだわ。」
そんな俺の発言に、彼女は瞳を閉じ眉を笑わせ、口を自慢げに開いた。
「ふっ、諦めてくれたか!物分かりが良い子はより好きだぞ!ってことで私と婚約を……。」
「いやしねぇよ!?バカじゃあねぇの!!?」
「やはり斬首か、よし貴様もう助からないぞ☆」
彼女は音をたてずに立ち、流れるようにベッドの側に立てかけてあった長剣を鞘から抜いた。だが、やはり異常だ。殺意は全く感じられないのだが確かに俺を殺そうとする目があった。
「いやぁ待て待て待って!?分かった!いつか婚約しよう!だけどそれは今じゃない!満を持そう!な?」
「おぉ!ようやく婚約する気になったか!安心しろ、私は我慢強いし理解のある女だからな、幾らでも待ってやるさ!」
「やっちまったぜ☆。」
我が身保身のため、婚約を約束してしまった。嫌悪感は一切なく、また幸福感も無し。だが一つだけ、婚約による安心感ではない別の安心感があった。気絶する前までは彼女に恐怖していたが、気絶による意識の整理と俺の性格上による納得、そして特に────────彼女の涙が俺に安心感を与えてくれた。彼女の純粋な涙が、俺を洗い流した。
一息つき、再び椅子に腰掛けた彼女に目を向け、溜まっていた疑問を吐き出すことにした。
「なぁ……あんたって俺を殺したんだよな?じゃあなぜ俺生きてるんだ?しかも俺があんたを殺したとも言ってたし……。」
「君を殺したのは事実だ。だが君が生き返ったのは私にもよく分からない。それに生き返った君に殺されたのもまた事実。私も少し混乱しているのさ。」
彼女の視線から逃れるように被っている布団にぼんやりと目を向けた。
殺し殺されたというのは冗談だと少しだけ期待したが、やはり彼女の返答は自分の期待していたものではなかった。
彼女にぎこちなく視線を戻し、話を続ける。
「この際なんで殺したからどう殺したのかは聞かないけど……いや聞きたくないけど、どうやって俺は生き返ったんだ?」
「やはりその時の記憶はないか……。私も疑問だよ、一見君はただの愛くるしい少年にしか見えないのになぜ私と同じように生き返ったんだ?呪いでもかけられているのか、はたまた祝福なのか……その両方か。」
そう言いながら、彼女は長剣を自らの膝に寝かせ、意味深な表情でそれを見つめ、摩っていた。
彼女も俺と同じく、状況を把握していなかった。結局は疑問だらけで、究明できることなどなかった。
「えぇ……もう訳わかんね。何もかも疑問だらけで何もかもがわからん。───────あぁそういえば俺に殺されたけど生き返ったって言ったな?不死?」
彼女は長剣を元の位置に戻した。その行動の意味は特に深いモノではなかったのだろうが、無意識にそれを触りたくなったのだろう。
そして、彼女は再び俺を見つめて話した。
「いや、不死というのは語弊があるな。生き返ったと言っただろう?つまり死んだ、ということさ。回生って言った方が分かりやすい。」
「え、回生?SEKIR○かよ。ちょっと俺にも教えてくれ、あと弾きも教えてくれ。これで俺も忍にっ!」
「何を言っているんだ君は……。まぁ、生き返るというのは聞こえは良いかもしれないがそんなに良い物でもないさ。なにせ、これは呪いだからな。」
「呪い……?それって元々付いてたモノなのか?」
「さぁ……私にも分からない。初めて死んだ時に気づいたからな。────────あぁ、だがいつの記憶かは忘れてしまったが、誰かに《《オマジナイ》》をかけた……と言われたことがあったな。」
オマジナイという言葉を聞いて、心臓が一瞬だけ白く熱した。その言葉に聞き覚えがあったからだ。だが、それがいつの記憶なのか、誰に言われたのかも思い出すことができなかった。
