汝、夢に期待することなかれ。
海に呑まれる夢を見た。海面があまりにも暗くて、海底は明るい、死への祝福なのだろうか。気持ちが良かった。全てを忘れて沈む。こんな感覚で死ねるなら誰でも死を選択する。祝福へと導かれるようにそのまま堕ちていった。しかし突如底面がひっくり返り、そして──────────。
「……ぶるぉえっぶぁっ!?ごぼっはぁっ!ふぅ……ふぅ……おっ俺生きてる……。溺れ死ぬとこだったぜ全く。────んぅ……なんか寒いな。」
自分の体を見た。そして困惑。
「なんで裸……?───いやホントになんでぇ……?ホントに溺れてたのか?あーもうわげわがんね、寝るか。」
ひとまず冷静になる為に寝ようと体を右にして寝ようとした、がしかし。絶叫することになった。何故か、その理由は。
「起きたのか、私のあなた。昨日は激しくさせてもらったよ♡」
「おんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああん!??!!!???」
俺の人生史上最悪な目覚めだった。
★☆★☆
「ここ……は、一体。首を掻っ切ったあと………あぁ、良かった。ちゃんと死ねたんだ。」
死ぬ前、私は彼の遺体を抱え、内臓をポッケに突っ込み家まで運び、彼の遺物と共に自分の喉を掻っ切って死んだ。いつか彼を殺すために、死んだ。
ふと、自分の辺りを見渡す。地平線まで続く草原、風と共に踊っている木々、さらにそれに合わせて笑う花々。そして空、大小さまざまな雲がどこかへ導かれるように無抵抗に押し流されていった。しかし、これらの情報しかなかった。そもそもここはどこなのだろうか、異世界?未来?もしくは地球のどこか?今確認できる情報は極端に少ない。
「持ち物は……血が付いたナイフ以外何もないか。傷……も治ってる。服は私服のまま……。死ぬ前のまま。お兄ちゃんの内臓……はないか、残念。あーあせっかくだから食べてれば良かったな。まぁいつか食べれるしいっか。」
全くの未開の地だが、彷徨い歩かない限り何も成すこともないまま野垂れ死ぬだけだろう。自分の勘を頼りに草花を踏み潰しながら歩く。死ぬ前は彼に会えるか少しだけ不安だったが、今はそんな不安は消え去った。根拠はないが、彼はここにいる。それは過去か未来か、はたまた別の世界線なのかは開幕検討も付かないが、彼とはいずれ必ず再会する。
だから今は不安などなく、寧ろ未開の地に対して少しだけ興奮していた。幼い頃、彼に勧められるままに様々な小説やアニメを見たが、私自信そこまで興味はなかった。だが彼が嬉々としてそれらを語るものだから、いつしか異世界に対して少しの期待があった。私は異常者の自覚があるが、それでも何かを楽しむ感性は持ち合わせている。
そうして、しばらく歩いた。彼との思い出を思い出しながらずっと歩き続けた。間間に休憩を挟みながら大体12時間ほど歩いた。辺りは既に暗くなり、そろそろ休憩をしようかと思ったが、目視できるギリギリの場所に城塞都市らしきものが見えた。何故かはわからないが体力は有り余っている。あと2日なら歩き続けられそうな気がした。そのため城塞都市まで少し急ぐように歩いた。
夜がふけるギリギリで、城塞都市の裏門らしき場所が見える崖上にたどり着いた。あまりの圧巻さ。50M以上にも上りそうな壁は、侵入者を入れることも逃すこともしない堅牢さを持っていた。
「でっか……、流石に大きすぎる。壁をよじ登って侵入するのは無理そう……。そのまま入れるのかな。」
裏門は、門番も見当たらなければ監視してる何かを置いている訳でも、開場するためのレバーすらなかった。15M程度の巨大な門は、決して開きそうにはなかった。なぜこの門があるのかは開幕見当もつかず、誰かを待っているのか、その逆でただ飾りとしての機能しか持たないのか。
