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15は年齢ではありません  作者: 佐屋 理由


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4/8

どうしてそこにいるんですか

「はい!」

「はい!……え?」


 室内に入るなりアグリは入り口にいた女性から肉と野菜が挟まれたパンと飲み物を手渡される。

 見ればこの場にいる数十人は誰もが同じ物を手にしていた。皆、もりもりとそれを齧りながら同じ方向を見ている。


「こっちではね。休養と栄養が足りてないのは『万全な体勢で対応してない』って意味で相手に対して不作法とされるんだよ」


 アグリが戸惑っているのがわかったのだろう、ツバキが説明してくれる。

 パンを口にするツバキやヴィンスを見て、アグリも恐る恐る真似をした。


(おいしい。けど落としそうでどきどきするわ)


「だからまず用件を言えと言っとるだろうが!」


 人々の間を縫って一番前に出ると、そこではグランドがやはりパンを齧りながらテーブルを叩いていた。

 グランドの前には、壁一面を使った巨大な鏡のような物がある。しかしそこに映るのはこちらの光景ではなく、見知らぬ部屋にいる見知らぬ緑髪の魔族の男性だった。男性は優雅に果物をつまんでいる。

 ツバキがそっとアグリの耳元に口を寄せて来た。


「あれは隣国の王。まあ、そこそこに力はある奴だよ」

「知りませんでした。グランド様以外にも魔界に王様がいたのですね」

「魔界って呼ばれる場所は基本はうちが統治してるけどね。反りが合わないとかなんとかで勝手に出てって国を立ち上げた連中もぼちぼちいる。うちの連中は代々そういうの放っておく感じだから」

「支配欲のようなものが薄い方々なのですね……」


 そのおかげで人界も助かっていたのかと思うと不思議な気持ちであるし、いやむしろグランドに征服されていたらもっとよい国になっていたかもと残念な気持ちにもなる。

 ともかく。


『ああ、来たようだね』


 鏡の中の相手がこちらの姿を確認した。


『聖女アグリよ。私はハガス国国王ピゴだ。お前に大事な話がある。私とお前だけで話をしたいから人払いをしてもらえ』

「ええと?」


 突然そんなことを言われてアグリは困った。

 グランドを見ればイライラとパンを齧っているし、ツバキは怒鳴りつけようか迷っているようだし、ヴィンスは様々な可能性を頭の中で巡らせいるのだろう、という目をしている。


(見たところ、この相手はグランド様より強そうではない? でもわからないわね、わざと弱く見せているのかもしれないし)


 アグリにそんな値踏みをされているとは露知らず。ピゴは話を続ける。


『二人きりにならなければ私は用件を口にしない。そしてそうなればお前は一生後悔を背負い続けるだろう』


(なんなのかしら、この魔族は)


 いくら考えても、ここでアグリにとってよい話が聞けるとは思えないのだが。

 するとそこでヴィンスがアグリの耳元に口を寄せた。


「ひとまず受け入れてやってくれ。私たちは扉の向こうから盗み聞きをするから」


(あ、盗み聞きできるのね)


 と思いながらアグリはうなづいてみせる。

 ヴィンスの指示で、グランドたちは部屋を出て行った。

 アグリは改めて鏡と向き合う。


「それで、私にご用とは?」

『ああ。お前に見せたいものがある』


 満足げににやりと笑ったピゴは背後に指示を出す。


 そこで。

 ピゴの前に二つの何かが転がされて来た。


「⁉ トウル殿下⁉」


 思わずアグリは叫んでいた。


(いえ、別の人⁉ ああでもうろ覚えだけど確かこんなお顔だったような気がする! よれよれすぎて印象が違いすぎるのも邪魔をするわ! でも服装は殿下っぽい!)