「俺も、誰かに《《オマジナイ》》をかけられた……ような気がする。どういう内容かは何にも覚えてないけどな。……なんか運命感じるな。」
「ふふっ、そうかもしれないな。さてと、次は君に質問をさせてもらう。前の拷問とは違うから気楽に答えてくれ。」
彼女はその腿を見せつけるように左脚を上に組み、その左足に左膝を起き、手に顔を乗せた。
その行動に、ほんの少し頬に熱を持ち一瞬だけど視線を右にずらした。
「おっおう……一応答えれることはなんでも答える。と言っても答えれることは限られると思うけど……。」
「君は、テンジョウジ ハル と言っていたな。それとニホンとも言っていた。その名前は東國で聞く様式の名前であるが、ニホンという国、もしくは地域は全く聞いたことがない。一体どこなんだ?それは。」
「あぁ……んぅ、えーと。……あ!俺にも分からない、というか覚えてない!ただ頭ん中に出てきた単語!ガチのマジで。」
なんとなく、転生したということは伏せることにした。転生と言うと、彼女に喰いつかれそうな感じがしたからだ。だが、この嘘が幸を奏した。
「ふむ……覚えていないのか、記憶の混濁か、それならまぁ良い。転生者、いや転移者か?どちらにせよ確証が皆無な以上疑う意味もない。」
「え?それらだと何かマズいのか?あっ、ただの疑問だからな?」
「彼奴等は厄介なんだ、私たちには11の歳を迎えた時に神からクソッたれで腐れた天恵を受けさせられる。通常はあれば便利程度で、偶に戦闘の天恵をもらう奴がいる。だが、転生者と転移者の天恵は規格外、あまりに常識外れなんだ。」
「それってチート特典っ……いやなんでもない。んで、それがどういった問題に?」
「その天恵でやりたい放題さ。昔は国の発展に寄与し、魔物の討伐もしてくれていたんだが、少し前から年端もいかないゴミどもが好き放題するようになった。だからそいつらは軒並み即刻抹殺なのさ。害がなさそうでもな。」
「ひえっ……ちなみにあんたはその、転生者を殺したのか……?」
「6人ほど。全員11の歳で始末した。全て転生者だ。転移者は過去に1人しか現れていないからそもそも見たことすらない。」
そこで、ふと違和感が出てきた。11の歳で始末したということはその転生者たちは全員赤子からやり直してきたのか。そんな疑問が俺の脳内をちらつく。
「待ってくれ、転生者達は全員子供だったのか……?」
「当たり前だ。転生なんだ、赤子からやり直して当然だろう?」
「じゃあ……一体俺は……?」
やはり俺は通常の転生とは違うことがようやく理解できた。転移かもしれないと考えたが、生前に死の瞬間を見た。間違いなくあれは死んでいる。だからあり得るとしたら転生以外あり得ない、そう結論付けた。
だが俺がなぜ他の転生者と違うのかは考えても答えは出なかった。ただのイレギュラーか、もしくは因果によるものか。
あやふやな事を考えて黙っている間が長かったのか、彼女は咳払いをして話しかけてきた。
「さぁ、こんな話もお終いにして、君に一つお願いをしたい。」
「ん?できる範囲なら。」
「私と、戦ってみてはくれないか?君の実力を試したい。」
「なんで!?死ぬから絶対に嫌だぞ!?俺めちゃくちゃ弱いって!」
「安心しろ、死にかけてもすぐに治療してやる。今度は殺さない限々《ギリギリ》で加減するから問題ない。」
「大問題だ……。」
強引に手を引っ張られ、引きずられるような形で彼女の部屋を去っていった。この間、彼女が俺の手の感触を味わい喰らうように手を揉んできてなかなか気持ち悪かった。
だが、引きずられている時、その煌々たる皇宮内を見渡していた。彼女の部屋を超える程ではないにしろあまりに荘厳で、綺麗で。完全に見惚れてしまっていた。