興味本位で裏門に近づき、そして触れようとした瞬間、裏門をすり抜けた。間違いなく実態はあるはずなのにそこには何もなかったかのようにすり抜けてしまった。
「どうして……?偽物……、それとも幻影?」
少し門から離れ、もう一度観察する。城壁、門、そして地面。すると地面は何も整備されていないことに気づいた。通り道のようなものは全くなく、ただ草が生い茂っているだけ。花はなかった。この門に対しての疑問がより深まった。誰かを待っているわけでもなければ招き入れる為のものでもない。これは、なんのために存在しているのだろうか。ただの飾りにも見えなかった。
様々な疑問が脳を駆け巡るが、一つ思いついたことがあり検証することにした。地面をみても石は見つからなかったので、草と土を強引に抉り取り、固めた。
「さてと……実態はあるのかなっ……んぅっ!」
刹那、私の体は本能的に左に体をずらした。光、遅れて熱が私の横を過ぎ去る。反射した、と呆然しながら認識した。
「一体……何が…………??」
3秒ほど硬直し、思考が戻る。先ほどの疑念に咥え新たなものが、次は脳を侵す。しかし何かを考えようとしても侵された脳は私の思考を読み取ることができなかった。
そうして、脳の支配権を失った私は、操られるままに門に近づき、そのまま通り抜け、そして──────────。
★☆★☆
「なんだ……俺の初めてが奪われた訳じゃなかったのか………。安心した。(衛宮○嗣)」
あまりの驚きに、一瞬赤子と化してしまった。彼女の話によると2人とも服が破け血で汚れてしまっており、そのまま寝ると寝具が血や汚れで犯されるため裸で寝たと述べた。そして、寝起きの俺の反応を試したかったと、妖しい気持ちもあったらしい。
だが、これは大部分を省略して話されており、この後到底俺だけでは認識しきれない事実が述べられた。
「なぁ、にしてもなんで血で汚れてたんだ?確かに足はあ ん た、に切られて多少血で汚れていたけど、なんであんたも?」
ここで俺は、彼女の異常性を再び認識することになる。
「あぁ、それは君を殺したからだよ。覚えていないのも無理はない、君の思考を壊したからな。まぁ君を殺した後に私も君に殺されたんだが。」
「は?いや、は?待て待て待て……おぉおおかしいだろ!殺されたら俺はここにいないだろ?なっなぁ、冗談はやめろよ……。」
「はぁ?私が冗談を言うわけないだろ。嘘も冗談もつく理由がない。」
昨日のことは、彼女に結婚の申し込みをされたとこまでしか覚えておらず、それ以降の記憶が不自然に吹っ飛んでいた。完全に飛ばされたわけではなく、断片はあった。その断片をかき集め、復元しようとしても大部分が失われており、何の手がかりにもなり得なかった。
願うように彼女を見つめる。全くもって無駄であったが。
見つめて改めて認識した。彼女は、異常者であった。その瞳を覗いた瞬間に昨日の事件を断片的に思い出す。彼女の乾いた笑い、深黒に堕ちた瞳、三日月に裂ける口、終わらない異常な発言、意識がなくなる瞬間の恐怖。
俺だけでは、認識できるはずがなかった。────────俺、だけでは。
「気持ち悪い………気持ち悪いよあんた。でもなぜだ……このことを素直に認識できる俺が居る……。俺はどうやって殺されて────待て、俺が……殺した?あんたをか?!」
「そうだとも、覚えていないのか………。あんなにも熱烈な告白は『初めて』……だった///。おかげでもっと愛したくなったではないか……///私のあなた♡」
心臓が冷える、手先がかじかむ、足も震える。なのに、心はどうしようもなく暑い。彼女に対しての恋が焼滅し、冷えた熱が俺の心を覆った。それは怒り、恐怖、喪失感そして失望。一目惚れなんてものは、この時に消滅した。