 体中縄で縛られて床に倒れたその相手は、トンネル王国第三王子トウルとその護衛騎士のケントに見えた。あまり顔を見る機会のなかったアグリにははっきりと断定できないが。

 けれどひとまずそうだと仮定して。何故そこに、と頭が混乱する。

 ピゴの足がその体をもてあそぶように突く。


『そう、トンネル国の王子だ。転移魔法でお前を迎えに来たらしいのだがな。どうも座標を間違えたらしく、我が国の領内に現れた。なので丁重にお出迎えしてあれこれ話を聞いてやったというところだ』

「殿下が……私を……迎えに……」


 驚いた。さっきトウルの姿を見た時より何倍もびっくりしている。


(そんなことは……ありえないのじゃないかしら)


 これまでの自分たちの関係性からして、その行動は不自然過ぎる。

 あまりの奇妙さに混乱したアグリは少し心を落ち着かせようと、手にしたお茶をごくごく飲んだ。


『なあ聖女よ。お前は果報者だなあ。一体どれだけの婚約関係にある者が、我が身を顧みず供と二人きりで敵地へ乗り込んでくるだろう? なんと得難い愛情か。けなげで勇気あるこの者の思いに、お前は応えてやりたいよなあ?』

「思いに? 応える?」


 ますます首を傾げるしかない。

 アグリの反応の薄さにイラっとしたピゴは、靴で床をタンタンと叩いた。


『この男と共に人界へ帰りたいだろうと言っている! お前がこちらの頼みを聞いてくれるならこの者たちはすぐに解放しよう』

「まあ。ちなみに解放されない場合殿下たちはどうなりますか?」

『……我が愛竜の餌としてくれてやるかな』

「まあ! それはおかわいそうですね」


 自分達の関係性は別として、知人が殺されてしまうのは忍びない。

 アグリはピゴの話を聞いてやることにした。


「それで私への頼みとは何でしょう」


 予定通りの流れが嬉しかったのか、ピゴはフンと鼻を鳴らすと座っていた椅子にふんぞり返った。


『よく聞け聖女。……今から三時間以内にそちらの城を制圧し、グランド一家の首をその鏡の前に並べろ。出来なければこの連中は餌となるが、なに、お前の力ならたやすいだろう』


(二度目ですが。なんなのかしら、この魔族は)


 アグリは呆れ果てた。

 行き場ない自分を全くの善意で迎え入れ、温かくもてなしてくれるこの城の者にそんな仕打ちが出来るだろうと本当に思っているのだろうか。


 アグリの白けた様子を読み取ったのか。少し慌てたふうのピゴは部下に命じてトウルの猿轡を外させた。


『さあ、お前からも命乞いしろ』

『アグリ! この男の命を聞け! そして私と共に国へ帰り、お前をそのような目に遭わせた父上と兄上たちを葬り去り国を我が手にしようではないか! いや、国だけではない、お前の力なら世界をも手に出来る筈だ、アグリ、我が未来の伴侶よ、我らで世界征服するぞ!』


(ツバキ様の予想通りだったのね……)


 トウルの言葉に、アグリはため息をつく。

 欲しい物は金や権力より楽しい時間だと公言していた浮かれた人間はどこへ行ってしまったのか。

 失望は大きいが、だからと言って他人のふりも出来ないだろう。


「お気の毒なトウル殿下! わかりました、私はグランド様たちに仇なすことは死んでも出来ませんが、貴方様のお気持ちはしっかりと受け取ることに致します。世界征服と言う夢半ばに、国から遠く離れた魔界という地で哀れに竜の餌にされてしまった殿下の無念を晴らす為、私はきっとそちらの国へ貴方の復讐に参りましょう!」


 トウルが黙り、ピゴは、え、と身を乗り出した。


『復讐に……来るのか?』

「復讐に行きます。貴方はひどいお方ですピゴ様、選びようのない選択を示して殿下にある筈のない希望を与え、その上で竜の餌にしてしまうというのですから!」

『お前が助けようと思えば助けられるのだぞ? 私の頼みを聞けば……』

「聞きません、助けません。復讐に行きます。そちらに到着したならば、三時間と言わず一時間で貴方の首を獲り殿下の墓前に捧げてみせましょう」


 涙目で宣言したアグリにピゴがぴたりと動きを止めた。

 しばらくしてから、ピゴの指示でトウルたちの縄が解かれる。


『……聖女よ。貴女の婚約者をこちらで保護した。すぐに騎竜でそちらに送り届けよう』


 突然の申し出にアグリは首を傾げる。


「? 気が変わった、というお話ですか?」

『ああ変わったとも。よくよく考えれば、我が愛竜にこんな消化の悪そうな生き物は食わせられん。……最速で半日ほどかかるが、どんなにアクシデントがあったとしても明日にはそちらに到着させる。多少遅れがあってもそれでこちらに乗り込んできたりはしないように』

