許さないよ、お兄ちゃん
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私が10歳の誕生日を迎えた日、両親が死にました。心中です。どのように死んでいったかは分かりませんが、父が凄惨な死に方をしたのは予想できます。
なぜ心中したか。それは父が不倫をしていたからです。母は、父を愛していました、恐ろしい程に。ヤンデレというものでしょうか。幼い頃から母は父に対して尋常じゃないほど執着していました。他の女性の話が出るだけで殺そうとしていました。
父もそんな母に嫌気が刺して、他の女性に走るようになっていきました。不倫の始まりです。私が7歳ぐらいの時だった気がします。
そんな両親を見て、私は嫌気が刺していました。だから、死んで欲しかった。私たちの生活を脅かす存在は、死んで欲しかった。
だから、だからだからだから、殺すように仕向けました。父の不倫を察していた私は、母に直球に伝えるのではなく段々と危機感を感じさせるように伝え続けました。2年半ぐらい続けていました。
とある日、母がもう限界なのに気がつきました。ようやく、私の願いが叶うと分かり、歓喜しました。2028年10月05日の話です。その日、私は母にこう言いました。
「お母さん。お父さんと一緒になれないなら、もうお父さん殺っちゃえば?」
母は、もう止まりませんでした。そして、10月19日私の誕生日の日、母は父をとある廃墟に連れていき、そこで2人は死亡しました。
最高の誕生日でした。笑いが止まりませんでした。ようやく、ようやくようやくようやく!お兄ちゃんと2人きりで生活できる!!!お兄ちゃんを独占できる!お兄ちゃんを愛せる!!だけど、そんな欲望がお兄ちゃんにバレたら、私は間違いなく嫌われてしまいます。なので、仮面を被るようになりました。お兄ちゃんは無垢だった。こんな欲望に塗れた私で汚れて欲しくなかった。
ですが、日に日に彼を恋想う気持ちが強くなっていきました。彼を私色で染め上げたい、壊したい、潰したい。私だけを見て、その他は何にも映しちゃダメ。そういう願望が強くなっていきました。
許してください。お兄ちゃん。
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お兄ちゃんが死にました。2034年10月14日23時55分です。
私が走って先に家に帰りました。だけど、お兄ちゃんは10分経っても帰ってきてくれませんでした。流石に不安になった私は、走ってきた道を急いで戻りました。
3分後、お兄ちゃんが居ました、無惨な姿で。臓物を吹き出し、頭蓋が粉砕され脳が飛び出し、四肢は折れ曲がっていました。
恐らく、トラックに弾き飛ばされたあと他の車に轢殺されたのでしょう。
許せない。勝手に死んだお兄ちゃんが許せない。私に殺されなかったお兄ちゃんが許せない!私が殺したかった!!お兄ちゃんを潰して壊してぐちゃぐちゃにして!!!肉塊に変えてやりたかった!!!あの純粋無垢で穢れていない彼を!
幼い頃から私は彼だけを守ってきた。両親のいざこざに気がつかないよう必死に守ってきた。私だけを見てくれるよう育ててきた。できるだけ両親に焦がれないよう育ててきた。それはしっかりと効果が出ていた。私に依存してくれた。私を求めてくれた!私を愛してくれた!!
可愛かったんだよ貴方。幼稚園の頃から泣き虫で、嫌いな食べ物が出るだけでピーピー泣いて。の癖に一丁前に強気で、よく同い年の子と喧嘩していたよね。いっつも負けるのは貴方で、泣いて。私が慰めてあげてたよね。小学生になっても変わらず生意気で、見苦しくて、愛おしくて。私の前だと更に虚勢を張っていた。それは少しだけ、ほんの少しだけカッコよかった。思わず首を捻じ切って殺したくなっちゃったよ。
貴方は、カッコよくなんかならなくて良い。私の前ではずっと幼いままでいて欲しかった。私が、貴方を護るから。
なのに……なんでこんなところで死んでるの?まだ私は貴方を愛し尽くして、殺せていないよ。逃さないよ、逃さない。絶対に。だから、私も今からそっちに行くね。
殺してやる、私のこの手で。いっぱいいっぱい苦しんで、悲しんで、痛がって。貴方の内臓を魅せてくださいね。お兄ちゃん。
許さないよ、お兄ちゃん。
ァハ……アハハッ、ヒァハハハハッ………
ヒャアハハハハハハハアァァァーッ!!!