人やものに夢や希望を抱いてはいけない。いつしかそれは依存へと進むからだ。依存が始まったときから、人は人でなくなる。ありもしない理想へと尽くし、費やす操り肉塊と化すからだ。そして、破滅する。治療手段なんて存在せず、自戒が自壊を招く破滅へと堕ちる。例え無理に治そうとしてもまた別の何かへ依存するだけだ。
その分、ここで彼女を見限ることができたのは不幸中の幸いであった。内から溢れ出る俺ではない不明な感情を必死に無視し、彼女にその言葉を伝える。
「あんた……いやお前。結婚しろって命令したよな。返答するよ、ハッキリとな。───────お断りだ。お前に一目惚れはしていたが、お前に贈る俺の人生なんてない。気持ち悪い。」
感情が反転し、幸福感、安堵、陶酔。喜の感情が俺を操る。俺の体なのに、俺が制御できない感情に支配されそうになる。
そして、彼女は笑った。嗤うのではなく笑った。
「そっ……うか。あはは、そうか。君が『初めて』なんだけどなぁ……私のモノになってはくれないのか………。」
涙しながら、嗚咽しながらも必死に涙を押し殺し笑っていた。その顔は、幼く可憐な少女であった。欲しい物が手に入らず、だけど我儘は言わない優しい少女。
先ほどまで俺は喜の感情で満たされていたが、それは喜びなんかではなくてもっと悍ましい醜悪で最悪な感情であった。そして、その時俺は嗤ってていた。心の中で嗤っていた。言ってやったぞ、そんなことを考えていた。
彼女は少し前にこう言った、君は純粋だ、と。だが、彼女が純粋で、俺が穢れていた。
こんなの、俺ではなかった。そう、俺では。
────────お前は、誰なんだ。そう、嘆きかけた。
そんな嘆きに答えるように、俺の意識は暗転し───────────────────。
★☆★☆
私は綺麗な物が好きだ。幼い頃から綺麗なものであればなんでも蒐集した。蒐集しては、汚して壊した。全て、壊した。快感を得ていたのだ、自分の手で壊れる様を見て。
そして、6歳の頃から私はこの部屋で生かされた。部屋から出ることは許されず、しかし欲しいモノや願ったことは全て許された。私の異常性に気がついた両親は異常者として私を見るようになったが、それでも親としての感情は残っているのか殺さずに生かし続けた。─────いや、汚れたくなかったのだろう、この存在に汚され、穢されることを畏れた。
そんな両親を憎むことはなかったが、邪魔ではあった。
11歳の頃、殺した。父は我が国の政で円卓を挟み会議をしていた。そこに堂々と参入し、左隣で困惑していた兵士の長剣を拝借し、疾走り円卓を踏み台にして、父の頭頂に突き刺した、最後まで完璧に突き刺した。
なんの感情もなかった。ただ殺した。そして、兵士から騒ぎを聞きつけた母がまもなく到着し、母を見た私はそのまま突進し自らの手で母の首を引きちぎった。簡単な介錯、呆気がなかった。私を生かした2人は、遂には私に殺された。
その時から、宮殿内で異常者と呼ばれるようになった。また国家反逆者として極悪人とも罵られた。だが、処刑はされなかった。私は両親の唯一の肉親であり、私まで殺してしまうと皇国が侵略されてしまう恐れがあったからだった。
私の過去語りは一先ずここで終わりだ。欲しかったモノも願ったことも、やりたかったことも全て成していたが、彼──────────彼だけは、手に入れられなかった。
「めっ、命令を聞かないなんて極刑に値するぞ……。今すぐこの場で斬首を………うっ、うぅ……うあぁっ、ぁあ。」
初めて、泣いた。欲しいものが手に入らない、少女のように。
あなたとの幸せな夢くらい、見させて欲しい。初恋──────────なのだから。