「承知致しました。ああ、なんてこと、ピゴ様は本当はお優しい方だったのですね。危うく誤解してしまうところでした。殿下を回収して下さったご親切、心より感謝申し上げます。いつかご縁があれば直接お顔を見てお礼を言わせて頂きますね」

『……楽しみにしていよう』


 そのまま鏡は一度真っ暗になる。次に明るくなった時にはただの鏡になっていた。

 話が終わったのを見てグランドたちが戻ってくる。


「何がしたかったのだあやつは」

「この子の力を知って狂った一人なんだろうよ。それより、アグリ」


 やって来たツバキが見下ろして来る。


「お迎えが来たらしいけど。あんたどうするの」

「! 私は……」


(そうだわ。殿下と帰る、という道もあるのね)


 トウルと共に国を乗っ取り、自分を捨てた人々に仕返しをすることも出来る。

 それは特に素晴らしくもない未来図だけれど。


(一緒に帰って、私だけ逃げ出す……? 他国ならどこかに紛れて暮らしていけるかも……)


 ふ、とアグリの目の前に影が降り、そこにヴィンスが立っていた。


「アグリさん。貴女の決断を邪魔するつもりはない。だが私個人の願いとしては、貴女にここへ残って欲しいと強く強く思う……! 痛い」


 そこで、パシっとヴィンスの後頭部がはたかれる。ツバキによって。


「簡単に言うんじゃないよ。いいか。いくらこの子が強かろうが、この子にとってここはおっかない魔族の住む魔界だ。身に付いた感覚はそう簡単に消えたりしない。これから一生びくびくして暮らすことになるかもしれないんだよ」

「姉上、」

「そもそも魔族は人間を当然に下に見てるしね。力の強さに関係なく、この子が人間だっていうだけで、この先嫌な思いをすることもたくさんあるだろう」

「……はい」


 若干前のめりだったヴィンスの勢いがなくなる。そしてツバキはアグリに向かう。


「アグリ。あんたもだ。魔界が決して暮らしやすいだけの場所じゃないってのは充分理解しておきな」

「はい」

「それでもあんたが残る気があるならうちは大歓迎だ。こっちでの暮らしも全力で支援する。……とにかくゆっくり考えてみるんだね」

「はい。考えます。お二人の言葉、どちらも嬉しいです。ありがとうございます」


 アグリは頭を下げた。 


 そしてその場は解散となる。

 一人で考える時間を与えられ、部屋へ戻ろうとしたアグリに話しかけて来た者があった。


「ちょっといいかな?」


 カールだった。彼に誘われ、そのまま二人は城の庭園に出る。

 長めのいい場所に作られた東屋までやってくると、カールはアグリを促して腰を下ろした。


「ええとね。姉上のことなんだけど」


 そわそわと、少し言いづらそうにしながら。カールは話し始める。


「一応、知って置いてもらった方がいいかなって思って。……そうだな。まず、アグリさんは、102の聖女って知ってる?」


 その問いかけに、思わずぴっと背筋が伸びてしまう。


「もちろん知っています! トンネル国神聖教会第10代、奇跡の聖女と呼ばれるトキ様ですよね! あの方が現れたおかげで、それまで100までしか表示されないと思われていた測定器の数値の上限が1000だと気付かれたのです!」

「そ、そうなんだ。それは僕は知らないけど、トキ様の身の上については聞いてる?」


 アグリはそこで口ごもった。

 確か、アグリが教わった話では。聖女トキの美貌を見染めた魔王が城に降り立ち、彼女を渡さなければ国を日照りで苦しめると脅して来た。高潔な聖女トキは止める者たちを振り切って、自らが生贄となり魔界へと連れ去られてしまったのだ。という言い伝えとなっている。