悩みを一時的に全て忘れた、藺草以外全てを。その皇宮内本当にただ綺麗で、官能的なものではなく形而的な物を瞳で感じ取った。
藺草と共に歩めたら、なんて叶いもしない光景に少しの間溺れていた。
★☆★☆
宮内の練習場に連れて来られ、彼女と向かいあっていた。
「本当にやるのか……?戦ったことなんて一度もないんだぞ俺……。」
「私がお願いしたんだ、多少無理でも聞け。それに我が夫になるのに泣き言なんて言わせない。許さない。」
「うん、モラハラだね。ひどい。もっと俺を大切にして。」
「とはいえ、二つほど私に枷を付けてやる。一つは私はここから一切動かない。二つ目、私に一発でも一撃喰らわせられたらそこで終わりだ。」
「それって圧倒的強者が言うセリフなんだよ。勝てないフラグ立たせんな。」
「さあ、この剣を使え。」
彼女が、腰に携えていた長剣を投げて渡してくる。それを格好付けて片手で取ろうとしたせいで、次の瞬間、軽快な何かが折れる音がした。
「いってぇぇぇぇぇあ!!手首折れた!これ絶対折れた!!」
彼女は頭に手を当て腰に手を当て、ため息を吐きながら俺の元に近づいて、手首に手をかざし、治療をしてくれた。その淡い光は温かく、春に照らされる花のように純粋で、また強さがあった。
「今ので君の実力が分かってしまったかもしれないが……まあ良い。ほら、来い。」
「……ごめん、この剣重くて振れない☆」
「……………。」
今度は額に指を当て、頭を左右に振っていた。呆れたというよりかは失望していた気がする。
だが、一般人が剣を持つにはまず技量が足りない、力が足りない。直剣の重さは約5kg。彼女の持っている長剣は持った感じ10kg以上はあった。それを持つのは可能であれど振るとなると腕が吹っ飛びかねなかった。
「じゃあ……もうそこの木剣で良い。早く来い。」
「任せろ、天上流剣闘術見せてやるからな。」
「ほう?楽しみだな。」
「今勝手に命名しただけだけど。」
彼女に聞かれないよう、小声で呟く。
剣術など、幼い頃修学旅行の木剣で振り回した事しかなく、剣道も当然習ってはいなかった。そのため、何かのアニメで見た構えを取る。
剣を右に構え、地面と水平になる様に両手で柄を持つ。左足を軸とし右足を一歩下げる。
「……まさかその構えを選ぶとはな。これも運命か因果か……。まあ良い。さあ────────来い。」
空気が、冷めた。彼女の発する覇気に空気が怯えてしまったのだろう。体の熱は上昇するのに、空気が冷めていくため、その熱がどんどん冷やされていった。
アルドールとの距離は5m程度。この程度であれば、飛んで0.3秒だ。俺独自の歩法で一瞬で敵との距離を詰められる。
腰を深く落とし、両足のつま先に力を蓄え、そして彼女に視線を合わせる。彼女はただ突っ立っていた。何も構えていない。ただ、圧。それが俺を怖気させる。前世で戦ったことなど一度たりともない。今日初めて、戦う。
だが、怖気はあっても不思議と恐怖はなかった。興奮もあっただろうが、誰かが俺を支えてくれている温かさを感じた。
心眼でその人と呼吸を合わせ、柄を共に握りしめる。そして───────飛んだ。
「ッ!かぁッッッ!!!」
「何ッ……。」
俺の速さに驚いたのか、一瞬だけ目を見開いた。だがそれだけ。斬りかかろうとした俺の木刀を手の甲で弾き飛ばし、それにより空中で体制が崩れる。その刹那、右肘が左のこめかみに炸裂した。衝撃を認識する間もなく、そのまま流れるように左手で首元を掌握され、ただ、一言。
「甘い。」
腹を、貫かれた。
「……ぁ………え?………し…………ぬ──────────。」
何も認識できなかった。ただ一瞬。意識が何かに呑み込まれる前、眼前に見えたものは、何重にも重なる彼女ただ1人────────────────────。