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「ん……ぅあ?ここは………。暗っ!……えっ体動かせねぇ!拘束させられてんのか?!クソっ何が何だか………そもそもなんで俺こんなとこに居るんだ……。」
ランタン一つの灯りしかないこの薄暗く血生臭く、そして錆臭い部屋で、なんとか思考を巡らせていた。一通り確認した感じ、鉄の扉一枚と、俺が拘束されているこの拷問台。あとは何にもなかった。他に確認することは無い為、人が来るのを大人しく待つことにした。
「待てよ……完全に拷問される感じだよなこれ………。怖い……なんで、なんで俺が拷問されなきゃいけないんだ……クソ。」
そんな俺の鳴き声を聴いたのか、鉄扉が鈍い音を立てながら開いた。だいぶ年季が入っている感じだった。
「ようやく起きたか、異質者。さて、なぜ貴様がゴルドーラ高原に居たのか、何をしていたのか話してもらおう。」
「あんた……は、俺の足を……そうだ俺の足を!!!足!……ない。ない!なんで!!どうして切ったんだよ!!俺はあんたに助けを求めただけだってのに!!!」
この金髪ロングは俺の足を切り落とした張本人。あの時、助けを求めた俺の足を切り落としてくれた。恐怖、怒り。この二つの感情が何度も混じりあって俺の感情はぐちゃぐちゃになっていた。
「囀るな。貴様の発言権は私の質問に答えることだけだ。次貴様が無意味な発言をした時、左腕も無くなるとその愚かな脳に刻んでおけ。」
俺の左腕に彼女の恐ろしくも輝かしい銀の長剣が触れそうになる。あまりにも理不尽だ、鬼畜だ。こっちは何が起こってるかも分からないのに、そもそもこの世界はなんなんだ。どうして俺はこの世界に転生してしまったんだ。だが、こんなことを考えている場合ではない、足も無くなって左腕も無くなるなんて。だから彼女に卑しく従うことにした。
「わっ分かった!あんたの求めている答えじゃあないかもしれないけど、絶対に答える。ゴルドーラ高原?だったな。答えは、分からない。目が覚めたらあそこに居たんだ。それ以外本当に何も知らないし分からない。」
そう、真摯に答えた。
すると彼女は、俺を鋭く見つめ訝しんでいたが、疑いが晴れたのか表情が少しだけ柔らかくなった。
「ふむ.......虚言ではなさそうだな。だがなぜ貴様のような異質者があの場所に……。神が生まれ落としたとでも言うのか……。次の質問だ。貴様はアルドール、もしくはイグリスという名前を知っているか。」
「知らない。人物なのか?それとも何か物の名前か?」
「驚いたな。本当に何にも知らないのか。異常者アルドール、イグリスを知らないとは。本当にあの場所にこの者を生まれ落としたのか……。あるいは初まりを託された者か……。最後の質問だ。貴様は、今までどこで何をしていた。」
生まれ落とし……始まり、もしくは初まりなこか。この時は彼女の言っていることが全く理解できなかった。
「多分ご存知ないと思うけど……日本という国で生活していた。年齢は17歳、名前は天上寺 蒼碧、それぐらいだ。」
最後の質問にも、簡潔に話せることだけ話した。高校に通っていただとか、コンビニでバイトしてたとか、妹と住んでいたとかを話してもしょうがないだろう。
「虚言なし……。はぁ、収穫……無し、か。とんだ期待外れだよ。まさかゴルドーラ高原に、しかも黒髪が居たのに本当に何にも知らないし分からないとは。記憶の喪失でも『あいつら』でもなさそうだ……。すまなかったな、今、拘束を外す。足の再生は、私が責任を持って元の状態に戻す。」
ようやく一息が付ける。足も再生してくれる。最悪な修羅場だったが、無事に抜けたようだ。彼女も気を張っていたのだろうか、薄暗く、血生臭いこの部屋でも煌めいて、美しく、神聖を感じさせる長剣を右側面の腰の鞘に静かに戻した。
そして、拷問されかけていたことなんて、忘れた。だって、その様があまりにも綺麗だったから。
長いまつ毛に蒼い瞳。滑らかに通った鼻筋に、化粧で赤みがかっている頬。口紅で官能的に衒っている唇。美しい形の耳、汗でほんの少し光っている首筋。そして、透き通るような白い肌。いや、事実透き通っていて触れればそのまま通り抜けてしまいそうだった。そんなことはあり得ないのだが、そう感じさせるほど、彼女の肌はあまりにも、人間離れしていた。神が創ったと確信できる。
そして、彼女を一際艶やかに形作る、純白で無垢で、金色な長い髪。前髪は目にかかる寸前で止まっている。無機物であるはずの髪が、まるで彼女の瞳を隠すまいと、自らの意志でそこを定位置にしたかのようだ。明らかに純粋無垢な髪なのに、そう思わせる妖しさがあった。彼女のラインに沿うようにして落ちている後ろ髪は、腰の辺りで止まっている。やはり、妖しい。彼女の魅惑を隠すわけにはいかないのだろう。
彼女の体も、同じ神が創ったのだろう。生物も、それを超えた存在をも魅了するその体を貴族衣裳で隠したつもりなのだろうか、それは全くの無意味であり、寧ろ見た者を籠絡させるほど厭らしかった。彼女を雄々しく引き立たせる肩、引き締まった腹、そして、腰。彼女を創った神は、相当な変態であろう。だって、彼女の腰は神美なその体型にそぐわない大きさだったのだから。最後に、長い足。やはり、彼女の体型にそぐわない。
黄金率を体現させた顔と体、そこに儚い表情をした少女が、剣を仕舞っていた。神の悪戯はあざとい。こんなの、理不尽じゃないか。見惚れない方が、人じゃない───そう思った。
この時は本気でそう感じた。実際の彼女は、もっと幼稚で、また悍ましかったのだが。
そんな彼女に見惚れていると、彼女は俺の拘束具を素早く外し、頭から抜け落ちていた足も再生した。流石に無から再生することはできないのか、氷で冷凍保存されていた切られた足を切断面にくっつけて治療してくれた。切られた部分を再びくっつけられる感覚は中々気持ち悪かった。
「すまなかった、これで君は自由だ。だがおそらく右も左も分からないだろう。時間はある、この国を案内しよう。と言っても、責任のおまけみたいなものだがな。着いてきてくれ。」
そうして、彼女に付いていこうとしたが、その前に重要なことを聞き忘れておりそのことを聞くことにした。
「あんた、名前は?」
そう聞くと、彼女は錆びれた鉄扉の前で振り返りランタンで淡く照らされた顔を俺に向けて、名乗った。
「君には私の真名を伝えておこう。私は..............白耀聖皇国第一皇女『光華女帝』アルドール・ヴァレンタイン。異常者アルドールとは私のことだ。」
運命・因果の悪戯か、彼女は真顔でそう言いのけた。