「当時そっちの国はひどい日照りが続いてたらしくてさ。誰が言い出したのか知らないけど、乙女を湖に沈めれば雨が降る、とかいう変な儀式が始まってたんだって。雨が降るまで一人ずつ犠牲者が増えていって……たまたまそこに居合わせた父上が激怒して城に乗り込んだそうだよ。そこで王族を守ろうと剣を持って立ち向かってきたトキ様と父上は同時に互いに一目惚れをして……トキ様が嫁に来る代わりにそっちに雨を降らせてあげて解決した、って話なんだよね」

「……聞いていたのと全然違います」


 あのグランドの人となりを思えば奇妙な言い伝えだとは思ったが、がくりと力が抜けてしまう。


「そしてトキ様はこっちで父上と仲睦まじく暮らして、穏やかに老衰で亡くなったんだ。姉上はトキ様の子で、僕たちの母上はその後に嫁いできた後妻というわけ」

「まあ。そのようなご関係で……」

「母上についてはね、トキ様のことも生前から知ってて尊敬してたって言うし、何より父上が、トキ様は最初に愛した女で母上は最後に愛する女だって公言してるから全く問題ないんだ。……けど、姉上はちょっと違う」


 風が吹き付け、カールの黄味がかった赤い髪を揺らしていく。


「半分人間な姉上は、僕らより体が弱い。寿命も……きっと人間よりは長くても僕らほどじゃない。だから、本当なら姉上が魔王を継ぐところを、姉上は最初から拒否してる。……姉上は死ぬほど努力して僕らと同じ強さを保ってるけど、滅茶苦茶無理をしているのだ、と思う。ちょっとでも隙を見せたら悪意のある奴らにどれだけ付け込まれるかわからないからね。こっちの世界で人間の血のせいで降りかかる苦労を姉上は誰よりも知っているんだよ」


 だから、と続ける。


「もしも姉上が兄上みたいに全力で君を引き留めないのを冷たいなって君が感じてたら、ちょっと嫌だなと僕は思って……」

「まあ。そんなことありませんよ。私の立場に寄り添って下さった、とても親切なご意見だと思いました」

「そう? それならよかった」


 カールのホッとした様子にあぐりはほっこりしてしまう。


(カーツ様はツバキ様が大好きで、少しでも悪い方に誤解されてしまうのが嫌なのだわ)


 そしてツバキについても思いを馳せる。


(あの方に、そのような事情がおありでしたのね。あまりにも堂々としてお美しくて、一切の引け目がない光だけの道を歩いて来られた方なのかと想像してましたわ……。ツバキ様のお名前は、きっとトキ様が名づけられたのでしょう。トンネル国風の素敵な響きですもの。トキ様も、ツバキ様がこれだけご家族に愛されていてきっと死の国で安心されているでしょうね)


 トキ自身の一生はどうだったのだろう。半分の血でさえ苦労をするなら、純粋な人間、しかもアグリほどの強さもないトキならさぞや恐ろしい思いもしたのではないだろうか。


(102の聖女様は、きっと心の強い方だったのだわ。……では、私は? トキ様のような、愛する人の傍にいたいという覚悟もなく、こちらで暮らしていけるのかしら……?)


 悩み始めたアグリの横で、僕はね、とカールが口を開く。


「アグリさんほどの力があれば、どこでだって余裕で暮らしていけると思う」


 首を傾け、にこりと笑う。


「でも君は、姉上を産んでくれたトキ様と同じ聖女だから。君がこっちに残るなら、僕も君を大切に扱うよ? 聖女って僕にとってはなんて言うか……出会うことはないだろうなと思ってた伝説の生き物? みたいなものだからさ」

「……ありがとうございます?」


 おかしな表明にとりあえずお礼を言っておく。


 なんだか頼りない気持ちのまま、アグリは一人で部屋へ戻った。

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